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2007年12月

2007年12月30日 (日)

今年、わが身の五大ニュース

 今年もあす1日を残すのみ。ここでこの1年を振り返り、心に残ったことを書いておくのも意味があることかと思います。
そんなわけでわが身の5大ニュース、2007年版です。本ブログのバックナンバーからも当時を偲ぶことができます。

1.2月4日の立秋の日曜日朝、家族全員に看取られて、愛犬のG・リトリバーが14才で肝臓がんのため死亡。誰にでも可愛がられた思い出に残るワンちゃんでした。

2.4月13日、.歴史ウォーキングクラブ“I会”を立ち上げ第1回イベントとして東京日本橋から千住宿まで歩きました。以後、月2回のペースで歩いています。

3..日本百名山は5月19日~20日に高妻山、8月3日~6日に南アルプス北岳から農鳥岳まで縦走しました。今年は特に体力の減退を感じた登山でした。

4.11月28日~30日、全国47都道府県のうち、たった1県だけ、旅行とか出張で足を踏み入れてなかった徳島県を歩いてきました。大歩危~小歩危~阿波池田の紅葉は見事でした。

5.上記の旅行中の29日、故郷の母が91才で急死。旅行を切り上げて帰省。母はピンピンコロリの最高の模範例でした。母の遺伝子を受け継いだ私もきっとピンピンコロリだろうと想像しています。

さて、2008年には何が起こるでしょうか? まず自分が生きていなければ本文は書けませんから、まずボケないで食べて、歩いて、楽しんで生き残ることですネ。同時に家族の健康と平穏な社会であるよう願っています。

2007年12月29日 (土)

のんび~り・・1日

 何もしないでボーっとしている日もいいですね。

新聞をゆっくり読む、BS(コマーシャルがないため)で映画を2本、本を読む、他の時間はただボーっとして何も考えない日。

それも夕方、娘夫婦がワンチャン2匹を連れて来宅(しょっちゅう来ているので帰省とはいわないよ)するまで。総勢5人と犬3匹、猫1匹の賑やかさでおしまいです。

早々に自室に退散。夜は張り替えた障子を目の前で熟睡・・zzzzz・・

2007年12月28日 (金)

自分に・・「お疲れ様でした」

 暮れの28日は御用納めの会社が多いようですね。

私も今日で今年の外へ出る仕事はおしまいです。
今日は、2地域の活性化(街興し)のプロジェクトの打合せがあり、相手から「正月明け早々に打合せしたい」とのこと。
・・ということは、年末年始は資料を作らなければならないということです。

ところで最初の打合せ場所の食事処に大切な書類を置き忘れてしまいました。長時間の打合せ時間を提供していただいて上にお店にご迷惑をかけました。
店に電話して保管をお願いしたので安心でしたが、往復の交通費と時間をムダにしてしまいました。

いずれにしても、自分に「よくガンバリました。お疲れ様でした」といいましょう。
2~3日はユックリします。

2007年12月27日 (木)

障子張り

 年に1度、自室の障子紙を取り替えています。

昨年は障子紙をアイロンで障子に貼り付けたのですが、日が経つとだんだん剥がれてしまいました。また今月初め、妻が破ってしまい、窓を開けるたびに障子紙の擦れる音が聞こえるのです。

今日は4枚の障子を張り替えるのに3時間近くかかりました。刷毛と糊を使った通常の方法です。出来映えはしわが目立ちました。霧吹きで水を吹きかけたので何とかなるでしょう。

腰が痛くてたまりません。ヤレヤレ・・

2007年12月25日 (火)

毛布を枕にぐっすり

愛犬チョビ(S・ハスキー♀15才)は寒さ大好き、今日も庭で寝ています。でもご老体で少しは寒さが応えるみたい。毛布を枕にベットパットの上で横になっています。(携帯で撮影)毛布を枕にぐっすり

2007年12月24日 (月)

今日は何の日?

 もちろんクリスマスイブですよね。
今朝の朝日新聞生活版に暦の記事があります。旧暦は今でも農作業に頼りにされているそうです。

ところでワンチャンと散歩していたら東の空にマンマルなお月様です。そう今日は旧暦11月15日の満月の夜です。

今から146年前の文久元(1861)年の11月15日(旧暦)の今日、皇女和宮が前夜泊った板橋宿から江戸九段の清水邸へ入った日です。その日も晴れていたら満月を眺め、遠く都を偲んだことでしょう。お月様は146年前のこの日の前後、数万人の行列が中山道を通ったのを眺めていたのですね。

2007年12月23日 (日)

火災の現場

  07122312081_2 家族で買物に出かけ、自分一人で帰宅途中、自宅方面で黒煙があがり消防車のサイレンが鳴り響いていました。
よもやわが家か!と一瞬ドキリ。でも類焼の心配なし。現場の近くの駐車場から携帯で撮影しました。

24日の新聞によれば2人焼死したそうです。

皆様、火の扱いには充分にご注意を!

2007年12月22日 (土)

シャコバサボテンの花

 先月、室内の窓際に移したシャコバシャボテンの花が咲きました。クリスマスに合わせたように咲きますね。別名クリスマスカクタスとも言われています。今が盛りです。071222

久しぶりの休日、でも・・

 妻が、昨日から娘の所へ出かけて留守。久しぶりの休日でノンビリしようと思ったのですが・・

朝、老犬に散歩をせがまれるので寝坊はできません。玄関先には、いつもの野良猫がエサも求めて待機中、その準備。車庫にはワンちゃんの大きなウンチ、その始末。

日中、仕事の会議録を作成中、パソコンの不具合が発生。復元中に妻がいないので寂しがり屋の猫がまとわりつく。つい「うるさい」 イライラ・・。
少し昼寝をと横なったら「ピン・・ポ~ン」、いつものリフォーム屋さんの営業女性が、年末の挨拶やらでお出まし。この女性、話がなが~い。もういいよ。

夕方も朝の繰り返し。雨が降っている。老犬はせっかく作ったエサに見向きのせず。何かいつもと配合が違うらしい。更にストーブの灯油が切れる。
自分の食事は冷蔵庫のあり合せで間に合わせる。

妻のご帰還は夜。妻が言う「私が毎日やっていること、たいしたことではないわよ」

お休みなさい。

2007年12月21日 (金)

ビジュアル効果は抜群

 今やビジネスでのプレゼンテーションにはパソコンとプロジェクターを使ったビジュアル提案が一般的です。

でもそのような設備がない企業も多いのです。今日、訪ねた企業には出席者数の紙の資料と念のためデータを収めたスティック両方を持参しました。

結果は壁いっぱいのスクリーンを使っての説明となり、お客様に内容をご理解、確認していただくことに成功しました。コンテンツ、ビュジュアル機器とTPOがマッチした好結果です。もちろん説明もよかったですよ。

2007年12月20日 (木)

年末のいただき物

 あるWeb上のシニアネットクラブに入っています。この組織は様々な催しの連絡やブログでのやり取りの他に、アンケートで市場調査を行っています。

アンケートに答えるとポイントが溜まります。そのポイントが上限に達し55,000円の商品券をゲットしました。年内はムリかと思っていましたが、先日の大型アンケートで一挙に一線を越えたのです。

地道にアンケートや懸賞に応募していると、ある日突然、品物が届きます。期待しない分だけ喜びが大きいですね。

これからもシッカリ、飽きずに続けます。

2007年12月19日 (水)

築地界隈雑感

 わが家ではお茶の葉が切れると、東京築地の「うおがし銘茶」で買って来るのが私の役目です。今日も妻は私に仕事のついでに買って来るよう命じました。

いつも地下鉄の築地駅で下車し、お茶を買い、それから有楽町駅まで歩くことにしています。
築地からの晴海通りはいつも人通りが多いところです。とりわけ年末ともなると、築地場外市場の買物客や東銀座から銀座4丁目、有楽町にかけて人があふれていました。

月末支払いで銀行へ寄りましたが、案外空いているんですね。皆さん懐に現金をお持ちなんでしょうね。有楽町駅前の宝くじ売場には、なが~い列が出来ていました。

顧問先の会社での会議、終わって忘年会、帰りはJR事故に遭い、振替乗車券で大きく迂回して帰宅しました。

2007年12月18日 (火)

“公約が口厄になる歳の暮れ”

 タイトルは下手くそな自作の川柳です。
お坊ちゃん首相の後は、どうも庶民の生活実感を持たない首相みたいですね。
1960年代の半ばから企業のコンピューター導入に携わったわが身から見れば「最後の1人まで、そして1円まで解決する」なんてできるわけがないと思っていました。まして紙台帳がなくてはお手上げですネ。

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2007年12月17日 (月)

軽くなりませんか?そして午後は・・

 最近、打合せにはパソコンを持って行くことが多くなりました。パソコンからデータを表示し、話し合いの場で修正できるから紙より便利です。訪問先のパソコンに該当するソフトがない場合もあり、相手から特殊なデータやソフトをパソコンに取り込む時もあるので持参します。

パソコンは約2Kgですね。それに付属品、資料など合わせると、多分4~5Kgになります。
これが結構重いんです。手ではムリで、結局リックで背負うことになります。何とかもう少し軽く作ってくれませんか? 登山をしますので、パソコンを背負った時は山の訓練だと考えることにしています。

今日はそんな思いで午前、午後出かけました。“SaaS”の世界なら身軽になれますかねえ・・。

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2007年12月16日 (日)

お巡りさん、ご苦労様です。

 郵便受けの朝刊の下に「パトロールカード」(写真)が入っていました。
深夜の1時過ぎに2人のお巡りさんがパトロールしたようで「異常なし」と書かれていました。

07121601現住所には40年くらい住んでいますが、事件、事故などは1件もありません。交番は家から200m先にあり安全な場所かと考えていました。カードをいただいたことも初めてです。
深夜、パトロールしてくれる警察官がいることは心強いことです。職務といえご苦労様です。
これからもよろしくお願いいたします。

2007年12月15日 (土)

地域ホームページの開設

 先週の土曜日と今日の2日で、ネット広告会社の応援で地域ホームページを立ち上げました。

若い人に混じってホームページの作り方を勉強した成果がこちらです。カテゴリー別に見出しの作成とリンクを貼る作業が大部分で、最終的な作成アップはまだ先になります。

全国300近いHP仲間とネットを張り交流をすることになります。広告収入が運営費となります。

2007年12月14日 (金)

日光道中を往く(11)

 恒例の「第11回 日光道中を往く」の日です。今日は自分が担当でした。

15名のメンバーで間々田宿から小山宿まで歩きました。JRの人身事故で電車が大幅遅れ、でも旅慣れた仲間たちはちゃんと定刻に集まりました。(いわゆる空気が読める人たちです)

旧日光道中は現在の国道4号線で昔日の面影を残すものはありません。
それで旧街道に並行する小山市の「歴史の道」をたどりました。神社、寺、古墳、公園、崖、城址などいろいろでした。そうそう焼き場もありましたよ。古墳前では可愛いお孫さんを背負ったおじいさんに出会いました。5時間余りでゆりかごから墓場、あの世までを見たのです。

071214_7071214_6鷲神社へは思川から急な崖を登りました。戦国時代の鷲城址跡です。写真の看板を見て下さい。神社の看板で赤字で書かれたようなのを見たのは初めてです。「大」も「小」も腫れるのは同じ箇所とは理屈に合いませんネ。それに男女差別ですよ。いろいろな意見が出ました。愉快な旅でした。(写真をクリックすると拡大します)

2007年12月13日 (木)

SOHOのつらいこと

 1日中、説明資料作りに追われました。妻は実家へ娘と出かけ留守番兼任です。

たった2~3枚の図をパソコンで作るのに数時間かかってしまいました。オリジナルですのでムリはないと思います。でも文章を書く方が楽ですね。最近の起業経営者はご多用でなかなか文章を読んでくれません。図で要点を説明する方が効率がよいのです。

SOHOでガンバッテ1人でいると、最初に実家の義妹から「送る野菜について義姉さんと話をしたい」という電話でした。電話に出ると明らかに「意外」と言う声でした(うがち過ぎかな?)
結局、相手にされなかったのです。

他にセールス、妻の友人などから電話があったり、飼い猫が寂しがって膝に乗るし、ワンちゃんの餌作りや散歩の相手もあり、結構忙しいんですよ。でも予告なしの中断は痛い。

資料作りが終わって、仕掛中の新しいソフトを使ったホームページ作りを続けようとパソコンに向かいました。ところが、どうやっても作成画面に入り込めないのです。明後日はこの作業の中身についての議論があるというのに・・

2007年12月12日 (水)

もったいない人たち

 仕事で2つのプロジェクトに参加しています。自分の狭い専門分野や経験だけでは新しいことには対応できないのが現実です。

そこで、積極的に専門家や経験者のお話を聞く機会をもつようにしています。
きょうは友人の紹介で、流通分野の川中(卸市場、卸など)と川下(小売、消費者など)で長年の経験をお持ちのMさんにお話を聞いてきました。Mさんは悠々自適生活だそうです。

流通といっても扱い商品で流通経路(サプライチェーン)、商流、物流などがまったく異なります。そのうちの青果の流通についてでした。

Mさんに聞く話は私にとって大いに有益でした。農産物の地域ブランド化の成功例は30年間でも2~3例しかないそうです。

私の友人はMさんに頼んで小売業者に様々な改善策を提案しているようです。でも「うちにはその提案は未だ早い」「規模が違う」とかで受け入れられないそうです。

せっかくの人材を年齢だけで活かさない社会、せっかくの人材を活用できない企業、もったいないないですね。シニア人材が沢山埋もれていますよ。

2007年12月11日 (火)

妻のひとこと

 仕事で東京へ。出掛けに妻に「そそっかしいことはしないでネ」と言われて家を出ました。
都心で昼食をいただきながら商談。午後はパートナーといろいろ打合せをしました。

夕方はフランス料理「ビストロ ソレイユ」(文京区音羽1-3-3サカエ音羽マンション 電話03-3943-1440)で長い付き合いの仲間たちと忘年会でした。ここの料理は美味しかった!お薦めです。つい話とワインで時の経つのも忘れました。0712 (写真はシェフとスタッフ、携帯で)

問題はその後です。JRの駅で電車に乗ったのですが、グッスリ寝込んでしまい目が覚めたら馴染みのない駅、終点まで乗越でしまったのです。どうにか終電までは間に合いました。
ヤッパリ! この件は妻にバカにされないよう黙っていましょう。

2007年12月 9日 (日)

IT時代を実感!

 ある地域農産物のブランド化と、農業の活性化プロジェクト(公学共同体)に参加しています。推進責任者の大学の先生に頼まれて、きょうプロジェクト内容に関する報告書を提出したところです。

自分が30余年、流通業の経験があるといっても食料品、および農業分野については全くの素人です。プロジェクトのおおよその流れ案に沿って内容を読んでいくと不明な言葉、意味が沢山でてきます。

そこでインターネットが大活躍。従来なら図書館や役所に出向き、文献から内容や記録を調べなければならなかったのですが、Web上の「キーワード」検索ですぐに探し出せます。またそれぞれの分野には専門家がいて、どんな研究や著作物を出しているかが分かります。
短時間で資料をまとめることができ、勉強にもなりました。改めてIT時代に万歳!

Googleなどが書籍の内容をスキャンして、いつでもWeb上で読めるように進めているそうですが、そうなれば家に居ながらにして本が読めます。まして動く時間と費用がかからないのがうれしい。

でもリアルな現場の動きはその場に行かなければ分かりません。次は理論と現実のマッチング作業になります。

2007年12月 8日 (土)

「ボケ」の種類

 京都に住民出資による白峰診療所を創設した医師の早川一光さんが、あるコミニューティ誌に「穏やかに生きる知恵」と題した小文を載せています。

“ボケとは人間の感性や感動を忘れて、何かにこだわったときがボケ”だといって、いくつか挙げています。自分も1つ追加しました。

「欲ボケ」「色ボケ」「権力ボケ」「寝ぼけ」「トボケ」「時差ボケ」・・。
どれも自分には関係ない・・、いや今は「寝ぼけ」かな! これはボケはボケでも軽症ですね。
そう言えば数日前に「大歩危(おおぼけ)」「小歩危(こぼけ)」も投稿しましたネ。

さあ、今日はこれから1日イッパイ勉強のために東京へ出かけます。
講師は若い女性、優しくしてネ。

2007年12月 7日 (金)

“正しいときに正しい場所にいる”

 タイトルは本ブログの右欄「お気に入りの本」で紹介した「ウェブ時代をゆく」(梅田望夫著、ちくま新書)の一文です。“in the right place at the right time”の訳です。

“その人が磨いてきた能力に加えて「正しいときに正しい場所にいることが重要で、・(略)・突き詰めれば、誰かの心に印象を残し、大切なときにその誰かから誘われる力だ”と言います。

“積極進取、自己表現欲、広い問題意識、生活圏外への関心、情報収集力、行動力、勇気、・・・、常識、明るさ等々、少し積極的に日常を丁寧に生きればよい。この繰り返しで「正しいときに正しい場所にいる」幸運にめぐり合うチャンスも大きい・・」”と説いています。

上のことは、いつの世でもウェブに関係なくいえるし、また年齢にも関係ないですね。

現在、深夜の1時半です。今日の打合せの資料を作っています。今日も何か一つ目標を決めて行動しましょう。でも目覚めたら忘れちゃうかな・・

2007年12月 6日 (木)

老犬、元気を盛り返す!

 わが家のチョビ(S・ハスキー犬、メス15才)は、獣医によれば人間では100才以上とのこと。難聴の他は至って元気です。でも足腰の衰えは隠せず散歩はユックリと近場を歩きます。

広告を見て購入したのが田七人参加工食品「犬康食ワン」(発売元 わんわん倶楽部 WK)です。これを食事に混ぜて食べさせたところ元気モリモリになりました。まず食べます。走ります。飛び跳ねます。散歩も遠くまで歩きます。

さて、この元気、いつまで続くか? 冷静に観察しましょう。

こんなサブリメントで人間に効くものはないかなあ・・。

2007年12月 5日 (水)

徳島の宿~再び~

 11月28日に徳島に行き、その夜は「かんぽの宿徳島」に泊まりました。
昨日、この宿の支配人さんからご丁寧なハガキを、今日はお礼のメールをいただきました。
感激しました。思い出の眉山からの夜景が更に輝きを増しました。071128

施設が立派でも運営のソフトが伴わないと客はサービスに満足しません。全国都道府県を訪ねる最後の旅に徳島県を残しておいたのは正しかったようです。気配りのきいた心のこもった最高のサービスを受けたことは終生忘れることはないでしょう。

http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/44302/44302.htmlをご覧下さい。
「お客さまの声、12月3日分」が私が宿に残した言葉です。

2007年12月 4日 (火)

元の生活に戻りました。

 今日から元の生活に戻りました。今週の予定です。

大学教授の友人からサポート依頼があり、できる範囲で協力せていただくことにしました。早速、打合せ日程の調整です。またこれに関連する情報収集を別の友人に頼みました。

ビジネスパートーナーから、Y市の事業者へWeb2.0活用のホームページやブログについての説明依頼があり、そのための資料をまとめました。週半ばに出かけます。

顧問先会社から2日後の打合せ時刻の繰上げ依頼があり、応じる返事を出しました。

10を超える忘年会への参加問い合わせがあり、日程を調整して4つに絞り込みました。

午後は地域団体主催の「OB人材活躍フォーラム IN S県」を聴講。
さわやか財団理事長の堀田 力氏の特別講演“再びの生きがい~セカンドライフ・充実への助走~”と、企業等OBの中小企業を支援2例を聞いてきました。

堀田先生は「元官僚と元大企業のホワイトカラーは定年後の対応力が弱い、彼らはいわば核燃料廃棄物で、地域のどこでにも引き取り手がない」などユーモアを交えてセカンドライフについてを話されました。仕事でもボランティアなど好きなことをやって、ピンコロで1週間寝て人生にさよならがいい」ということです。母のピンコロ死は7日ほど早すぎたようです。

中小企業支援2例は支援の考え方が参考になりました。被支援企業はメーカーで技術的な話は理解できなかったのですが、「中小企業に大企業の論理は通用しない、そのためには心がけることは何か」などこれからの活動に活かせそうです。いきいきと話す彼らの話を聞いて、こんな世界もいいなあと改めて思いました。

さあ、明日からも楽しく行きましょう。相手に喜んでいただけるなら幸せです。ただ遊ぶ時間が少なくなりチョッピリ残念!

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2007年12月 3日 (月)

阿波から信濃へ

11月30日の記録です。

 母の急死を聞き朝5.15時にホテルを出発。阿波池田始発の普通列車(次の特急より着駅時刻が早い)で徳島へ。途中は無人駅ばかりで車掌が車内を巡回します。
「6.30時に車内から電話をかけますのでよろしく」「なるべく小さい声でお願いします」
6.30時を待って航空会社へ便変更の予約確認。気動車なのでエンジン音が高く電話での声は自然に大きくなるんです。もっと静かな気動車にしてくれよ。・・と文句も言いたくなります。

空いている飛行機で羽田へ。順調に電車を乗りついて家へ。数日家を空けるのでメールをチェック。3日で300通近い数です。不要不急のものを消去、残った数通の返事に1時間近くかかりました。

あれやこれやで18時には実家着。物言わぬ母に面会しました。眠っているような穏やかな顔でした。世話になった弟夫婦に感謝の挨拶。帰郷するといつも「おやき」を作ってくれた母、その味はもう味わえない。「寝込んで子供たちに迷惑をかけたくない」と言って母。言っていた通りピンコロリで逝ってしましました。寂しいな・・! 自分もこんな死を迎えたい。

2007年12月 1日 (土)

ぶらり一人旅(2)・意外な展開へ

 11月29日(木)分の記録です。

徳島市から特急列車で阿波池田で乗り継いで大歩危へ。小歩危で降りて大歩危まで歩き、そこからバスでかずら橋へ行こうと決めました。

ところが乗り継いだ列車が特急で小歩危に停車せず、そのまま大歩危へ。大歩危からかずら橋行きのバスは1時間半後です。駅前は2~3の店があるだけ。

それではと大歩危峡の川下り観光船で峡谷美を楽しみました。39名乗りの定員に乗ったのは私1人。船頭もさぞかし張り合いがなかったことでしょう。071129
(上写真は遊歩道から見た大歩危峡観光船です)

下船後、国道に併設された遊歩道を小歩危へ。眼下に峡谷や遊覧船を見下ろし、周りの紅葉を楽しみながら1.5時間歩き小歩危駅へ。列車もバスも2時間先までなし。駅は無人、トイレはポトン式、民家が数軒あるだけ。仕方なく次の阿波川口駅まで1.5時間歩き、そこで15分待ちでバスに乗り阿波池田駅前に着いたのです。071129_2
(上写真は小歩危遊歩道の紅葉です)
地方へ出かける時はしっかりと計画を立てる方が賢明ですね。この日は池田のホテルで1泊し、明日の夕方、高松発の航空機で帰宅予定です。

夜に携帯電話が鳴りました。妻から「あなたの母が急死したから翌日早く帰宅しろ」という内容です。すぐ実家へ電話し、直前まで元気だった母が風呂場で意識がなくなったこと。病院へ搬送して死亡が確認されたことなどを聞き、計画を変更し、可能な限り早い便で帰郷することにしました。明朝1番列車で徳島へ。徳島空港9.30時発の羽田便が最速との結論で予約して横になりました。午前2時になっていました。

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