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2007年7月

2007年7月28日 (土)

信州中山道を往く(2)

070727dsc_0546    昨夜の夕食は信州の馬刺し、朝鮮人参や野菜のテンプラ、佐久鯉の甘露煮、きのこの和え物、信州ソバなどシニアにやさしい豪華版でした。飲み食い、しゃべり、歌い、賑やかな夜でした。もちろんクーラーなどありません。心地よい夜風が窓から入ってくるのです。3階の和室で全員9時に就寝です。

この日、朝は5時から仲間2人と1時間歩きました。鹿曲川を渡り長坂を上って瓜生坂の一里塚まで往復したのです。古中山道は除草されていて、歩くたびに足裏に心地よい響きが伝わります。

朝食はこの五郎兵衛米という銘柄米でした。ご飯と味噌汁を3杯も食べた人がいます。元気ですね。それとも普段は安い米しか食べていないのかな。

0707301600img 近くの歴史民俗資料館に入り、ご当地の勉強をして出発しました。茂田井間の宿に入ると、街道に沿って白壁や土塀が続き江戸時代の面影が残ります。2軒の造り酒屋があり、そのうちの大澤酒造に寄りました。元禄2年の創業だそうです。街道文化の資料館やしなの山林美術館があり信濃文化をタップリ楽しめます。女性会員はご主人のために酒の宅配を頼んでいました。やさしいネ。

0707281108 芦田宿本陣跡の御殿を見て、いよいよ笠取峠の上りにかかります。松並木に沿い清流が走っています。峠の茶屋で休憩、茶屋下200メートルから古中山道(原道)が整備されていました。前回に背丈以上のツルバラや雑草を薮こぎしたのがうそのようです。

松尾神社で休憩して目標地の長久保につきました。070728dsc_0607 バスの待ち時間に少年野球の練習を見学、長野新幹線上田駅へ。出発までに上田城まで往復、居酒屋で反省会、ちょうど夏祭りの真っ最中。こうして楽しい歴史古道歩きは終わりました。明日は選挙です。必ず行きます。

2007年7月27日 (金)

信州中山道を往く(1)

  15名の仲間と信州中山道を歩きました。新幹線で軽井沢経由しなの鉄道の「信070727dsc_0499濃追分」駅へ。快晴、空は高く、青く、涼風が気持ちよく頬をなでます。濃緑な林間を追分宿へ向かいました。野生の小猿が道の真ん中で一行を迎えてくれました。蛇もいましたよ。

追分宿端の分0707271121去れの碑から小田井07072819990828宿方面へは緩やかな坂を下ります。8年前に比べ更に道路が改修されており、当時の雰囲気を感じません。両塚が揃っていた御代田の一里塚は、東塚(写真右)のしだれ桜が伐採されて文字通りの片手落ちでした。せめて8年前に撮った写真で想像して下さい。西塚(写真左)は健在でした。

昼食は路沿いの旧家にお願いして、そのお宅の庭で摂りました。手入れの行き届いた立派な庭で、昔は中山道の立場跡とのこと。何代も続く旧家(家は新築)だそうです。ここは御代田町で、町花は「ヤマユリ」とのこと、奥様が夏祭りに出品する鉢植えのヤマユリを手入れしていました。

070727dsc_0507   太陽は容赦なく照り注ぎ、街道筋には日陰がありません。小休止を繰り返しながら小田井宿を経て岩村田宿に向かいます。このあたり、つい数十年前までは一面がりんご園で、寂しいところ(江戸時代は追いはぎがでたとか)でした。今では全国チェーン店が軒を並べる道路に変わっています。武田信玄の遺骨が出た龍雲寺を拝観、荒町通りからバス停へ。5時間に渡る歩き旅でした。ここで食べたかき氷の美味しかったこと。

070727dsc_0527岩村田宿からバスで40分、塩名田宿、八幡宿を経て今夜の宿舎、大正13年(1924)建築の井出野屋旅館には16時半に到着しました。

参加者は「信州の人は皆親切だ」と言いました。龍雲寺僧侶の奥様は「庫裏に上がって休んでいきなさいよ」と言ってくれました。新築の大きな建物で、汗臭いジジババには敷居が高かったので丁重に辞退、代わりに玄関先の水道で顔と手を洗い、口をすすぎました。親切なわが故郷を誇りに思います。

2007年7月26日 (木)

この夏、ビジネスマンの服装

 今週は3日間、仕事で外出しました。背広の上着なし、ノーネクタイです。ただしネクタイは鞄に入れて持参し、訪問先の様子で着用します。服装は訪問先も同じ傾向なので失礼になりません。室内では冷房も若干温度設定を上げているようです。

昨年の夏までは上着、ネクタイ着用が多かったと思います。クールビズが一段と進んで出かけるのは楽になりました。

サラリーマン時代と違って、電車には朝夕のラッシュの時間帯に乗らないのでラクラク座れます。ただ日中の車内は寒いクーラーが効いています。朝夕の混雑時の設定温度のまま日中も走っているのでは・・・。

2007年7月24日 (火)

Googleは便利ですね

 IE7の画面を通常のプロバイダーの他に「iGoogle」を使っています。またメールは主としてメールマガジンや保存の必要があるもの、発信をGメールに切り替えています。Web2.0の世界だそうですが恩恵を受けています。

Gメールは2000MB以上をWeb上に保存でき1000件でもわずか4%しか占めずメールボックスの容量を心配しないですみます。これに必要な条件ですぐに保存メールも抽出できるので便利です。

その他の情報検索も便利ですね。今日初めて電卓も検索欄でできることを知りました。また外貨換算、その他諸々もできます。キ-ワードを入力すると、そのキーワードでトップに来るHPやグログも即座に表示してくれます。今は画像の検索に便利さを感じていますよ。

2007年7月23日 (月)

汗びっしょり

 グラウンドゴルフ大会には33名が集まりました。8ホール、各パー3、計24を1ゲームとして3ゲームを行いました。結果は順位で12番でした。ホールインワンはスコアーは1ですが、総打数から1ホールインワンにつき3打を差し引きます。上位に来るにはこれを2つほど出さないとダメです。蒸し暑いこの日、汗をビッショリかいてグラウンドを走り回り、帰宅してシャワー、そして缶ビールをいただく、ささやかな至福の日でした。

2007年7月22日 (日)

政権与党のすざましさ

 「あしたのニッポン・年金記録問題への対応」という政府広報が新聞の折り込みで入っていました。今までこうした分かり易い(従来のものに比べて)たぐいの折り込みはなかったと思います。

政治、経済、社会などの動きの報道を額面通りに受け取らない。裏の意味、別の考え方もあるのではないか、「それは何か」と最近は考えるようにしています。

この政府広報を29日の参議院選挙向けだと考えたら間違いでしょうか? まず年金記録ミスの現時点での実態には全く触れていません。4頁の歳出削減についても同様です。Q2の答えは住民税を一律10%にしたので計算すると右の図のようにはならないでしょう。

与党の政権へのすざまじいばかりの執着には感心します。

2007年7月21日 (土)

アジアカップ

 サッカーはあまり見ない私ですが、日本対オーストラリアはTV観戦しました。PK戦でGK川口が相手2選手のキックを防いだ美技には感動しました。

ボールの行方を予測する能力、それに合わせたすばやい身体の反応、素晴らしいですね。スポーツであり何であり日本人が世界で活躍する場面には心が躍ります。これも平和なればこそ、世界が平和であってほしいと思います。

2007年7月20日 (金)

術後の経過と食事

 術後といってもS・ハスキー犬チョビの手術後のこと(手術は7月3日の記事)です。術後2週間がたち経過も良好で、きょうは抜糸をしました。まだしばらくは元気で過ごせそうです。来月で15才、人間なら100才を越えたとか・・。わが家もペットもろとも老齢化が進みます。

久しぶりに妻と昼食に出かけました。最近開店した海鮮料理を出すレストランで、味もマアマア、お値段もお手ごろ、キビキビとした店員も感じが良く、楽しいひとときでした。

2007年7月19日 (木)

新潟県中越沖地震の犠牲者

 新潟県中越沖地震の犠牲者は10人とのことです。犠牲になったのは例外なく70歳以上の方々でした。あと数年で同じ年代に達するわが身として人ごとではありません。

犠牲になった原因は、長い築年数を経た木造建築であったこと、独居暮らしであったこと、若い人に比べて敏捷さがなかったことなど様々な要因があるかと思います。気になるのは1階にいて圧死した人が多かったように思います。

直下型の地震ではとっさに外へ出るには難しいでしょう。1階では外へ出る、机のもぐれなどといわれますが、むしろ2階にいた方が生き残るチャンスがありそうな気がします。

わが家では非常用飲料水、食料、テント、マット、燃料(炭、灯油)、コンロ等は常備いています。これらも生き残ってこそ使えます。まず生き残りましょう。

2007年7月16日 (月)

同級生の生存率

 台風だ地震だと天災が続きますね。そんな中でひっそりとした便りがとどきました。

それは半世紀近い昔、同じ学校で学んだ同級生の訃報でした。卒業写真で若かりし頃の顔を見ながらご冥福を祈りました。

現在、わがクラスの生存率は90%(死亡率10%)です。女性は2名だけですから、ほぼ男性の平均的な率といって良いでしょう。頭の良かった順に旅立つのでしたら、私が最後まで生き残るはずです。この順番は誰がどんな方法で決めているのでしょうか。

2007年7月13日 (金)

I会総会、懇親会

i会総会
 古道歩きのクラブ、I会の臨時総会て゜した。32名中24名が総会、懇親会は17名の出席でした。写真(携帯で撮影)は懇親会でのTwo shotです。撮影者よりも写されるほうが楽しそうです。この輝いている顔を見て下さい。

2007年7月12日 (木)

東京ビックサイトへ

 今日の行動予定は10時30分に東京ビックサイトのビジネスショー受付で待ち合わせて指定ブースへ、ついで12時50分京浜急行生麦駅で待ち合わせて客先へ、最後は16時に東武伊勢崎線新越谷駅待ち合わせての客先訪問予定でした。

豊洲で「ゆりかもめ」に乗り国際展示場正門から東館2番ホールへ。ここで待ち合わせの人が15分遅刻、さらに訪問先の展示ブースで待たされ、商品説明を受けるも時間足らず、このしわ寄せで昼食は電車の中でパンですまし午後の約束場所へ。

それでも、どうやら16時の訪問先には時刻通りに間に合いました。出かけて時間が空いてしまうのも困りますが、約束時間に追われるのも気分が悪い、ビックサイトは広いから歩く時間も、前以て計算しておいてもらいたいと思った1日でした。

2007年7月11日 (水)

ビジネス法則の落とし穴

  タイトルビジネス法則の落としは学研新書の新刊の書名です。“序章「ウェブ2.0」時代のビジネス法則”と、のっけからWeb2.0が登場します。記載のビジネス法則には採点表がついています。Web2.0の採点(実績、応用、成功予測)は本書をご覧いただけます。「パレードの法則」や「ランチェスター戦略」などお馴染みもあるが、「心」をつかむ法則云々、以下インターネット時代の新法則、ロングテールの法則など今後の仕事上でも大いに参考になりそうです。

2007年7月 6日 (金)

巡視船[あらかわ]に乗る

 国交省 荒川下流河川事務所の巡視船「あらかわ」は全長19.9m、全幅5.2m、総トン数27tの船です。25~30名のグループで学習クルージングを申し込めば、船が業務用で使用中でなければ乗れるそうです。これが無料です。070706

午後から3.5時間、30数名でクルージングしてきました。東京都北区の荒川リバーステーションを出航、荒川を下り、東京湾へ出てレインボーブリッジや勝鬨橋を経て隅田川を上り出航場所へ戻ります。およそ60km近い航海と思われます。

出航前に近くの荒川知水資料館で説明を受けます。巡航中は国交省の女性説明員が懇切丁寧に川の歴史、河畔の風景等を解説してくれました。

070706_1 ゆったりした座席に座り、川面から見る東京は地上とは一味違った趣を見せてくれます。大井のコンテナー埠頭ではコンテナーの積み込みクレーンが忙し気に動いており、貯木もなく夏の陽にキラキラ輝いていた新木場の海面とは好対照でした。(写真は荒川から見た旧岩淵水門、水門の向こうは隅田川です)

2007年7月 5日 (木)

日本人の老後

 「日本人の老後」とは本の題名(長山靖生著、新潮選書刊)です。著者は40代半ばの歯科医で、この世代に何が分かるかと疑問に思って読んだのです。でも、なかなかどうして・・、団塊世代のみならずその予備軍にもお薦めです。

・読後感です・・

老人観の歴史については、長寿はめでたいもので、老人は敬うべき存在だったのは疑問の余地はない。でも実際はどうだったのか?

著者は言います。孔子は「老人は労わるべきだが、老人側が労わられて当然と傲慢に構えることは嫌った。そして老人に、いつまでも“有用な人”であることを望み、礼節を学ぶ向上心の持続を促した」という。儒学の「忠」の対象は「君」であって、上司全般ではない。「孝」の対象は「親」であって「老人」全体ではない、「孝」は「敬老」ではなかったのです。

確かに姨捨山伝説や、町奉行が親孝行の息子を報奨したことなど、裏を返せば、日常的に親を省みなかった子供がいたということですね。親世代からみれば、立派に子供を育てなければ「孝」は期待できないことになります。

教育再生にも触れています。新教育基本法では「わが国と郷土を愛する・・態度を養う」とあるが、維新以来、「国」は「郷土」を抑圧する政策を進めてきた。「近代化」とは国民に家族解体を強要するものだった。再生するものは過去のどこにもない、というのです。

あるべき老後は「自分自身が“創造”して、ただ自らの信じるように生き抜くことだ」と結論づけています。

2007年7月 3日 (火)

ワンちゃんの手術

ワンちゃんの手術
S・ハスキーのチョビは来月で15才になります。人間では100才以上とか。2、3日前から唾液に血が混じり、動物病院で「ガマ腫」と診断されました。昨日手術し、今朝無事に退院しました。写真は縫合した手術あとです。まだまだ元気でいてね。

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