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2007年7月27日 (金)

信州中山道を往く(1)

  15名の仲間と信州中山道を歩きました。新幹線で軽井沢経由しなの鉄道の「信070727dsc_0499濃追分」駅へ。快晴、空は高く、青く、涼風が気持ちよく頬をなでます。濃緑な林間を追分宿へ向かいました。野生の小猿が道の真ん中で一行を迎えてくれました。蛇もいましたよ。

追分宿端の分0707271121去れの碑から小田井07072819990828宿方面へは緩やかな坂を下ります。8年前に比べ更に道路が改修されており、当時の雰囲気を感じません。両塚が揃っていた御代田の一里塚は、東塚(写真右)のしだれ桜が伐採されて文字通りの片手落ちでした。せめて8年前に撮った写真で想像して下さい。西塚(写真左)は健在でした。

昼食は路沿いの旧家にお願いして、そのお宅の庭で摂りました。手入れの行き届いた立派な庭で、昔は中山道の立場跡とのこと。何代も続く旧家(家は新築)だそうです。ここは御代田町で、町花は「ヤマユリ」とのこと、奥様が夏祭りに出品する鉢植えのヤマユリを手入れしていました。

070727dsc_0507   太陽は容赦なく照り注ぎ、街道筋には日陰がありません。小休止を繰り返しながら小田井宿を経て岩村田宿に向かいます。このあたり、つい数十年前までは一面がりんご園で、寂しいところ(江戸時代は追いはぎがでたとか)でした。今では全国チェーン店が軒を並べる道路に変わっています。武田信玄の遺骨が出た龍雲寺を拝観、荒町通りからバス停へ。5時間に渡る歩き旅でした。ここで食べたかき氷の美味しかったこと。

070727dsc_0527岩村田宿からバスで40分、塩名田宿、八幡宿を経て今夜の宿舎、大正13年(1924)建築の井出野屋旅館には16時半に到着しました。

参加者は「信州の人は皆親切だ」と言いました。龍雲寺僧侶の奥様は「庫裏に上がって休んでいきなさいよ」と言ってくれました。新築の大きな建物で、汗臭いジジババには敷居が高かったので丁重に辞退、代わりに玄関先の水道で顔と手を洗い、口をすすぎました。親切なわが故郷を誇りに思います。

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