2022年1月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月

2008年5月31日 (土)

“一瞬の席替え防ぐ命綱”

 その瞬間「ドーン」という大音響とともに室内は真っ白、社内のガスが引くと凄惨な事故現場が現れました。助手席で衝突事故に遭った4年前のことです。

後部座席の2人のうち1人はフロントガラスに激突、運転者と私の間に横たわっていました。頚椎2ヵ所損傷の重症2ヵ月、もう1人はシートベルト着用で軽い鞭打ち症ですみました。
私は胸部圧迫、右手首骨折で2ヵ月、それでも命には影響はありませんでした。

後部座席のシートベルト着用が明日、6月1日より義務化されます。
したくない経験をした者からすれば、一般道で車が動き始めた直後の事故でこの有様です。まして高速道路の事故だったら後部座席の人は完全にグロントガラスを突き破って外に飛ばされていたでしょう。

この事故以後、どの位置に座ってもシートベルトを着けることにしています。
一瞬の席替えはゴメンです。

2008年5月30日 (金)

“電池替えだけが残った技術なり”

 左手首から急に力が抜けました。腕時計がテーブル上に落ちていました。時計バンドのピンが抜けて切れたんです。

そこで大手スーパー内にある時計屋さんへ。
「これは直りません。メーカーへ送って直します。ピンは100円ですが修理代が2,000円、別に往復の送料がかります」と女性店員が脅かしだか、見下したかの態度で面倒くさそうで答えます。

「修理がダメならバンドを取り替えてもいいんですが・・」
「取り替えもできません」

要するに何もできないんですね。傍らに「電池交換OK」のPOP広告あり。
今や、時計屋の技術は電池交換だけになりました。

これが全国で1~2位の売上を上げているスーパーのテナントの実態です。
“ピン1本打てぬ時計屋店を出し”

その後、どうなった・・ ですか?
街の時計屋さんでわずか10分で修繕完了。数百円で済みました。

2008年5月28日 (水)

“神話の舞台は北信濃”

  ここ1週間は外出続きで疲れました。Business modeに切り替えて今日はお出かけです。

帰宅したら高校の同級生で故郷で医師をしているA君から本が届いていました。「神話の舞台は北信濃」という多くの写真が入った133ページにおよぶ豪華本です。S01

多忙な医業の傍ら、よくここまで調べ書いたものだと感心し、また何気なく見たり通ったりした神社が由緒あるものだったなど、興味深くページをめくりました。
これからゆっくり読ませていただきます。

今月の同級会で、彼と神話の話になり、この本を送ってくれる約束をしていたものです。

インターネットでも尼巌山(あまかざりやま)の説明で彼のことが紹介されています。

2008年5月27日 (火)

“うたた寝の蛇も逃げ出すかしましさ”

  空はあくまでも青くて高い、緑が濃くなった高原には心地よい風が吹いていました。

地域の仲間7人で山菜採りツアーに参加しました。この種の旅は初めてです。所は上州片品村、尾瀬への入口にもなっています。参加は44名で、うち女性が37名でした。

私には数年前に、この近くから登った武尊山(日本百名山・2158m)が思い出に残っています。そのふもとでアスパラガスの採取(露地物栽培)と山菜採りをしました。080527

子供の時、故郷では何年も山に入りました。それでも名前を知らなかった山菜が多いんです。でも要領は覚えていましたね。急傾斜の斜面を下から山菜を探していきます。山ウド、ワラビ(少し時期が早い)、ミツマタ(これは無尽蔵)、山ブドウの新芽(これは目線を上げないと見えません)他など5種類。1時間くらいにしては上出来です。080527_2

静かだった潅木林は、黄色い声が飛び交う戦場と化しました。案内人に山菜の種類を問う声、蛇の出現に驚く声・・。昼寝の蛇もビックリです。

坂を下りる時、私も2度蛇に遭遇、1度は30cm先にいました。まあ蛇も山の先住生物、季節がら出逢いも多いでしょう。

2008年5月24日 (土)

“うぐいすの声が背を押す峠道”

 新緑の中山道和田峠を越えました。シニア♂6人、前日は長久保宿から和田宿まで約8kmを歩いて和田宿へ、近くの温泉施設で汗を流し、本亭旅館に宿泊。 写真中央の大きな屋根の建物が旧庄屋の本亭旅館です。仲間が朝飯だと声をかけ、手を振っています。写真左下に屋根が一部見えるのが旧脇陣の翠川家です。(写真はクリックで拡大します)080524

24日7時30分出発、唐沢一里塚、接待茶屋などを経て3時間半後、標高1600mの和田古峠に到着、新緑の中を整備された草の道を快適に歩きました。ウグイスや名も知れないImg_1928_2鳥の声に元気づけられまし た01_3

写真は唐沢一里塚です。右のモノクロ写真は長井典雄著「中山道和田宿の記録」(山海堂)に載っている古写真です。写真左は今回撮影、同じ場所ですが今は針葉樹の森に遮られて見通しがききません)080524

峠の西側の道は一転して登山道に変身、スリルのある桟橋(かけはし)跡など経て、ひたすら舗装道路を下諏訪へ。諏訪大社春宮と万治の石仏に参拝。旅の無事を報告。

出発から7.時間35後の15時5分にJR下諏訪駅に到着しました。雨に降られたのもほんの少し、ふれあいと語らいと少し疲れた街道旅でした。

2008年5月23日 (金)

“シニアの口につけたい歩数計”

 長野新幹線上田駅で昼食を終えた6人、多分年齢計400歳近い元気者たち、バスで長久保宿に向かいました。長久保宿から和田宿までの中山道を約8km歩きます。Img_1900 下写真は四泊の一里塚跡を行く一行。

バス内も賑やか、歩いても話題豊富、国道を我が物顔で進みます。ー車が極端に少ないからー、それにしてもいいお天気だこと。明日の夕方までこのままでいてほしい。Img_1910

15時40分に和田宿到着、かわち屋(元旅籠屋)、和田宿本陣を見学、終了時刻の4時を過ぎても丁寧に説明してくれた女性、信州の人はヤッパリ優しいね。ありがとうございました。Img_1918

写真は本日のお宿、「本亭旅館」です。

明日の峠越えに備えて22時には就寝しました。

2008年5月21日 (水)

裏の田んぼに鴨が来る

 わが家の裏は田園風景です。手前が畑、木々を境に、その先に田んぼが広がります。そう聞けばどこかの田舎だと思われるでしょう。ところが駅から徒歩4~5分のところです。書斎の窓からは豊かでのどかな四季の風景が楽しめます。

家裏の田んぼは今日が田植え。田植機のすぐ近くで鴨のつがいが泳いでいました。この田んぼはよく言えば「有機農法」、悪く言えば「ほったらかし農法」でザリガニや餌になるものが多いらしく、鴨が来てよく遊んでいます。

鴨は、隣の違う農家が管理する草なし田んぼには絶対に寄りつきません。自然は正直ですね。そして動物が入らないような所の物を人間が食べている。窓から夕日を眺めながらこんなことを考えていました。

2008年5月19日 (月)

シニアこそ勉強を!

 ある団体の秋の旅行企画担当が回ってきました。日常的に海外旅行が話題になるこの頃です。今のシニアは殆どの国内の観光地には出かけています。

そこで訪問先でその地域の人たちの交流や地方の特色などを視察するなどの考えを示しました。答えはさまざまですが、「この歳になって勉強したくない」「旅行費用は前年より安く」「美味いものを食べたい」など勝手な意見が集まりました。

「それなら、この条件を満たす対案を出せ」と言いたいです。勉強しないから「後期高齢者医療制度」、「年金問題」、「税金のムダ使い」、「ガソリン価格」、その諸々も政府にやられ放題ではないですか?諸物価高騰のおり旅行費用は圏外とお考えなら知恵あるシニアでなく、単なる世間知らずのJiJiBaBaに過ぎません。

いくら歳を食っても、安穏としたご隠居の世界などどこにもありませんよ。世情を知らず、わがまま言いたい放題の人たちとは今年限りで縁を切りたいと思います。

2008年5月18日 (日)

“今度また気持ち裏切る写真顔”

 幹事から5月10日に行われた郷土でのクラス会記念写真を送ってきました。

写真は正直ですね。年齢相応の顔で写っています。気持ちは若いつもりですが写真は応えてくれません。個人の肖像権も絡みますので掲載できないのが残念です。

でも、たった2年間の勉強仲間が、ワイワイ当時にかえって忌憚なく話ができたのは幸せでした。立派な記念碑です。他の旧同級生も50歩100歩です(失礼)。

さて、2年後には顔はどう変わっているか? 写せる顔がこの世に残っていればいいですね。

2008年5月17日 (土)

老舗企業が突出して多い日本

 16日の朝日新聞夕刊コラム「窓」に“100年カレンダー”という記事が載っています。

“世界的に見て、老舗企業が突出して多い。全国124万社を調べたら創業300年は600社近く、400年は150社、500年以上は34社あったそうです(帝国データバンク調査)。”

新聞記事は次にこれから100年以上先の会社を紹介しています。
ここでは別の見方をしてみましょう。

日本の老舗企業が多いということは以下の点でも納得できます。
まず、日本では権力による中間層(農民富裕層、商人)からの収奪がなかった。権力と富が別だったこともあります。その他に識字率などが高かったせいもあるでしょう。
そのために近隣諸外国に比べて明治維新による近代化が早かった。

中国史、朝鮮史を見ても、権力は民のあらゆる富を収奪しました。
儒教の影響で空理空論をもてあそぶ層が権力と富を独占し、働くことが軽蔑された時代が続き、中間層が育っていません。
また、王朝が替わるたびに数千万人が殺され(中国)、王朝内部では血を血で洗う抗争が起こっています(李氏朝鮮)。
これでは老舗企業が続くわけがありませんね。

2008年5月16日 (金)

都心も快適

都心も快適
新緑に暖かい陽がそそいでいます。2日続きの晴天で快適です。仕事は都心のビルでITの勉強会でした。案外、都内にも緑が多いんです。

2008年5月15日 (木)

バリウムは生きてる旅の一里塚

今年もまた胃の検診日が巡って来ました。バリウムを飲むのは辛いものですが、これも生きてるからこそ! 健康生活の証と思えばひと飲みです。さあ!午後から仕事です。

午後は大手食品卸(年商14,000億円)社長の話を聞きました。最近合併した大手冷食の社長で、合併後の新会社のトップになった人です。

事業はパラダイムシフトをするのだそうです。量から質への転換、要点はメーカー、卸、小売店(主としてスーパーマーケット)のPush InからPull Outへの転換とのこと。聴衆を指差して「あなた方のような生活者のライフスタイルを分析して、その生活の貢献にする」といいました。

それでありながら「中国製餃子事件」はどこにでもあること、卸からみれば「交通事故に遭ったようなもの」「日本の報道が悪いからだ」といわれました。まず最初に、われわれ生活者に謝罪すべきでしょう」、餃子事件で年間1万人死亡してしる交通事故と同じ死亡者数を出したら大問題になります。食品卸でさえこの程度の認識です。

どうも論理の矛盾、食品のサプライヤーのトップとして根本的にパラダイムシフトができていない。まだ口先だけの心がない話です。

2008年5月14日 (水)

一年間よろしく

一年間よろしく
I学園校友会の総会でした。写真は新役員の揃い踏みです。役員は4クラスから3名ずつ、それにクラブ活動のリーダーを加えて十数名になります。写真はほんの一部の方々です。

任期は1年ですので、生きていれば必ず数年おきに役員は回ってきます。がんばって1年乗り切りましょう。(携帯で撮影)

そういえばこの総会も黙祷で始まりました。
黙祷は“鬼籍入りいつくるのかと思うとき”です。

2008年5月12日 (月)

年金特別便で思うこと。

 年金特別便が手元に届きました。

500ヵ月に迫る加入月数で、振り返るとよく働いたものだと改めて思います。

浪人中に親に負担をかけたくなくて大手会社へ就職、翌年大学に入学しても退職せず、勉強と仕事にとガンバリました。会社は午後から夜の仕事にシフトを変えて応援してくれ、無事に昼間部を4年で卒業できました。

当時の上司に「辞めるのはモッタイナイ」と言われましたが、卒業見込みが立ち新たな就職先が決まり退職。この働いた期間、勤労学生扱いで税金が控除され、また在職中は50ヵ月にわたって厚生年金をかけていただきました。大勢の方々に支えていただき感謝しています。

結局、新卒で就職と転職が重なったということになり、全部含めて記録されています。年金申請時に確認したのを追認する結果になります。

2008年5月11日 (日)

ふるさとの石碑、そして市内は!

故郷の碑
 中学まで過ごした町を50年ぶりに訪ねました。城址の一隅に石碑があり“千曲川 板橋長しふりさけて 越後境の山見ゆるかな 土田耕平詠、横山秀男書”とありました。横山秀男氏は私の小学校時代の校長でした。校歌の作詞を行い、またこの碑文にも名前を残しています。

都市と地方との格差が問題になっています。写真は日曜日の正午過ぎ、故郷の中心市内の風景です。動いている物は農業用軽トラックが1台だけ、他に人影はまったく見当たりません。シャッター通り、そして「静」の街です。

こうしたことはここだけでなく中小都市ではいつもの風景です。道路は立派ですね。赤信号の先の道路は2倍に拡幅されています。確かに道路は立派になりました。また写真右手のアーケードは、豪雪地帯で見られる雁木です。080511

立派な舞台だけ作って上演されない劇場みたいですね。これからはここに賑わいを戻すソフトが求められます。「もう道路はいらない」は実感です。

2008年5月10日 (土)

“黙祷と言われて始まるクラス会”

故郷を訪ねる
 高校のクラス会に出席するため故郷に来ています。49年ぶりに通学した道を歩いてみました。景色は一変していて、うろ覚えの通学路は全く役に立ちません。なにしろ、畑と果樹園しの中を抜けていた道は、今は人家かビッシリ、ひなびた駅前は大型スーパーやマンションがお客を見下ろすようの建っています。でも少し奥へは入れば静かな細道が残っています。上写真は母校の近くで撮った道祖神です。

最近、オリンピックの聖火で話題になった寺の三門です。平成の修理が終わり壮大な門が姿を現していました。(寺の本堂から撮影)080510

 われわれは1959年に高校を卒業しました。今年で50周年です。
クラス卒業生48名、2008年5月10日現在で物故者5名、このうち2名が昨年亡くなりました。居所不明2名など。今回の参加者は24名でした。クラス会は亡き友を想い黙祷で始まります。

現役は県都の市長をはじめ、医師、大学教授、脱サラ社長など5~6名、残りは私を除いて悠々自適です。そうそう脳梗塞で倒れて健康を快復した者、いまだ治療中の者もいます。一番の元気者は82歳になる恩師です。恩師が元気の間2年おきに地元で行うことになっています。さて2年後に何人減っているかな? 没ゼロを祈り、再開を約束して散会しました。

続きを読む "“黙祷と言われて始まるクラス会”" »

2008年5月 9日 (金)

川越街道・膝折宿から平林寺へ

 風もなく穏やかな曇り空、歩くには最適な日でした。

仲間18名が東武東上線朝霞駅に集合。旧川越街道膝折宿からへ平林寺を訪れました。

新緑の平林寺では貸切状態で散策を楽しみました。ただひとつの例外は門を出るとき、可愛い幼稚園児の団体に出会い、きちんと挨拶してくれたのが嬉しかったですね(写真)。080509

禅寺らしく掃き清められた境内、目に映える新緑、心洗われるひとときでした。

2008年5月 8日 (木)

震度4への対応

 今明1時45分頃、震度4の地震がありました。

最初の揺れで目が覚め、すぐにテレビをON、続いて何十秒後かに強い横揺れがきました。

強い揺れで飛び起き、部屋の扉と玄関の開放、停電に備えてラジオ付懐中電灯を手元に引き寄せているに間に、自治体の防災放送やテレビでの緊急放送がありました。

家具には転倒防止器具が取り付けてあり、すぐに倒れる心配はありません。でも直下型の大地震がきたら、果たして揺れている間に、こんな動作がとれるかどうか自信がありません。

でも目だった被害がなくてよかったですね。

2008年5月 6日 (火)

“もののふ”たちが駆け抜けた古道

 源氏の武将、畠山重忠の居城だった菅谷館跡を訪ねました。来月の団体見学の際に説明をお願いのするためです。初めての訪問です。

080506細かい報告は来月に譲るとして、ここは重忠の死後、戦国時代に拡張整備されたそうです。よい天気、青い空と木々、素晴らしい環境でした。 (写真は畠山重忠の銅像)

嵐山渓谷のバーベーキュー場では川遊びの080506_4人たちで賑わっていました。連休もきょうが最後です。あすからはひっそりとなりますね。

大蔵館跡から鎌倉街道といわれる道をたどりました。笛吹峠に向か い、嵐山町将軍沢までの往復です。途中の縁切橋というのがありました。道路は拡幅されて川は暗渠になっています。説明は写真をご覧下さい。地名も橋の名前も中世の“もののふ”が駆け抜けた名残をとどめていますね。(写真上をクリックすれば拡大します)080506_6 080506_7

2008年5月 3日 (土)

シングル生活の実態は?

 妻が娘の所へ出かけ目下シングルライフを満喫しています(ホントかな!)。

留守の間やるべきこと。
*ペットの世話:
 猫2匹(飼い猫と裏庭に餌をねだりに来る野良猫)と餌作りと老犬の世話(餌作りと散歩)。
ペットの世話で朝寝坊が出来ません。いつもの時刻どおり催促されます。
*自分の食事:
 なるべくゴミを出さないこと。おかずは大皿などに一緒に盛り付け食器洗いを簡素化する。結果を検証すると、野菜が摂れていない(生ゴミが出るから)、大好きなお茶好を飲んでいない(茶ガラが出るから)、冷蔵庫の食品が少なくなってきた。買い物も面倒だ。
*電話にでること:
 こちらの都合にお構いなく電話がかかってきます。妻宛がほとんど、 それもセールス多い。留守電機能がないので鳴っても放っておけばいいのすがタマに自分にかかってくるからツイ受話器をとっていまう。

残りが自分の時間です。
シングルも長期にわたると栄養が偏る。風呂沸かしは簡単ですが入浴の度に洗濯物が溜まる。これにお天気がよければ布団干しが加わります。

シングルも数日が限度ですね。出かける方が気分的に楽です。 
本記事を書いている最中に妻から「夕食を済ませて帰る」とメールです。現役時代とは逆減少。ヤレヤレか、またはもっとシングルライフがよいか、気分は複雑です。     

2008年5月 2日 (金)

内閣支持率とターニングポイント

 福田内閣の支持率が20%台になり最低だそうです。この支持率が長期的にみて、政治トレンドのどの位置に当たるのでしょうか? 興味があります。

年金問題、暫定税率、これに後期高齢者医療制度に追い討ちをかけられれば必然的にこうなるのでしょう。むしろデモや暴動などが起きないのが不思議なくらいです。

“道路特定財源がマッサージ椅子やタクシー券に流れていた、消えたり浮いたりした年金から役所が「後期高齢者」と呼ぶ層の保険料が天引きされ始めた。理解不足とは失礼な話だ。これで怒るなというのがおかしい”(朝日新聞4/29「天声人語」)

私は2大政党があり、一方の政党の政策が国民の支持を得られなければ政権は交代する。これが理想だと思います。お互いに緊張感をもって政治に当たってもらいたいからです。

民主党は政権取りばかりだと聞こえてきます。自民党も政権維持にキュウキュウしています。かつては社会党(現社民党)と、今は公明党と連立を組んでします。政権党でなければ自らの政策が実現できないからです。

「長期権力は必ず腐敗します」
何十年と培われた土建国家の利権構造は、首相の一言で変わるのでしょうか?

今月は数回、地方へ出かけますが、住民は郊外の立派な道路を通って車で大型ショッピングセンターへ買い物に行きます。ますます駅前はシャッター通りになります。果たして道路だけが聖域でしょうか?

2008年5月 1日 (木)

連休の谷間

 久しぶりに東京へ。仕事の打ち合わせ。次いで今月の国内旅行の乗車券・特急券などの購入。買い物などです。

乗車券・特急券を購入するためにVIEW窓口へ。窓口は2つだけ。10人くらいが並んでいました。自分の番が来て、日が違う自分1人分(これは順調に進みました)と、日を変えて6人分の購入を依頼。この6人分が普通運賃や「大人と休日割引」などが入り混じって時間がかかりました。

最後はカード決済が機械ではできず、結局、一部現金で支払わされたのです。後ろに並んでいた人たちにはお詫び申し上げます。

各地では30℃を越えた所もあった夏日で、東京でもラーリーマンは殆どがワイシャツ姿でした。幾分人出が少ないと思ったのは連休を取って休んでいる人も多いからでしょう。

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

無料ブログはココログ

お気に入りの本