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2007年6月17日 (日)

エリートについて

 タイトルは、作家の塩野七海氏が文芸春秋7月号に載せた「日本と日本人への10の質問」にある項目の一つです。格差社会、働き方など10項目について、日本人に考えるヒントを提供しています。

項目の一つに「エリート」の項目があります。日本に活力がないのは、高齢化社会だからと言われているが、そうではなく日本のエリートとされる人々の自覚と気概に関わりがあると言うのです。以下要約します。

バブルが始まる1980年前半から、彼らは、この景気はいつか終わる。その後日本はどうなるかと不安に駆られていた。これは歴史的には異例なことで、ローマ帝国などを見ても「これからが我が国の時代だ」と気概が満ちてきて、国民の間にコンセンサスとして広がった。

日本の高度成長期には、その昂ぶりがなかった。稼いだ金を使って、世界の運命の一翼をこの日本が、そして自分たちが担うんだ、気概が彼らに感じられなかった。日本の指導者層は、稼いだ金に後ろめたさを感じるよりも、稼いだ金をどう使うべきかを考えるべきだった。

日本の指導者層にないものは「ノーブレス・オブリージュ」の精神、これは一般の大衆には行動の自由があることでも、自分は他の人にはない犠牲を払ってでも背負わなければならないものがあるいう覚悟を言う。

ローマがハンニバルとの戦いに負けてばかりいた時代(「ローマ人の物語・ハンニバル戦記」文庫版3・4・5)はどうだったのか。この未曾有の国難期でさえ、ローマは冷静だった。兵役義務のない者、奴隷など下層の市民を徴用しなかった。将来のローマを背負う者までも駆り出しては、負けるのはローマ軍に留まらずローマという国家全体になってしまう。

その代わり、エリート階級が文字通り第一線に立つ続けた。ローマの執政官(現在の日本で言えば首相)が10人くらいは討たれている。そのくらい、国を守ることに責任を負っていたのだ。

日本のバブルが崩壊した後、日本のエリートたちは「体を張った」のだろうか。彼らは何もせずに、ただ自信を失っただけだ。

皆さんはどう思いますか?体を張ったエリートを知っていますか? 

他に「リーダーシップについて」があります。著者はユリウス・カエサルのエピソードを紹介しています。詳しくは「ローマ人の物語」文庫版8巻~13巻をお読み下さい。 

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