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2006年12月

2006年12月31日 (日)

飲み過ぎか?横になって読んだ本

 昨夜から胃が痛くなり断続的に痛みが襲うので眠れませんでした。結局、今朝は布団から出られず朝食、昼食は抜き、一日中横になっていました。今月のツケ回ってきたのでしょう。

寝ていると一日が長いですね。起きていると、あっという間に夕方ですが寝ていると時計の動きが遅いんです。

TVもつまらなく、本を読みました。「ローマ人の物語、ユリウス・カエサル リビコン以後[下]」(塩野七海著)です。カエサルが暗殺されオクタウ゛ィアヌスが後継者になり、彼により300年続いたエジプトのプトレマイオス王朝は、最後の女王クレオパトラで終わったのです。

オクタウ゛ィアヌスは初代皇帝アウグストゥスであり、アウグストゥスによって共和制ローマから帝政ローマに代わるのです。本書はここで終わりです。

文芸春秋新年記念号に著者の塩野七海さんが「女には冷たいという非難に答えて」というエッセーを載せています。冒頭の本の最後部分を読んだ後で、このエッセーを読むと、なるほどと思います。

2006年12月28日 (木)

仕事は終わったはずだが・・!忘年会⑩⑪

 昼食会(忘年会)にお誘いを受けていました。出かける矢先に顧問先の社長から電話です。「夕方、お客様に呼ばれている。同行してほしい」、時刻は17時とのこと。そこまで2時間かかります。

あわてて着替えてお出かけです。昼食会は女性5名、男性2名、食事も美味しく話も弾みました。特にホスト役のH氏のお話が楽しく時間の経つのも忘がちです。夕方の件もありビールもホドホドにと思いながらも・・、随分いただいてしまったのです。

ビジネスの案件はスムースに運び、新年から多忙になりそうです。帰路、顧問先の会社では打上げの真っ最中。早速の参加です。お酒を控える必要もなし。中でもワインを美味しいただきました。1本空けての帰宅でした。

これで今年は完全に仕事納め、宴会納め(11回)です。胃袋さん、お疲れ様でした。

2006年12月27日 (水)

仲良し三夫婦の忘年会⑨

 仲良し三組夫婦の忘年会でした。日程が合わずこの日になりました。この飲み会の支払は各奥方持ち。男連中は勝手にしゃべって、食べて、支払時は知らん顔。気楽です。

ただ亭主どものたな卸し話題(まず悪口!)には腹を立てないガマンを必要とします。

「今日は高かったわね」という声!高価な芋焼酎を1本余計に飲んでしまったからです。男達は精算時にはトイレに行くことにしています。

2006年12月26日 (火)

今年最後の検診、結果は?夜は忘年会⑧

 本年度基本健康診断の結果は全て異常なし。ただしバリュウムによる胃の検査で要再検査と出て、いつものことと放置。でもノロウイルスのせいか最近胃が調子悪い。意を決して内視鏡検査を受けました。

結果は組織検査が残っているが異常ないとのことです。胃と大腸の検診はそれぞれ隔年毎に要再検査。「またか」が「まさか」になるのが怖く結局受診します。 でも最近の胃カメラは楽になりました。医術の進歩は凄いですね。

午後は仕事納めのつもりで豪雨中をクライアントなど3軒を訪問。最後の訪問先で8回目忘年会でした。医師からの「胃炎だから飲みすぎ注意」の指示もどこへやら・・楽しみました。

2006年12月23日 (土)

解散そして再出発(忘年会⑦)

 I学園では11月8日に11グループによる課題学習の発表が行われました。この日の夜、私の所属するグループの打上げでした。会場は20日の忘年会と同じビルにある別の店です。

13名中、9名参加(うち女性1名)、この日を以って当該グループは解散、改めて今後の活動を検討することになります。今から考えると、何をそんなにあわただしく学習したのか不思議な気がします。

今後はのんびりマイペースで体力、知力を養いながら仲間と楽しみたいですね。メリハリがあればゴールは見えなくてもよいと思います。こんな話で予定の2時間は瞬く間に過ぎました。

2006年12月21日 (木)

さて、気の弱い男の結果は?

 35名参加の年末ミニグランドゴルフ大会でした。このサークルは練習日は毎週1回ですが今年はこの日を含め2回目の参加です。公式の大会では多額な(?)賞金をいただいています。今日はダメでした。冒頭に「賞金稼ぎ」と言われたのが応えたようです。

はつらつシニア(忘年会⑥)

 I学園の午前中は2学期の終業式、午後の講座名は「S県の祭り」ということで日本三大祭りの一つを、16mm映写機で鑑賞しました。夕方はクラブの忘年会でS市の繁華街へ。

9名のうち、女性が5名、まあ!なんとお元気なお姉さんたち、私のクラスでは女性は少数派ですが、クラブでは逆で、男性が圧倒されます。来年もそのパワーを維持して下さいネ。写真、感想はこちらのブログでご覧下さい。

2006年12月19日 (火)

彼に金あり、我に票あり

 タイトルはお世話になった公認会計士から送られてきたレターの文句です。今年も間もなく終わります。やがて来る確定申告の時期には増税でビックリするかも・・。庶民の怒りがどこからも伝わってこないはどうしてでしょうか?

「法人の税負担は諸外国との足並み合わせで軽減の方向にあるが、個人の税負担にその兆しはない。個人は投票の行方をもって外圧とし、予算規模を挟み撃ちして縮小させる減税策しかない」とあります。

国保税の基礎課税額に係わる課税限度(最高額)は3万円アップで56万円に引き上げ。その結果、介護保険料の課税限度(最高額)9万円と合わせ年額65万円となる。定率減税の廃止と相俟って家計への影響は大。

2006年12月18日 (月)

共に喜びを分かち合う(忘年会5)

 大学教授を第二の人生とした友人と夕方、数ヶ月ぶりに会いました。何かウキウキとしています。原因は大学と結んだ教官就任時の約束事が何年も守られておらず、裁判所の調停に持ち込んで、先月全面的に有利な条件で和解したからでした。

和解条件に他言しないこととあり、悩みから解放された喜びを誰かに話したかったそうです。私なら口が固いから安心だったのでしょう。話を聞くだけで何も支援はできなかった私です。素直に喜びを分かち合いました。飲み代は嬉しさ代として彼が負担してくれました。

それに来期から大学院の講座を持つそうではつらつとしています。「孫、病気、墓地」がシニアの話題の主流ですが、生き生きと働いているシニアの話題も楽しいですね。聞き上手に徹した楽しいひと時でした。忘年会も5回目でやっと半分を消化しました。

2006年12月17日 (日)

昼間の忘年会

 穏やかな日和です。2007年度の地域活動イベントの打ち合わせを担当の9人で行いました。年3回開催の予定です。裏磐梯、旧富岡製糸所と渋沢栄一生家訪問、甲州(武田信玄にちなんだところ、1泊)の原案ができました。

終わってからは、忘年会を兼ねた昼食会でした。今年の予定9回のうち、きょうは4回目です。車で来た人は飲酒しないか代行を呼びました。でも飲むことが分かっているのですから車で来ないことですね。

2006年12月16日 (土)

体力低下にがく然!

 061216_4 思い立って山へ登ってきました。秩父地方の熊倉山(標高1426.5m)です。標高差1100mで登り約4時間、下り2.5時間でした。 登りは城山コースの急坂で息が切れ、下りは林道コースでは段差で足に力が入らず転倒。こんなことはかつてなかった事なのに・・。 061216_3

出合った人達は頂上付近で5人だけ。6.5時間の道中、コースを独占です。ホントに疲れてきました。日頃の鍛錬を痛感した山行きです。植林で景色はダメ、ただ武甲山 だけが迫って見えました。

2006年12月15日 (金)

C.IULIUS CAESARの「暦の改定」

 「お気に入りの本」にも書きましたが、塩野七生著「ローマ人の物語(文庫12巻)」を読みました。カエサルは地中海掌握後、さまざまな改革を断行しました。この頃日本は弥生時代で中国は漢の時代でした。

その一つに「暦の改定」があります。紀元前46年、それまでの太陰暦に替わってた太陽暦を採用しました。正確な暦は「ローマ世界」のどこでも受け容れられ、それによって生活のリズムも共通になると考えたからだそうです。(同書より)

彼がエジプト滞在中に知り合ったエジプト人天文学者とギリシャ人数学者が、実際の作業を担当。地球の公転周期を365日と6時間と計算。余った6時間は4年に一度、2月に1日加えて29日として調整しました。これが「ユリウス暦」ですね。

この暦は西暦1582年に法王グレゴリウス13世によって再改定されるまで1627年間、地中海世界の暦でした(グレゴリウス暦)。16世紀後半の改定は、地球の公転周期が365日5時間48分46秒と分かったからです。11分と14秒の誤差発見に1627年間かかったことになります。

2006年12月13日 (水)

臨床美術を学ぶ

 臨床美術士という職業を初めて耳にしました。アートセラピー(芸術療法)の取り組みとして家族と一緒に絵を描いたりするのだそうです。きょうは臨床美術士として活躍しているグループの方々からオイルパステル(16色)でりんごを描く技法を学びました。詳しい感想はここ

0612_2 およそ2時間の実技の成果が写真のりんごです。多分7~8色を重ねています。最後は輪郭をつけて出来上がり。隣席から「美味しそうですね」と言われました。私もそう思います。

一年ぶりの親睦(3回目の忘年会)

 「山の会」の忘年会でした。山とは日本百名山です。今年は多忙で、この会での登山には参加できませんでした。仲間と会うのは一年ぶりです。3回4座に登ったそうです。私は別日程で「瑞牆山」に登りましたので達成率は25%になります。ひたすらに山の話題が尽きず楽しいひとときでした。

2006年12月 8日 (金)

物が違えば取り引きも違う

 商談で大手薬品系列の卸さんを訪ねました。延床面積が21,000㎡の巨大な物流センターです。ITセンターでお話を聞きました。フット机の上を見ると見慣れたお店の伝票が積んであります。

 得意先から返品されてきた商品に付いてきた返品伝票、いわゆる赤伝です。流通業界で飯を食べてきた私もビックリです。

 売場の模様替えで、陳列されていた薬品はそっくり新商品と入れ替えるそうです。これが返品で、かつ政府の指導で再販売ができないとのことです。したがって返品された商品は全部廃棄されるのです。

 もったいないと思うか、当然だと思うか、議論が分かれるところですが薬が高価格なのはうなずけますね。

2006年12月 7日 (木)

感染性胃腸炎にご注意!

 先月29日夕、急に吐き気と腹痛が襲い、都合5日ほど体調を崩しました(前述)。今日の新聞に「ノロウイルスが脅威、抵抗力が低い乳幼児と高齢者は注意が必要」とありました。今晩は二度目の忘年会で、ジョッキに口をつけると、あの嘔吐感を思い出し飲むのも気が引けました。かかったら絶食、三食くらい抜いても大丈夫、皆さまご注意を!日頃の体力作りが問われます。 

2006年12月 5日 (火)

講演、そして忘年会へ

 I学園の公開講座の日でした。講師は作家の某先生で、講演中ついウトウトとしてしまい、目が覚めたら講演も終わりの時刻でした。何を聞いたか全く覚えていません。

次ぎは忘年会です。開始まで間がありましたので、次駅まで一時間歩いて会場へ向かいました。こちらは30名近い仲間の集まり、0612 飲むほどに弁舌さわやか、講演の話題も出ましたが残念ながら話について行けず聞く一方。それにしても歩いた後のビールはうまい。

2006年12月 2日 (土)

WORKING-POORと秩父事件

 タイトルは前半は講演、後半は映画です。講演は経済評論家の内橋克人氏、映画は秩父事件(1884年、明治17)を映画化した「草の乱」でした。

 内橋氏のお話は「様々な世の中の状況を見抜く力を持とう」というもので、「1.Working-Poorが増え、2.限界過疎地が国土の53%にもなり、3.所得移転の構造になっていることを指摘し、改革が次ぎの改革を必要としている」ということでした。

 「草の乱」は秩父困民党会計長、井上伝蔵(主演、緒方直人)を主人公に「秩父事件」の流れを追ったものです。講演でもありましたが日本人の特質「弱いものには強い」「強いものには弱い」中で、声をだけでなく行動まで起こしたことに驚異を感じました。

2006年12月 1日 (金)

なつかしの風景

 NHK-BS2、17時30分~20時までの「街道てくてく旅・中山道完全踏破祝達成」を見ました。京都三条大橋から東京日本橋までの歩きの記録です。6年前逆コースで踏破したので懐かしい風景の連続でした。

 撮影の裏方さんも大変だったようです。私も地元のテレビ局で低山歩き番組にでました。撮る度に様々な注文をつけられて、2時間で登れる山を倍の時間で撮影。放映時間はわずか15分です。急な坂をカメラなど重い機材を運ぶスタッフには同情します。

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