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2009年1月

2009年1月31日 (土)

1月は元気がない話ばかりで終わるか?

 朝刊一面は大手電機会社のリストラばかりが目立ちます。

NEC、日立などが軒並み大幅赤字転落、派遣切りでは済まず、正社員にもリストラの波が及ぶと伝えています。

まさに四面、真っ赤か、どこから火を消したらよいか分からない経済震災ですね。

私的な面では同級生の急逝、加えて同期生のガン告白など不辛いメールも飛び交っています。そんな中で1月も終わりそうです。

楽しい話、元気が出るニュースなどメディアも意識してエールを送ってほしいですね。

「朝が来ない夜はない」のですから

2009年1月30日 (金)

また一人、友が逝く

 「訃報」という文字をメールで見るたびに、誰が亡くなったかドキリとします。

きょうの訃報は高校の同級生のK君で、西新宿の高層ホテルなどの購買を担当した元ホテルマン、定年後は全国のホテルのコンサルタントをしていました。

お互いに現役中は、業界が違っても情報の交換、勉強会などお互いに切磋琢磨した仲間です。52年間の付き合いです.

最後に会ったのは、昨年5月に地元で開かれた同級会でした。
別れ際に言った「事務所へ訪ねて来いよ」の声が思いこされます。

卒業時の同級生47名中、亡くなったのは彼で5人目です。

心からご冥福を祈ります。

2009年1月29日 (木)

いつまでもあると思うな親と金、それに会社も

 北海道の老舗百貨店「丸井今井」が民事再生法を申請して事実上の倒産をしました。

流通業に携わっていた私は北海道が大好きです。出張、旅行など数え切れないほど訪ねています。広い大地、おおらかな気性など何か気持ちが落ち着かせてくれます。

北海道といえば、丸井今井、北海道新聞(道新)、無くなった北海道拓殖銀行などが名門企業でした。道民からの贈り物も「丸井今井」の包装紙が多かった記憶があります。

定年間際に同じ小売業に勤めていて、倒産の場に直面した私にとって従業員の気持ちは痛いほど分かります。求人が少ない地域では、次の職場を探すことは大変だと思います。

親は先に亡くなります。金も使えばなくなります。自明の理ですね。最近は会社も永遠でなくなりました。特に流通業は経営の基盤が弱く、社会の変化に対応できなくなったら、一瞬に消えてしまいます。

常日頃、会社の仕事一辺倒ではなく、人脈作り、技術の習得、余裕資金作りなどに心がけておかないといけません。特に若い人に言いたいと思います。個人も有事に備える必要がありますよ。

2009年1月28日 (水)

“話しあってみよう日中関係ー永遠の友好関係に向けてー”(3)

  3回シリーズ、最終回のセミナーでした。

講義の内容は
中国人の対日イメージ
中国政治を左右しかねないインターネット
日中友好の新思考の提案
これから大切な市民交流などの講義

その後参加者の意見交換などの内容でした。

3回のセミナーに参加して感じたことは

〇日本外交の貧困を感じました。
日本の国益のための外交政策、確固たる信念を持ち、明確な発言を続ける。

〇中国政治の冷静な分析と行動が求められます。
中国政治の裏側にあるもの、国内状況の示すもの、などを分析して見きわめる。

〇進めよう市民レベルの日中交流
観光、留学、視察、体験、など交流増進、顔が似ていても文化が違う。互恵認識。

さあ、できることから始めましょう。動かないで評論家だけでは何も始まらないヨ。

  

2009年1月27日 (火)

160円の処理にこのコスト!<自治体のあきれたコスト意識>

 県の某施設の利用申請をしました。

利用料はわずか160円。

申請には前以て、「施設利用申請願」を書き、これに利用目的などをの書類を添付し、届けは郵送または持参します。今回は友人に持参してもらいました。持参日の支払いはダメで、それに現金でなくすべて振り込みとのこと。

今日、利用許可証や利用規約など5枚の書類と振込用紙が郵送されてきました。

月末で混雑する金融機関の窓口で数十分待って振り込みました。

わずか80円切手2枚の金額に、これだけのコストをかける意味があるでしょうか?

高い人件費、紙代、郵送費などのほか、こちらの手間隙も考えてほしいですね。
電子化が進んでいるこの時代、あきれます。

更に、住所地の市役所から平成21年度の確定申告書類が届きました。

これは毎年、税務署に確定申告していますので、わが家では不必要なものです。
それでも、飽きもせず毎年せっせと送ってきます。

多分、この書類は相当数の世帯でゴミ箱へ直行しているはずです。

仮に世帯数の2/3に届くとして郵送代が300万円、印刷、人件費で1,000万円はかかっているでしょう。

小さなムダの積み重ねもまとまれば大きくなりますよ。

2009年1月26日 (月)

役回りの交代期

 3月の年度末も近くなりました。

これからしばらくの間、いろんなサークルや団体で役員の交代、会費の支払いが続きます。

きょうは、その一段で、所属する地元の地域団体のグループ(班)の新年会(昼食会)が開かれました。10人グループで1人欠席、都合9人(男4、女5)が集まりました。

役員は3月で交代ですが、それまでに次年度の会費を徴収する役割があります。

いくつかのグループに入っていると、年会費、総会の懇親会費、その他で結構費用もかさみます。

サークル活動や地域活動を続けるのもある程度の出費と役員任務を受ける覚悟が必要です。

2009年1月25日 (日)

衰えは早い

 わが家の愛犬、S・ハスキーのチョビは16歳半、このところ衰えが目立ちます。

まず後足股関節に力が入らなくなり、歩く時は手製のハーネスで後足を支えます。

平地は支えは不要ですが段差があると上がれません。

その他、もろもろ・・。耳が聞こえません。でも頭はシッカリ、食べる。歯も丈夫。

それでも散歩をねだる気丈さ、大声で吠えることもなく、至って温和です。

人間に比べ寿命が短い分、衰えも速いですね。

そばにいても、どうしてもやれないもどかしさ! 

飼い始めた時には分かっているのに・・。

一昨年の立春にG・リトリバーのジュリーを見送り、今度はチョビの番になりそうです。

最後まで看取ってやりますよ。

2009年1月24日 (土)

娘の里帰り

 久し振りに娘が里帰りしました。昨夜来て今晩帰りました。車で1時間余りの研究学園都市に住んでいます。

30歳代半ば、子度はいなく、犬が大好きで10歳になるスコッティを連れての里帰りす。普段は共働きでがんばっています。

下世話なこともユックリ聞くと、世代の考え方、世間を見る目、職場を通しての人間関係など、違った分野を垣間見る思いですね。

専門分野の技術を常に学んでいないと置いて行かれからと、会社に勉強したいと交渉したら、旅費も時間もOKとのこと。なかなかの交渉上手です。わが娘をチッピリ見直しました。

妻からタップリと生活用品を揃えてもらい帰って行きました。この部分は子供です。

ムリをしないでガンバレ、身体に気をつけてネ

2009年1月23日 (金)

日光御成道を歩く③<大門神社の龍>

 日光御成道は歴代の江戸時代、将軍が延べ19回にわたり日光社参に使った街道です。

JR武蔵野線東川口に集合した9時半は小雨もようでした。朝9時には雨は上がる予報でしたが少しずれたようです。
写真は大門神社の左甚五郎作と伝えられる龍の彫刻です。090123

それでも14名のメンバーは元気イッパイ、狭い道を車に注意しながら、おしゃべりに夢中になり、時には警笛を鳴らされながら、ひたすら岩槻を目指して歩きました。

甲子園大会の常連校、浦和学園高付近で食べた昼食(餃子、味噌ラーメン)の量は2割りも多く、育ち盛りの若者向き大きさで、小食のJJBBには食べ切れなかったようです。

岩槻宿では岩槻大師で全員揃ってミニ八十八ヵ所めぐりをし、今年の無病息災を祈願しました。そして16時30分、ピッタリ居酒屋着。

きょうの幹事Sさんの見事なまでのタイムマネジメント、大いに尊敬します。

2009年1月22日 (木)

“天下の智将・直江兼続”のこと

 NHK大河ドラマ“天地人”とは直江兼続の生涯を描いていますね。

山形新幹線の座席に備えてあった広報誌“トラウ゛ェール”に、この直江兼続のことが載っていました。いい勉強になりました。車内では読みきれず、家に持ち帰って楽しみました。

彼は直江家の養子だったこと。

妻、おせんは夫、直江信綱の死後、兼続を婿に迎えたこと。おせんは兼続の死後18年も長生きした(81歳で死去)こと。

兼続が活躍した場所が上田庄(現南魚沼市)、春日山、会津、米沢など。

上杉景勝との主従関係が死ぬまで信頼で結ばれていたこと。

関が原後の対応の見事さ、また文化人としての素養など60年の生涯はビッシリ詰まっていますね。

それにしても、わが身のいたずらに馬齢を重ねただけの人生、むなしさもチョッピリ!

でも比較すること自体、意味がないか! 

2009年1月21日 (水)

“話しあってみよう日中関係ー永遠の友好関係に向けてー”(2)

 中国、牡丹江生まれの富岡康ニさんを講師に迎えて開かれたのがタイトル名のセミナーです。今日は3回中の2回目です。(リンクの記事は別の地区で開かれたものです)

1月14日付の本ブログと内容が重なりますので、14日に追加する記事に再編集しました。

中国とのご縁の追加です。
亡くなった私の先輩が紹介してくれた中国人がいます。この人は日本の国立大学の教授をしています。この方の案内で上海、蘇州などを旅行してきました。

きょうは最後の10分足らずで意見交換がありました。

概して年配の方は政治に引きずられている感じがします。私を含めて脳裏にシッカリと歴史認識が大きく刷り込まれているからでしょう。

反面、現実の実利や将来の交流を考えると別の考えもあってもよい。具体的に中国が身近になっていり人ほど未来志向だと思われます。私もそうありたい・・

セミナーにはありきたりの概論より具体的な一般人の交流について進めてほしいし、議論の時間をもっととってほしいと思います。

過去の歴史はどうあれ、これからは庶民の交流はますます盛んにして、仲良くしていけば戦争などしないと確信しています。

2009年1月20日 (火)

祭りの屋台と笛を吹く女性

 快適な温泉付の寒河江のホテルで一泊。

厳冬期の朝でも、路面は氷結していません。水溜りさえできています。もちろん道路の両脇には雪がありますが、せいぜい20~30cmです。暖かな冬の朝です。

前日の大江町の会社へ。打合せ、勉強会の講師、隣町の朝日町などを訪問、帰路のスタートはJR左沢線左沢駅です。山形駅乗換、新幹線で帰ります。

左沢駅舎の中に立派な祭りの屋台が2基陳列されていました。写真の人形が等身大ですから、屋台の大きさも相当な物です。090120

屋台を見ながら回廊で上がるようになっています。その回廊に祭りや当地の自然、人物などの写真が飾られていて、その中に祭りで横笛を吹く若い女性が写っていました。

前列、向かって左端が訪問先の社員です。華やかな舞台を引き立てていますね。090120_2

ユッタリとしたリズムの生活が想像されます。

そろそろ、折り返し山形へ向かう列車が到着したようです。

2009年1月19日 (月)

山形での試食会に臨む

 県境のトンネルを抜けると一面の銀世界でした。トンネルは福島から米沢へ抜ける板谷峠のそれです。

山形駅は思ったより雪が少なく、しかも小雨でした。やはり地球の温暖化のせいでしょうね。

山形駅で左沢線に乗り換えて寒河江へ。この列車はここでストップ。目的は終点の左沢ですが次の列車まで1時間30分もあります。迎えの車で大江町へ。

サポートをしている会社へ。夕方まで会議、打合せ、終わって地場産品の試食会に参加しました。090119_2 090119

お米は山形コシヒカリ、はえぬき、各種山菜の加工食品、タラノメ(栽培物)の天ぷら、各種漬物など。地酒もあっておいしくいただきました。

あったかい地鶏を煮込んだ鍋は最高でした。

2009年1月18日 (日)

また私の年度末が迫りました。税金はすべて申告制度にしたら!

 1年間の区切りはさまざまですね。

年賀状の作成に追われる暦の1年。いやでも加齢を意識する誕生日から次の誕生日前日まで1年、行政上の年度などなど・・。

これらに私は自分の会社の決算年度が加わります。

この1月末日に法人化して12期の決算日を迎えます。
これから3月末の申告までが大変、たまった伝票、領収書などの整理に追われます。

この期間中は個人の確定申告もあり、いやでも税金を意識する期間です。

サラリーマンの所得税も申告制度にすればどうでしょうか?

いやでも税金に向き合いますよ。

社会保険料を含めてこんなに払っていたのかと考えさせられます。

役人の天下りなど納めた税金をムダに使う。

役に立たないバラマキなど腹が立つことばかりです。

2009年1月17日 (土)

医療事故死者数は交通事故死者数より多い?

 彼の細君は、血液凝固阻止剤を入れるはずだった点滴に、別の患者に用意した消毒剤を誤注入され急死しました。10年前の1999年2月のことです。都立広尾病院事件として新聞でも大きく取り上げられました。090117

以来、彼は医療事故の原因を分析する機関の設置、現場の意識改革などを求めて、医療の安全のための活動をしています。

彼とは「医療の良心を守る会」代表の永井裕之さんです。

きょうは永井さんを講師に招いて「医療過誤被害者の立場から医療に望むこと」と題した演題で講演会を開催しました。

現在は、親族の死を不審に思っても、駆け込む先は警察しかありません。警察も本気に捜査するつもりもないようです。

裁判に持ち込んでも素人は医療のプロに勝てないようです。

第一、医療事故そのものの統計すらありません。闇から闇へ葬られているのが実情です。

誰でも医療のお世話になります。あなたもぜひ考えてみて下さい。

2009年1月16日 (金)

李 又三氏のこと

 「広い大地は大陸型人間を育てる」と思います。

例えば、北海道生まれで北海道育ちの人は、北海道以外の日本人とは違ってどこか人間の大きさを感じます。もちろん例外もありますが・・。

李 又三氏は中国桂林出身で、航空貨物を扱う日本の大手海運会社系の会社にお勤めです。日本語も流暢で日本の文化にも精通しています。まさに大陸的風格の人です。

20年来の友人の紹介で、お会いするのは今日で2回目です。
お会いすると、なにかホットする感じがします。ユックリと落ち着いた話し方は、セカセカする日本の中では、静かな温泉に入っているような気分を受けます。

仕事の件の打合せでしたが、友好的で前回お願いしたことも、ちゃんとまとめておいていただきました。

人生は出会いの連続、また新しい方が私の手帳に加わりました。

有益な日でした。

2009年1月15日 (木)

橋の上から見る夕焼けの富士山は最高です

  関東地方のこの時期は、冷たい季節風が吹き荒れ一段と寒さが身に染みます。

仕事で訪ねたは隣県の会社です。県境の橋を渡るとすぐ目的の訪問先です。
この会社の周りは一面の農地とその先の堤防の向こうは利根川の河川敷と本流です。
筑波山が目の前に迫る広々とした風景です。

したがって風が思うように吹き荒れます。身を屈めるようにして建物に出入りします。

3時間ほどの打合せも順調、5時前には帰路につきます。

車は進路を西にとり夕日を正面に受けますが、県境の江戸川に架かる橋にかかると、正面に夕日を背にした富士山がわずか数十キロ先にあるような姿で現れます。

写真を撮りたいのですが、駐車スペースもなく撮影不可能、目にしっかりと焼き付けて帰ります。

仕事も順調だった冬の夕方の最大の楽しみです。

2009年1月14日 (水)

“話しあってみよう日中関係ー永遠の友好関係にむけて-”(1)

 咲いた県の財団法人いきいき埼玉が主催する講座に出席しました。

講座名が“話しあってみよう日中関係ー永遠の友好関係にむけて”です。
今回を含めて週1回、計3回シリーズです。

参加のきっかけは友人の誘い、それに中国人、中国と接する機会がわが身の周りにも迫ってきた理由があるからです。

まず、先日、私のカミサンの甥の連れ合いが中国東北地方の出身で、初めてわが家に挨拶に見えたこと。ついに身内にも国際化が及んできたのです。彼女は日本の大学卒で会話には全然苦労しませんでた。国を意識することなく打ち解けあいました。

次に、昨秋に団体旅行の幹事として山形県へバス2台で出かけ地元の人たちと交流しました。
旅行後、この話を別の旅行社に勤める友人に話したところ、中国人のキーマンを紹介され、中国人旅行客の受け入れ、旅行客と地元の交流、農業指導などに話が発展しました。具体的に検討する方向で話が決まったのです。

こんなわけで、中国をもっと理解したいという理由から参加したわけです。

講座の内容がこうした私の期待に応えてくれたかどうかは、まだ言える段階ではありません。

2009年1月13日 (火)

“戦争以外の道はなかったのか?”

 「昭和史の論点」(「お気に入りの本」参照)の帯の文章が本ブログのタイトルです。

読めば読むほど、勝手な理屈で勝手な行動をした旧軍、それを抑えきれなかった政治家、マスコミが情けなくなります。

こんな連中のために何百万人が死に、家庭を破壊され、近隣諸国が迷惑をこうむったかと思うと、国を破壊させないために国民もしっかりしなければと思います。

選挙の年、しっかり行動しましょう。

2009年1月12日 (月)

「成人の日」に思う

090112  (写真は12日夜明けの月です)

08年12月31日の総務省推計で09年1月12日に成人に達する人数は133万人とのこと。

この数は1965年に統計を取り始めてから最低の数だそうです。

出生は減る、死亡が増える、総人口は確実に減少していきます。

彼らの40年後はどんな社会になっているでしょうか?

40年後の成人式の朝、どんな想いで夜明けの月を眺めているでしょうか?

若い人の幸運を祈っています。

2009年1月11日 (日)

仕事始め

仕事始め
   日曜日ですが、今日が今年初めて仕事で外出する日です。都内へ出かけました。

すばらしいお天気です。電車は空き空き! 
気分がイイですね。

帰路は品川から浜松町まで国道15号線を歩きました。
写真は旧東海道、高輪大木戸跡です。(携帯で撮影)

今日の歩数は14059歩、1月1日からの累計歩数は135678歩(1日平均12334歩)でした。

2009年1月10日 (土)

まん丸お月様

 雪国の皆様には申し訳ありません。

今日は旧暦の12月15日で満月です。今は21時過ぎ、まん丸お月様が頭上に輝いています。

そういえば昨日は赤穂浪士の討ち入りの日でしたね。(元禄15年12月14日)

今日の日中は寒かったですね。冷たい西風が分厚い防寒着を通して肌に突き刺さるように感じました。こういう日は北日本や日本海側は大雪です。

夜には風は止みました。空気は澄んで空一面に月の光が満ちています。

夏は蒸し暑くて嫌いですが、冬は少々すきま風があっても雪の降らないこの地が好きです。

2009年1月 9日 (金)

おいしいお米を食べたい!

 今未明より雪になる予報でした。
朝、窓を開けて見たら雨で、1日中、雨降りでした。

今、日本では米の流通がどうなっているか興味があり、インターネットで調べてみました。

生産者には計画流通米と計画外流通米があること、国の農産物検査で等級が決まること。

農産物検査が農家に農薬使用を強いているとの話もあります。

この検査は検査官の目視検査で、味覚検査、残留農薬は行われず、安全性や栄養価の検査はほとんど行われていないとのこと。

JAに出荷した分は、カントリーエレベーターに運ばれて、検査、乾燥、モミすり後、地域ごとに品種別に混ぜられてしまいます。その後、出荷されます。

同じ品種の農産物でも、生産者が違えば味も違うと思います。誰々が作ったおいしい米をほしいと思っても市場では買えないんですね。

2009年1月 8日 (木)

かみ合わぬ議論

 衆議院予算委員会の中継をテレビで見ました。

「定額給付金」についての質疑はかみ合っていませんね。

バラマキはダメです。兵力の投入も逐次投入、分散投入は厳に戒められていますよ。

首相の答弁では「経済的な弱者の救済」と「景気浮揚」の2つの目的があるそうです。
「景気浮揚」で大きな効果が望めないなら、ポイントを絞って「経済的な弱者の救済」に使ったらイイのにね。

失業者に職業転換のための訓練を行う。その間の生活費と訓練費に2兆円を使う。などはどうでしょうか?

農業分野、介護医療分野、サービス業の人手の足りない分野など、探せばあるでしょう。

その他の質疑では
「定額給付金」を支給する法的な裏づけがないとのこと。地方自治体が混乱するわけです。

また、公明党と創価学会との関連も、政治面に限ってもっと深追いしてほしかったですね。

2009年1月 7日 (水)

風邪を引かぬように!医師からの提言

 空気が澄み、ほぼ真上に満月(1月10日が満月)に近い月と、西の空には宵の明星(金星)が輝き、街の灯りが冬木立を浮き上がらせています。

この時季、夕方5時半頃に歩くとこんな情景が見られます。寒いけど気持ちが引き締まります。

今日は医師による定期診察の日です。
夕方で患者もすくなく先生とユックリ話ができました。

お付き合いして12年だそうです。
先生曰く 「お互いに歳をとりましたね」
<私は若いつもりですが・・やっぱり老けたか!>

「中国で新型鳥インフルエンザで3人亡くなりましたよ。風邪を引かないように注意して下さい」と医師から言われました。

これだけグローバル化が進むと、感染も地球規模で拡がる可能性が高いですね。

お互いに注意しましょう。

2009年1月 6日 (火)

ホームページの写真につられて・・

 左手中指先の吹き出物が痛くなったので皮膚科医院へ行きました。

このY皮フ科はインターネットで探したのです。

どうしてこの医院を選んだか?

ホームページをご覧下さい。医師は女医さんです。
一瞬、ホームページのイメージ写真を医師と勘違いしたようです。
迷わず、この病院へ行きました。(もちろん診療日、時間をチェックして)

実際は、ホームページの「医師」欄にあるようにイメージ写真とは別人の女医さんでした。

こちらの痛さもナンのその、テキバキと患部を切開し、膿を搾り出し、包帯を巻いて処置は数分で終了です。

「再発する場合もあります」「そのまま治ってしまうことがあります」と、まったくアタリマエのご説明を聞いて帰りました。

帰宅して、再度このホームページを拝見して、初めて「医師」欄に気がつきました。

朝にイメージ写真を刷り込まれ動いた日でした。、

2009年1月 5日 (月)

パソコンはナオったが・・人間はナオらず

 デスクトップパソコンは復旧しました。

本体に取り付けたLANカードが破損していたとのこと。
1,000円のLANカード代だけで済みました。内臓モデムは不要だそうで取り外しました。

左手中指にできたマメが大きくなり痛みを感じたので、インターネットで近隣の皮膚科医院を探し、診療をしているか電話をかけました。

インターネットで「皮膚科」と表示しながら該当診療科がないのが1つ、週1回(火、水曜日各1つ)それも1日2時間しか診察しない病院が2つ、月曜休診が1つ、歩いて2~3分の医院が8日まで年末年始のお休みでした。

今日の治療はアキラメです。
機械はすぐナオりましたが、人間はナオりませんでした。なにかオカシイですね。

2009年1月 4日 (日)

インターネットに接続せず

 暮れの30日に、急にインターネットに接続しなくなりました。

ルータで分岐しているノートPCは異常なし、きっとデスクトップPCの本体のどこかが故障したと考えられます。

大晦日の夜、メーカーのサポートセンターに2時間余り問い合わせて、指示通り操作してみてもダメ、昨年9月に落雷で故障、修理した部分らしいとのアドバイスを受けて問い合わせは閉幕です。したがって「紅白歌合戦」は見ずじまいでした。

明日にでも近くのパソコンショップに診断してもらいましょう。

2009年1月 3日 (土)

やっぱりダメだった!

 電話が鳴ったのは昨夜の23時半頃です。

こんな時刻に電話があるのは不吉なことです。

人間とペットを同列にはできませんが、91歳を超えた義母か、娘の愛犬に何かあったとの知らせでしょう。

カミさんが電話に出ました。やはり娘の愛犬スッコティの「アミ」の死亡の知らせでした。10歳半でした。

残念ながら、旧年の暮にわが家に来たのが最後となり、分かっていたとは言え寂しさを味わっています。写真はありし日のアミです。07081608

2009年1月 2日 (金)

こんな年賀状はいらないよ!

 今年いただいた年賀状を整理していて驚きました。

それは、年賀状の宛先名(私の名前)の誤記が異常に多いんです。
全体の5%もありました。ハッキリ言って不愉快です。

差出人はどんな人かと調べてみたら、かつて長いお付き合いをしていて、現在はご無沙汰している人が殆どです。

そして表面はもちろん、裏面もパソコンか印刷で、手書きのコメントは一切なし。

察するに、前年の受け取った賀状と名簿のチェックもしないで自動的に宛先を印刷して投函したのでしょう。

こんな賀状はいただかなくても結構です。

心がこもっていないことさらけ出すのは止めましょう。

こちらも気を付けなけれがいけませんね。090102

写真は夕暮れの筑波山の遠望です。
きっと初詣の人たちで賑わっていることでしょう。

2009年1月 1日 (木)

初詣<慈恩寺にて>

初詣<慈恩寺にて>
  あけましておめでとうございます。2009年の幕が開きました。さっそく坂東三十三観音霊場の十二番札所、さいたま市岩槻区の慈恩寺へ初詣です。大勢の善男善女で賑わっています。今年も皆さんに幸せあれ。

破魔矢とお札を買ってきました。
どういうわけか境内で郵便会社が年賀状を売っていて、私も枚数が足りなかったので購入しました。

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