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2007年8月

2007年8月30日 (木)

とんだ夏の置き土産

 ようやく涼しくなり、身体が重くなったのを見計らったように定期健康診断の通知がきました。

とんだ夏の置き土産か、体重が自己の許容限界を超えてしまいました。原因は猛暑を理由に運動しなかったこと、毎晩、酒量が落ちなかったこと、無駄食いが多かったことです。それに盆休みの昼寝かな。

対策はコンスタントに運動をする。今日は2駅前で降りて4kmを歩いて帰宅。運動は今後も続ける。

禁酒日を設ける。昨日、今日と2日間飲んでいません。ツライ! 週2日は今後も続ける。

ついで食いはしない。それに栄養バランスの取れた質素な食事を心がける。

上記を続けることしかダイエットの方法はないでしょう。ガンバリます。

2007年8月28日 (火)

会議は踊らない

 顧問先の月例戦略会議に出席。議論が本題と離れて行ってしまうのがいつものパターンです。そこで社長やスタッフと相談して次のことを決めました。決めた議題から逸脱しない。議事進行(司会)と書記は、われわれスタッフが行う。決めた時間内に終了する等を申し合わせて開催運営をしました。「踊らない会議」をめざしたのです。

結果は計画通りの運営ができました。資料は詳細情報でなく、まとめた情報で提供する。詳細情報は、当該質問があった場合にのみ答える。戦略会議ですから、議論がどうでもよい袋小路に入らないようにしました。

残りの課題は、決めたことが実行されたか、予測値と実績値の差異分析と今後の対応を決める。これが次月へ繰り越されて行く。この習慣が根付くことです。

2007年8月26日 (日)

さくらパパの「愛人騒動と賭けゴルフ」

 某週刊誌を読んでいたら「さくらパパの愛人&賭けゴルフ」のゴシップ記事が目にとまりました。「これは話題になるぞ」と思っていたら案の定テレビで報道されましたね。

さくらパパは、愛人ときれいに別れられなくて騒動が発覚したみたいですね。いつの世も男女の別れは難しい。

ゴルフの賭けレートは、普通なら1打100円でしょう。「さくらパパ」の場合は1打1万円ですからまさに賭博です。このレートはどこかの親分衆がやることでしょう。また取り立ても厳しかったと書かれています。

愛人騒動は道義的には問題がありそうです。いずれにしても賭けゴルフも含めて、この人は国政に参加する資格はなさそうです。まず所属政党が、こんな人物を候補者にしたことが問題であり、次に国民は知名度が高くても代議士の資質に欠ける人物かどうか各種の報道から見極めなければネ。

わが国民の政治レベルがいま一歩だと認識させられるニュースでした。

2007年8月25日 (土)

「しもつけ風土記の丘」から「室の八島」へ

070825  この日の皆さんとのお出かけは、いつもお天気に恵まれます。それも恵まれ過ぎての猛暑でした。向学心旺盛なシニアは、蝉が鳴き夏草が生い茂る中で汗を拭き吹き、古代に想いを馳せて学び、十数キロを歩いて身体を鍛えた1日でした。

17名で「しもつけ(下野)風土記の丘」から「奥の細道」にある「室の八島」を訪ねました。「しもつけ風土記の丘資料館」では学芸員の方に館内と国分寺跡で説明を受けました。なかなか説明上手な学芸員さんで、つい話に引き込まれてしまいます。この地は縄文時代から弥生時代を経ないで、いきなり古墳時代になった特色ある地方だそうです。

070825simituke国分寺跡は広大な草地でした。413m.×457m.の寺域だったとのこと。東側には高さ60mの芯柱をもつ巨大な七重塔があった、その礎石が地下50cmに残っているそうです。(1/20の模型が館内にあります)。 都と地方の関係で国分寺が衰退した状況は、今の首都圏と地方との状況に似ているとのこと。1000年以上経っても「歴史は繰り返す」ようです。9月8日から、この七重の塔に関した特別展が12月まであるそうです。一見の価値ありと確信します。

070825_2室の八島は大神神社の境内にあります。本来は大神神社とは関係なかったそうですが、後に神道と結びついたとのこと。いずれにしても300数十年前に芭蕉がこの地を訪れた時はどんな風景だったのでしょうか? 今も長い参道、深い木立、たっぷりと往年の情景に入り込めそうです。 写真は「室の八島」にある芭蕉句碑「糸遊に結びつきたるけぶりかな」とあります。

2007年8月24日 (金)

お仕事Weekも今日まで

 金曜日の外出はこころ持ち気持ちがいいですね。週末の楽しみがあればなお更です。都内は暑いといっても、何となく秋の気配が感じられます。それにしても街をあるくと若い女性の刺激的な服装が多いことか・・。プロポーションは断然、若い外人女性の方がセクシーかと思いますが・・さて・・。

訪問先の企業は9月末が決算日、今年度の見通しと来期の態勢作りの次期です。景気の回復軌道にもうチョットの努力で乗れると思いますが、売上増は投資や運転資金増となるので資金繰り面への対応も急務です。またシステム投資増で、その増加資金の手当てやITの技術的動向にも注意が肝要、それに利上げ心配も・・。

新規採用やパート、アルバイトの採用も逼迫しています。さまざまな経済社会要因を考え、即弾力を求められる経営者には体力、情報収集力、判断力が必要です。企業の成長を顧問先の若手社長に期待しています。社会の悲観要因はわが社のビジネスチャンスにするように祈っています。

2007年8月23日 (木)

IT活用の打合せ

  猛暑も今日は一段落、都内へ出るのも楽でした。久しぶりに浜松町から東京モノレールに乗車。羽田空港までノンストップの快速ができていました。

連結で年商1兆4000臆円を超える食品卸売業を訪問、関連会社のホームページ作成、グループ会社や取引先とのリンク、営業成果への結びつけなどの打合せをしました。改めてこれらへのIT活用の提案を行うことで散会。

大手企業は人材が揃っていますね。若い人も多くこれからが楽しみです。

2007年8月22日 (水)

祝!優勝、佐賀北高校

 佐賀北高校、全国高校野球大会優勝おめでとうございます。

自分の母校が県大会の決勝で私立の強豪に敗れました。また東日本の高校が次々と甲子園を去るのを見て、声援を送ってきたのが公立校の今治西や佐賀北でした。

佐賀北は引分け再試合、そして決勝戦、8回の逆転劇は見事でした。公立高校として11年ぶりの優勝とか。よくがんばった。広く有望な選手を集められる私立に比べ、公立高校は不利です。今後も文武両道でがんばって下さい。

2007年8月21日 (火)

中華航空機事故で想うことー危機に遭遇したときー

 20日の那覇空港における中華航空機事故では、タッチの差で全員無事でした。よかったですね。それぞれの乗客の方々には忘れがたい記憶として残ることでしょう。

半世紀以上も生きてくると、誰でもいくつか命に関わるアクシデントや病気の経験は持っていると思います。

自分は、為替レートが360円固定の頃、ハワイで遊泳中、高波に飲まれて海底近くまで引きずり込まれ、一瞬「もうダメかな」と思いました、波のエネルギーって凄いですよ。浜辺の仲間も私の姿が波間に消え、溺れたと思ったそうです。目を塞ぎ、水を飲まないように波に身を任していたらポカ・・と水面にでました。沖合いに流され、戻るのは大変でしたけど・・。

数年前、車の助手席で移動中、交差点で出会いがしらの衝突、弾みで車は角のガードレールに激突。乗ってた車は大破、自分は全身打撲、手首骨折の全治2カ月の重傷でした。右から来る黒い塊(相手の車)を見た瞬間、わが命も終わりかと感じました。わずか0.1~2秒のことです。搬送された病院で激痛で生きていることを実感しました。

出張中、サンフランシスコ訪問前日、当地に大地震が発生、対岸のオークランドの訪問先に行く橋上でバスが潰されていました。1日遅れていたらどうなっていたか・・。などなど。

人間、何があるか分かりません。家にいても地震で圧死するかも知れない。その人の運命もあるかも・・。ともあれ100以上の人は生き延びました。よかった。

2007年8月18日 (土)

老いについて-誕生日の想い-

 昨日とは打って変わって涼しい朝を迎えました。今日、60数回目の誕生日を迎えました。座右の書、曽野綾子著「孤独でも生きられる」(イースト・プレス社版)155頁の文を、気持ちの片隅に持って、次の歳を生きたいと思います。

“その人の生涯が豊かであったかどうかは、その人が、どれだけこの世で「会ったか」によって計られるように感じている。人間だけでない。自然や、できごとや、或いはもっと抽象的な魂や精神や思想にふれることだと私は思うのである。”

2007年8月17日 (金)

「白い恋人」社長さん、言っていること、やっていること。

 かつて仕事で北海道担当だった頃、札幌市内から空港行きのバスが国道36号線から道央自動車道に入る所に、巨大な「白い恋人」の看板がありました(今は知りません)。仕事が終わった安堵感を味わった一瞬です。空港で買うお土産は六花亭のバターサンドが家族には好評でした。

某航空会社系の会員誌8月号の読書欄に、石屋製菓㈱石水社長のコラム「努力と忍耐」と題した記事が掲載されています。愛読書は山岡惣八著「徳川家康」だそうです。社長のコメント記事を一部引用させていただきます。

“目の前の競争や戦いばかりに勢力を傾注していると、こちらにもダメージが生じることにも繋がりかねない。家康の凄いところは、将来の安定を考えて将軍職を二代目から三代目へと譲っていったこと。「徳川家康」を企業人として読み深めていくと、会社の将来展望や若い世代への権限委譲について、実に含蓄のある一冊になっていると思います”

どうも今回の事態は「目の前の衛生管理や法令順守の重大性に勢力を傾注していなかった」からこそ「こちらにもダメージが生じることに繋がった」ということでしょうか。何も戦いの相手は他社ばかりでなく、自身や自社内も相手です。“戦国時代の「侍の生き様」を今に写し取って”いなかったことになります。会社も社長も、長年の信用が一瞬にして失墜ですネ。

2007年8月16日 (木)

こんにちは!ワタシ15才になりました。

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こんにちは、S・ハスキー犬のチョビです。今日はワタシの誕生日で15才になりました。飼主が記念写真を散歩の途中で撮ってくれました。

人間なら何才でしょうか? 換算表には大型犬13才で人間92才とあり、その上は書いてありません。多分、人間様なら98才~100才くらいでしょう。飼主が「チョビは俺のお袋を追い越したんだ」と言っていました。飼主の母親は91才だそうです。

2月に仲間のG・レトリバーのジュリーを14才で亡くしました。仲間であり競争相手だったジュリーが死ぬと、おやつを奪い合うこともなくなり、大分、気力が萎えてしまいましたが、それでも何とか生きています。ガマ腫の手術痕も毛が生え揃って来て、獣医師が「この年齢で麻酔にも耐え、歩くなんで素晴らしい」とほめていました。嬉しいネ!

070816am644070816645 ただ耳が聞こえず、腰が弱くなって不便ですが、気力で補って、もうしばらくガンバロウと思っています。飼主も応援してくれます。そうそう今、飼主の娘さんが2匹の友達を連れて来ています。スコッチテリアのアミ(左)とユミ(右)です。楽しいけど「ババア」と言って馬鹿にされます。悔しいけど「いずれあんたたちも同じになるよ」と考えてガマンして仲良く過ごしています。

2007年8月15日 (水)

戦いに負けた日

 62年前の今日15日は太平洋戦争が終わった日ですね。終戦記念日よりも敗戦記念日がピッタリ。15日かどうか分かりませんが頭上をB29が低空で飛び去って行ったのを覚えています。 韓国で朴大統領の時(帰国した翌日に暗殺された)にB29の実物を見ました。以外に小さくてビックリ。よほど国産旅客機YS11の方が大きいのでは・・。

某大新聞社のコラム欄に「無謀な戦争を始め、また無謀な命令を下して多数の将兵、民間人を殺戮した者の責任を追及せずして、殺された者を英霊と言わせない」とありました。先日、NHKでA級戦犯の処刑前の証言について放送がありましたが、彼らから国民や諸外国への謝罪は一切なかったと記憶しています。

「ローマ人の物語」を読んで、今度の戦争指導者よりも、2000年以上前のローマの指導者の方が格段に優れていると感じます。年号を丸暗記する歴史教育から、歴史を分析し、そこからから何を学ぶかの教育へと転換してほしいと考えます。

2007年8月14日 (火)

妻の年金記録

 妻の年金記録をインターネットで確認するためパスワードをパソコンから申請しました。政府広報では「申請からおよそ2週間で連絡します」とあります。実際は1ケ月かかりました。お役所仕事ですね。果たして宙に浮いた5千万件の記録が1年で解決するのでしょうか。

支払期間中(3号期間を除く)における1年分の領収書がなくなっており、心配していましたが杞憂に終わりました。一安心です。

2007年8月13日 (月)

KY、NDとは?

 13日の略語(ギャル語)の解説です。どうも安部政権の組閣や総理の人間性を探る番記者用語に転じているような気がすます。

「KY」=“空気(Kuuki)・読めない(Yomenai)”の略だそうです

空気を読めない人を差して使われるそうです。

また、転じて「空気読め!」の意で、耳元で「KY」と囁くなどの用法もあるそうです。

反対語:KYR=空気(Kuuki)・読める(YomeRu)、詳しくはこちら

「ND」=“人間(Ningen)として,どう(Dou)思う?”とのこと。

こちらはまだインターネットでは検索できませんでした。

2007年8月12日 (日)

KY、NDはホントにギャル語?

 今日は旧暦の6月30日です。旧暦では明日から7月ですから秋ですね。したがって明日からの暑さは残暑になります。暦と季節が一緒ですから旧暦の方が季節の言葉と季節感が一致していますね。

今、室内で34℃あります。「キーボード打つ指先にすだれ陰」、エアコンを節約しています。妻が法事(新盆)で故郷へ行っているので娘に食事を用意してもらいました。なかなかイイ気分ですよ。

午前中のTV討論会で司会者が「ギャルの間でKYNDという略語が流行っているそうだ、何のことだ?」と言っていました。皆様分かりますか?TVをご覧になった方はお分かりですね。ホントに使われているのかな・・? それにどんな場合に使うのかな? 答え(インターネットで分かります)は明日。

2007年8月11日 (土)

娘の里帰り

 隣県の学園都市に住む娘がわが家に里帰りしてきました。婿殿を現住所においてスコッティ2匹をお供にやってきました。娘は、実家ではワンちゃんの散歩を親に任せ放しですから、犬3匹を連れたわが夫婦が早朝から散歩することになります。

娘と母親はいつも何か話しています。よくもこんなに話題があるか思うほどです。父親としては、話かけられても適当にあいずちを打っておけばいいので気楽ですね。

里帰りした娘は同級会とかで昼から出かけていきました。親はしばしの休息でです。来週、娘に加えて婿殿が来ると、家の中の整理はできず、メチャメチャになります。ヤレヤレ、しばしのガマンですね。

2007年8月10日 (金)

若さに乾杯!続けよう異世代交流

 サウナに入っているような日中の都心でしたね。午後は冷房がきいたオフィスで仲間との勉強会、来客との打合せなどフルに行いました。

今春、大学を卒業した女性Sさんが、われわれの勉強会に参加してくれました。都内の会社で働いていて、IT業務を一手に行っているそうです。2ケ月前の某セミナーで知り合いました。

Sさんはしっかりしたお嬢さんです。ハキハキと知りたいことを話してくれました。普段、われわれはシニア層しか縁がないし、またSさんは自分の子供たちとは一回りも年齢が違います。しっかりしたSさんを見て、案外、日本の将来は明るい・・・、希望が持てますよ。

終わって、東京駅が真下に見える28階のレストランで懇親会です。こちらは至福の時を過ごしました。でもSさんは60代の男3人をどう見たでしょうか。

こうした異世代交流は、これからも続けて行きたいすね。

2007年8月 9日 (木)

アツイ!、気温と売上数量の関係

 夕方にお酒が入る予定なので電車で顧問先へ出かけました。陽は高く強烈です。車内は涼しく快適で、下車して陽の下に出た途端クラクラと目まいがしました。出迎えの方が37℃あるといいます。駅前のコンビニは飲料水を求める人で一杯。

現役会社員だった頃、仕事で商品の売上数と気温との関係を調べたことがあります。25℃度を越えると飲料水は急激に伸びます。したがってこの暑さでビールなどは文字通りバブル景気でしょう。衣料品、雑貨など盛夏グッズも同様です。逆に肉まんが売れ始めるのは何度を下回った時からという統計もあります。

おもしろいのは「おでん」は1年中売れるという統計もあります。もちろん売れる量には波があります。このように頭から「これはこの季節しか売れない」と決め付けるのも問題です。

四季のメリハリ(夏は猛暑、冬は寒い)がハッキリしてこと。これが流通業にとってありがたいことです。まあ商売もお天気次第といったところでしょうか?

打合せが終わり、さっそくお寿司屋さんへ。この日は冷えた「越の寒梅」をいただきました。普段はジョッキでビールですが、お刺身に冷酒もオツなものでした。盛夏に乾杯!

2007年8月 6日 (月)

南アルプス、大門沢小屋から奈良田まで

070806826  昨日は南アルプス北岳山荘から間ノ岳、農鳥岳を経て大門沢小屋まで10.5時間歩きました。今朝は6.30時に小屋を出て今、奈良田の里温泉で休んでいます。ここまで3.5時間下りました。3日ぶりの入浴です。ここまで奈良田の里温泉から記事を送りました。写真は早川水系発電所取水口付近に架かる最初の吊橋です。3ケ所の吊橋を渡りました。

入浴後はバスで身延へ、更にJR身延線、中央線を乗り継いで蒸し暑い首都圏へ帰還です。とにかく南アルプスは裾野が広い、登山道や標識も北アルプスに比べて整備が遅れています。その分、静かで落ち着いた山旅ができました。しかし還暦を過ぎた者にはちょっときつかったようです。

2007年8月 5日 (日)

3000メートル稜線を歩くー気分最高ー

070805am447  その日の気分は朝のお天気で決まりますね。特に山頂の朝が好天なら、その1日は幸せ一杯の気持ちになります。今朝がそうでした。窓からは富士山(左上写真の右上)、、ご070805510来光、外へ出れば昨日隠れていた北岳が目の前に迫っていました。今日は農鳥岳まで3000メートルの稜線を楽しんでから大門沢小屋まで下ります。 (右写真は朝日に輝く北岳)

070805554 5時15分、小屋でいただいた弁当を持って、まず中白根山(3055メートル)から間ノ岳を目指します。早い人は北岳山荘から間ノ岳まで往復して戻ってきます。中白根山からほぼ1時間でわが国第4位の高峰、間ノ岳(3189メートル)に着きます。広々とした山頂で360度見渡せます。北岳、甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳、鳳凰三山が指呼の間です。(写真下は間ノ岳から北岳、左は甲斐駒)

070805am718 農鳥岳は稜線伝いに西農鳥岳を経て行きます。間ノ岳と西農鳥岳の鞍部に農鳥小屋があり、小屋の主とアルバイトがフトンを干している真っ最中でした。小屋の手前に三国平へ抜ける道があり、いつの間に迷い込んでしまい、急坂を戻って本来の道に戻りました。霧でも出ていたらどうなったか、やはり地図、磁石持参など装備は万全でありたいと思います。

アップダウンを繰り返しながら農鳥岳(3025メートル)に着きます。西側斜面からの風が涼しく、また美味しいんです。風に味があります。快適な稜線歩きができました。この山頂では農鳥小屋のアルバイトがゴミを拾いながら散歩をしていて、ジャンケンで負けたアルバイトがフトン干しだそうです。3人の写真は彼が撮ったものです。0708051139

農鳥岳から急坂を大門沢小屋まで下ります。地図には2時間20分とありますが、実際は3.5時間かかりました。標高差1249メートルのなが~い下りでした。林の間に小屋を見つけたときの嬉しさは何事にも換えられません。賞味10時間歩いた後のオアシスだったのです。

2007年8月 4日 (土)

バテました。北岳

 若い頃、南アルプスを歩いた同年輩の男性が今回のリーダーで気力、体力とも頼りになる男です。到着地の広河原は次々とバスが入って来て、多勢の登山者は吐き出され、さながら上高地のバス停の混雑さながらでした。6時30分に出発しました。

070804am729070804837

写真左:鳳凰三山を望む

同右:雪渓で休憩

大樺沢コースを登ります。見上げると雪渓が雲の中まで伸びています。雪渓を避けて左岸を歩きます。二俣から上は更に急坂となり、次から次へと急なハシゴがいくつも続きました。朝からお腹の調子が悪くフンバリがききません。やっと八本歯のコルに着いたときは息もタエダ0708041404エ!、「ジイイが来る山じゃないね」と後悔しきり・・。周りは一面の霧です。それに風が強い。

北岳トラバース道分岐(写真)に荷物を置いて頂上を目指します。吊尾根分岐に来ると台風の影響で物凄い強風、視界も10メートルもないんです。それでもガンバリました。後で聞いた話ですが、この強風で右俣コースを登った人は動きが取れず肩の小屋は超満員でフトン1枚に2人以上詰め込まれたそうです。バスの隣人もお気の毒!、せっかくの休日も小屋は満員、下界も見えずとはネ・・。明朝に希望を託しましょう。

われわれは危険を避けて吊尾根を通らず、八本歯のコルから東面を北岳山荘に向かいました。斜面には可憐な花々が咲いていて、しばし足をとめさせます。15時には北岳山荘着。8.5時間にわたる初日はこうして終わりました。もちろんフトンは1人1枚でした。

2007年8月 3日 (金)

いざ、南アルプスへ

 2007年、高妻山に続く2度目の百名山は、南アルプス北岳から間ノ岳、農鳥岳を経て身延へ下りる車中1泊、山小屋2泊のコースです。22時、新宿西口を夜行バスで出発、途中、芦安温泉で仮眠、明日6時に登山口の広河原に着きます。台風4号が京都沖の日本海にある頃です。

わが一行は3人、私の隣は40歳くらいの男性で単独で北岳に登り、明晩は北岳、肩の小屋泊まり、日曜日の5日に下山するとのこと。いつもそうですが車内では山の話が弾みます。それから1時間ほどで消灯になり、バスのエンジン音だけがリズミカルに響いてきました。明日の好天を願いつつ・・

2007年8月 2日 (木)

最後の展覧会

 故河村又次郎氏は、鎌倉(元・北大路魯山人陶房跡)に新其中窯を築いた父喜多朗氏のPhoto_2 後を継いだ陶芸家です。知人の紹介で親しくさせていただいておりましたが、残念ながら2006年10月に亡くなりました。

このたび、奥様から130頁にわたる先生の生い立ち、作品などを収めた立派な写真集をいただきました。また遺作展が2007年8月8日~8月14日に横浜高島屋美術画廊で、2007年9月26日~10月2日に本店松坂屋南間館美術画廊で開かれます。一度訪ねるつもりです。(写真は同写真集より、神奈川新聞社1997年とあります)

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