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2007年9月

2007年9月30日 (日)

背水の陣内閣

 福田首相は「福田内閣は背水の陣内閣」だと言いました。

 TBS系「サンデーモーニング」のコメンテーターTS氏(同じ高校の同期生で応援しています)は「背水の陣は自民党内部のことであって自民党以外には関係ない。いわば内部の恥を国民に晒している。野党や国民にとっては背水の陣ではない」と今朝言っていました。福田内閣だけが国民のための政治を行うわけではないので、まさにその通りだと思います。

ところで新聞に“This is a canbet with its back to the wall”(これは背水の陣内閣だ=ヘラルド朝日)と載っていました。ゴジック部分が「背水の陣」の慣用句だそうです。英語では水でなく壁だけだと思ったら「burn one's boats」または「burn one's bridges」とも言うそうです。勉強になりました。

2007年9月29日 (土)

とても“晴好雨奇”の気分には・・

 本来なら29日のタイトルは「日光道中を往く(8)」となるはずでした。でも前日から空模様が怪しい。案の定当日は小雨、予報では行き先も午前中は雨とのこと。担当リーダーのNさんと相談して次回に繰り延べしました。

“晴好雨奇”の意味は岩波新書によると「晴れていても、雨が降ってもそれぞれに趣がある景色」だそうです。芭蕉の名句「象潟や雨に西施がねぶの花」も雨が降っていたからできた句そうですが、文才、句才、デリカシーがない身には、雨はうっとしいだけです。今日はノンビリ過ごします。

2007年9月28日 (金)

旧官営富岡製糸場から今高崎観音に来ています。

0709281  総勢70余名、バス2台での日帰り旅行です。富岡製糸場を見学後、高崎観音に来ました。真下から眺めた観音様です。高さは42m、9階建てのビルに相当します。今までは通りがかりに眺めているだけのもの。こんな近くまで来て内部に入ったのは初めてです。

観音様参拝前に旧官営富岡製糸場を見学しました。明治5年(1872)明治政府が殖産興業の一つとして現在の群馬県富岡市に設置。

改めて安政6年(1589)の開国から明治初期にかけての日本の政治的なパワーに驚きます。この時期の中国(清)、朝鮮(李朝)の内情と比較してみて下さい。写真は旧官営富岡製糸場東繭倉庫正面です。070928

高崎から深谷市の澁澤栄一生家に寄りました。栄一もこの激動期に活躍しています。極東アジア史から時代背景を考察するとき、日本の力強さを感じます。北朝鮮はまさに李朝の残骸です。

2007年9月27日 (木)

議して和せず

 今月末が決算を迎える会社があります。今期の経営結果や来期の経営計画について役員の承認を受ける会議に出席しました。

 事前打合せ時間を含み6時間を越えてもいっこうに議事が進行しません。「議して和せず」です。決算数値は結果ですから承認されました。

時間がかかったのは来期の経営計画です。様々な分野での質問が出ました。この会社のトップが急病でしばら空白時間ができてしまったこと。役員が多忙で日頃の議論ができなかったことなどに原因があります。継続して集中的にまとめることになりました。

中小企業のトップのダウンは怖い。代替がいない、こんなことを痛切に感じた1日でした。

2007年9月26日 (水)

下野小山の散策

 栃木県小山市を訪ねました。資料をいただくため古いビルの市役所内へ入ったら庁舎内は雑然としており、山のような書類と、その中で職員の方々忙しく働いています。ひときわ輝く役所の建物を見慣れている者には奇異に写りました。財政難なのでしょうか。

070926 ついでに市内を散策しました。市役所入口前には「小山評定跡碑」が建っています。これは慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いを前に徳川家康が石田光成を討つ決定をしたところと言われています。すぐ近くに思川が流れており、沢山の兵士や兵糧が舟で運ばれたことでしょう。070926_3

近くの愛宕神社に芭蕉の弟子、其角の句碑“ほととぎす 一二の橋の 夜明けかな”がありました。意味は不明です。狭い境内には樹齢600年の大ケヤキが立っています。

070926_4 間々田地区にある浄光院は以前は阿弥陀寺と称したそうです。日光道中(現国道4号線)に面して独特な門が目を引きました。

文化財も豊富な地方とお見受けしました。

2007年9月25日 (火)

“名月をとってくれろと泣く子かな”一茶

 きょうは旧暦の8月15日。仲秋の満月です。天気予報も午後から晴れると伝えています。昨夜は雲の切れ目に十四夜の月が見えては隠れ、少し見えた後、また隠れてしましました。今夜はユックリお月見を楽しみましょう。<これが朝の記事でした>

素晴らしいお月様でしたね。東の空に真ん丸なお月様、夕方の散歩も月明かりに照らされてつい時間がオーバーしてしまいました。詩心があれば何か詠めるのに・・残念です。ただ草木が青々していて、どこにもススキがないんです。確かに季節がずれていますね。これも地球温暖化の影響でしょうか?

デジカメで月を撮るのは難しい。目視であんなに大きく見える月が、写真では何億光年先の星になってしまうのです。したがって写真はありません。

2007年9月23日 (日)

今日はいいことありそう!

070923

朝のウォーキングで撮った彼岸花です。自然堤防の上に咲いていました。足元注意です!

私立高校のグラウンドでは野球の対外練習試合があるらしく、東武東上沿線にあるKS高校の選手たちとすれ違い「おはようございます」と挨拶をされいい気分になりました。ガンバレ!

2007年9月20日 (木)

「積極進取」の社風と会議

 大手食品卸売業系のロジ(物流)会社の会議でWeb2.0についてお話をさせていただきました。3ヵ月前に親会社の役員からこの会社の社長に就任した方が主催する会議です。社長はかつて長年の友人が私に紹介してくれた方です。

全国各地の責任者が私の話に熱心に耳を傾けてくれました。説明後の会議では、社長はコーディネイト役に徹していました。出席者間で白熱した議論が続き、結局うまく結論付けができたようです。社長は時たま冗談を言いながらも、たくみに結論付けに誘導していくのには感心です。

社員間の連携もよく、モラールも高いとお見受けしました。ワンマン社長の独演会を拝聴する機会が多い私ですが、久しぶりに洗練された会議に出会い嬉しかったですね。

夕方は社長にご馳走になりました。流通現場の生の声を聞いて勉強になった日でした。

2007年9月19日 (水)

風樹之嘆<敬老の日に思う>

 「敬老の日」から2日が過ぎました。親不孝者のチョット遅れた感想です。母も義母も91才で故郷で健在です。敬老日には山歩き中で、お祝い電話は「圏外」でダメ、やっと昨日(18日朝)に親子の対話ができました。

妻も同じような情勢だったようです。なにしろ現役の農婦で、片時も家にいませんから連絡はつきません。やっぱり義母は1日中外出だったそうです。

岩波書店編「四字熟語ひとくち話」によるとタイトルの意味は「樹静かならんと欲すれど風止まず、子養わんと欲すれど親またず」とあります。長生きのご時勢、母親と元気で前向きな会話ができたことは嬉しいことでした。それにしても最近は休日も多く、休日の意味も理解せず、親への気遣いよりも、わが楽しみを先行させたことに多少の悔いが残ります。

2007年9月18日 (火)

奥日光に遊ぶ

奥日光に遊ぶ
昨夜は中禅寺湖畔に泊まり盛り上がりました。今朝は早起きして1時間散歩、朝食後は湯滝、戦場ヶ原を散策。次に遊覧船で中禅寺湖から男体山の全容を眺めました。昨日に続いて絶好のお天気、楽しい2日間でした。

写真は旧イタリア大使館別荘です。昨日は半月峠からこの建物の裏(山側)を歩きました。今日は船上から初めて携帯で撮りました。今日、大使館は振替休日でお休み、雨戸が全部閉め切っています。

2007年9月17日 (月)

日光中禅寺温泉から半月山、半月峠へ

 奥日光へは何回も訪問していますが、こんな素晴らしいお天気に恵まれたのは初めてです。7時20分に中禅寺温泉をスタート、茶ノ木平、狸山(1622m)、半月山(1753m)、半月峠を経て中禅寺湖畔の狸窪(むじなくぼ)へ下山、中禅寺湖畔に沿って歩き出発点に戻る5時間余にわたる山旅をしました。今夜は仲間と湖畔に泊まります。 写真上をクリックすると拡大します。雄大な日光の大自然をお070917楽しみ下さい。

写真:中禅寺湖と男女山(2486m),今夜の宿は上写真の中央やや左、湖畔の緑が切れているあたりです。

まず出会った人が10人くらいと少なかったこと。木々が生い茂って常時コースから展望がきかなかったこと。反面、山を借り切った雰囲気と、ところどころに設置されている展望台からは360度のパノラマを楽しむことができたのです。

070917_2写真:左奥の高い頂は日光白根山(2577m)、平らな部分は戦場ヶ原す。戦場ヶ原のつき当たりの白い切れ目は「湯滝」、中央船着場上の白い切れ目は「竜頭ノ滝」です。

2007年9月15日 (土)

土曜のビジネス街

 9月は顧問先の決算月です。今期の業績確認と来期の事業計画策定会議を終日、都心の事務所で行いました。メンバーの日程調整が平日では難しいため、久しぶりの休日出勤となったのです。

行楽で出かける乗客が多くても、都心に向かう朝の電車にはラクラク座れます。なるほど! 通勤族は平日に遊びに行くシニア族をこう見ているのだナ・・と、いっぱし別種族になった気分でした。

都心も静寂のもの。事務所には電話1本もなし。打合せの声だけが響き、議論に集中できます。事務所は休日でもエアコンは止まらず、残暑厳しい季節ですが快適でした。食事も駅に近くopenしている店も多く何ら問題なし。ただし帰路の電車は混みました。まあこのくらいは・・仕方ないか。

2007年9月14日 (金)

日光道中を往く(7)栗橋宿~古河宿

  9月に入っても残暑が厳しですね。今日は秋季最初のウィーキング日ですが、曇りの予報が快晴になり真夏なみの暑さになりました。総勢20名が東北線栗橋駅に集合して出発です。

070916010709141043<写真>左:中田宿(現在は利根川河川敷)から栗橋関所を望む(古河歴史博物館資料から) 右:栗橋から古河方面を望む

栗橋関所跡から利根川を渡ります。台風9号による増水で河川敷の雑草がなぎ倒されていました。江戸時代には栗橋の対岸に宿場(中田宿)があったそうですが、河川改修で河川敷に埋もれてしまいました。川を渡ると平坦な道が続きます。

0709141254 昼食後はかつて中田の松原と言われた広い道路を歩きます。最近植えられて、少し育った松が往時を偲ばせてくれます。

07091413541 07091413542 古河二高の校庭にある一里塚を過ぎると古河の市街地です。鷹見泉石(古河藩家老)記念館を観て、古河歴史博物館で学芸員から展示物の説明を受けました。玄関ロビーに大きなオルゴールがあり(上写真の左)、学芸員の姿が消えるとオルゴールが鳴ったのです。裏では学芸員が手でハンドルを回していたのです(上写真右)。

Dsc_0807 その後、長谷寺、正定寺(古河城主、土井利位の墓あり)、作家永井路子旧宅、正麟寺(鷹見泉石の墓あり)など市内を散策。そろそろ疲れが出たのか、列の後ろからブツブツ声が聞こえてきます。これはいつものこと。さあ! もう少しです。

例によって古賀駅前の居酒屋で反省会。蒸し暑かった旅も生ビールでサッパリ、楽しい語らいが古河のご城下に流れていきました。(ちょっとオーバーかな・・)

2007年9月13日 (木)

仕事を探す<シニア編>

 かつての会社でお世話になった方が、第2の勤務先が閉鎖になり、続けて働きたいと仕事を探しています。そこで今日はこの方に私の知り合いの会社社長を紹介することにしました。

首都圏の駅の近くのお寿司屋さんで、お酒をいただきながら5人で話し合いをしたのです。われわれシニアの最低生活の基盤はマアマアできていると思います。問題は更に活動しようとすると、その時間とコストを自らが賄う必要があります。時間は充分あるが、コストは普通、自分で稼がなければなりません。

正直、還暦も半ばを過ぎるとシニアには仕事はありません。過去の仕事の中でキャリアを活かす基盤を作っていたかどうかが問われます。「何をしたか」でなく「何ができるか」ですね。シニアの就業も厳しいのが現実です。

2007年9月12日 (水)

いつ何が起こるか分からない世の中

 午後早々にITの勉強会へ電車で出かけ、14時頃、目的地に着きました。部屋に入るなりり同席者が「安部首相が辞めたの知っている?」と聞きます。もちろん車中のことで知りませんでした。

阪神淡路大震災もアメリカ同時多発テロも、いきなり発生して、天災や事件の様子がその後もテレビで見られます。世界中の人たちはビックリして注目し、当事者は平穏無事な状態が一瞬にして崩壊するわけです。

安部さん退陣と天災やテロと比較できませんが、共通しているのは、少なくとも今日の午前中まで、ごく少数の人を除いて退陣表明をすることを知らなかったことです。

ここでは政治的な評価は別にして、「当然、直近の過去はしばらく続くもの」という認識を変える必要がありそうです。そういう意味では本文のタイトルは「一寸先は闇」という月並みな言葉の方がふさわしい気がします。

2007年9月11日 (火)

美意延年

 タイトルは「お気に入りの本」で紹介した「四字熟語ひとくち話」(岩波新書)、最終頁の四字熟語です。「意(こころ)を美(たの)しませれば年を延(の)ぶ」と読み、「くよくよしてはダメ、いつも明るい心でいよう」という意味だそうです。フィナーレにふさわしい熟語ですね。

ある週刊誌の四字熟語のパズルを解きました。分からない時は、インターネットの検索で探せば読み方、意味など即時に表示されますね。こんな熟語もあったのかと感激します。

そういえば母校の高校では「和衷協同」「質実剛健」「至誠一貫」が学是でした。過ぎた人生を振り返って、それぞれの熟語の後に「・・・・に劣ることなかりしか?」と自省してみると、世俗にまみれて言葉通りには行かなかったと言えます。せめてこれからは「美年延年」で行きましょう。

2007年9月10日 (月)

嫁舅の間も・・!

 40年以上もお付き合いいただいている、一回り上の先輩から食事をご馳走になりました。いろいろ話が尽きず、あっという間に時間が経ちました。

最後は家庭の問題でした。同居する長男のお嫁さんとの確執です。気にいらない点が具体的にどんどん出てきます。先輩も古希を超えたリタイア組、お嫁さんも幼い子供2人をもつ専業主婦。1日中、お互いが一緒だと息も詰まるし、アラも見えるでしょう。

先輩は言うだけ言うとサッパリした顔になりました。ストレスを発散したかったようです。

2007年9月 9日 (日)

お久しぶりです。しかし暑いですね!

 S会の会長から呼び出しがありメンバー10人中、8名が駅前の喫茶店に集まりました。秋の旅行の説明と集金でした。暑気払いを南アルプス登山で欠席した私には、メンバーに会うのはお久しぶりです。10月初頭に蔵王に1泊旅行に行くとのこと。

なにせ1日1万歩以上歩く予定ですから、自宅から集合場所まで50分かけて歩きました。いや! 暑かったこと・・。日中の気温は35度近くはあったと思います。一面黄色に実った田園では、あちこちでコンバインが台風で倒れた稲を刈り取っています。

帰路は慣れたせいか、それほど暑くは感じませんでした。でも家に着いたらドッと汗が噴出したのです。でも風は秋の気配ですね。

2007年9月 7日 (金)

D作戦、1週間の経過

 D作戦とはダイエット作戦のことで、作戦目標は猛暑中に増えた体重を減らすことです。

結果は1週間で体重1Kg減、体脂肪6%減でした。

実施したことは次ぎの5項目。(1)酒は隔日に缶ビール350mlを1本だけ (2)毎日10000歩以上歩く (3)毎朝ストレッチを行う (4)腹8分目 (5)間食をしない

5項目を間違いなく実行しました。一番辛かったのは(1)です。(2)は台風襲来の中でも歩きました。1日平均12300歩です。残りの項目は日課で行っています。

前回は4ヵ月で10kg減らしましたが、今回はどうなりますか、目標はあと2kgの減です。

2007年9月 5日 (水)

初めての道

 「少し待ち合わせ時刻に遅れるよ」と乗車中に友人から電話がかかってきました。余裕時間が更に増えたのです。それで浜松町駅でモノレールに乗り換えずに、そのまま品川駅まで行き京急で平和島駅で下車、大井埠頭方面にある訪問先の会社まで25分歩きました。初めての道です。

駅前の雑踏を抜けると環七通りです。海岸方面に向かうと、両側に広い公園があり、もし時間があり、台風の影響がなければ絶好の散策の場でした。首都高速を長い歩道橋で渡ると目的地です。

帰路は駅へ向かう通勤者の流れに乗ったら、環七の横断するすることなく、公園の中を通って駅前の飲み屋街に出ました。頃は夕暮れ、お酒の誘惑に負けず電車に乗ったのです。なぜなら今日は禁酒日(11月の検診日に向かってD作戦実施中)だったからです。われながら勇気ある行動に帰宅後ウーロン茶で乾杯!

2007年9月 4日 (火)

住宅街に迫る雑草-これが自然農法?-

 わが家の裏は畑と田んぼです。二階から季節の移り変わりを眺められ、また風が部屋を通り抜けるので暑0709041いときは快適です。しかし・・。

住宅に近い畑は雑草が主役で作物(とうもろこし、かぼちゃ)は脇役です。また向こうに見える田んぼは1/3は雑草です。右隣の田んぼは違う地主さんで、手入れももよく、もう刈入れが終わっています。地主は自然農法とか言っているようですが、単なる「ほったらかし」でしょう。

0709042困るのは畑の雑草がフェンスを越える高さで、住宅に押し寄せて来ていることです。蛇や蛙はガマンするにしても、景観も悪く掃除も大 変です。農業の手が回らないのは分かりますが何とかなりませんかネエ。

2007年9月 3日 (月)

ジニ係数

 「ジニ係数」について新聞に載っていました。8月24日に厚労省から発表された05年度の数値です。初めて聞く係数ですので調べてみました。

国民の所得がすべて均等ならば0、一人で所得を占めたら1。したがって0から1の間の数値で決まります。今回発表のジニ係数(前回は02年度)は当初所得で0.5263(前回0.4983)、税金、社会保険などによる再配分後で0.3873(前回0.3812)。いずれも過去最大とのこと。

これをどう見るか、高額所得者と低所得者との格差は確実に拡がっている。老齢化による年金受給者の増加で再配分機能が働いて、再配分後は若干の増加となったと見るのでしょうか? それでも再配分後もジワリと格差が拡がっていると見るか・・。

今、話題になっている都市と地方の格差の比較に、この数値を応用できれば分かり易いと思います。

2007年9月 1日 (土)

売り手市場の営業マン?

 「そう言われるなら当社から買っていただかなくても結構です。他の会社から買って下さい」、これは某IT関連会社の営業マンの昨日の言葉です。提携先に頼まれて、あるソフト導入に際して質問をしたときの応答です。

また、この営業マンに上記の商談をしたい旨、電話したところ「メールで概要を連絡してくれ」とのこと、それでやっとお顔を見せてくれたのです。よほど自社商品に自信をもっていらっしゃるのですね。喫茶店で打ち合わせしたのですが、自分のコーヒー代だけを払ってお帰りになりました。

強い商品も、すぐに競合会社が出てきて陳腐化します。どこでどうご縁があるかやも知れません。顧客対応の基本ができていない会社はやがて滅びますよ!

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