2022年1月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

« お米の買出し | トップページ | 世事雑感 »

2010年7月11日 (日)

「日本書紀をつくったのは誰か?」

 「日本書紀をつくったのは誰か?」 答えは「わからない」が正解。

埼玉県立歴史と民俗の博物館主催の歴史講演会はこの出だしで始まった。
講師は加藤謙吉氏(成城大学・中央大学講師)

私は古事記や日本書紀など古代の歴史的な知識についてまったくのド素人。

“天武10年(681)3月、天武天皇は川嶋皇子以下12人の王族・豪族たちを大極殿に集め、帝記と上古諸事の記定を命ずる詔を発した。・・・(記定事業の参加について説明)・・”

“天武10年の記定事業は、王族と壬申の乱の功臣を中心に据え、中央の有力豪族の介入を極力排除する方向で、参加者の人選が行われたとみられ、天皇(大王)の権威を強調し、あくまで天皇中心の史観に立って「記定及び上古諸事」の記述を進めようとしする、天皇の強い意志をそこに垣間見ることができる。”

以下、「書記」の記事からいろいろな解釈をされている。
“・・・この話は大王(天皇)家と蘇我氏の一体性を強調すべく、意図的に馬子と天皇の歌を掲げたものと推測される。”

当時の外交(対朝鮮関係)資料の「百済三書」について
“この三書は、7世紀末に、亡命百済人の手で大幅に書き改めて「書紀」の資料として編集局に提出された”と述べている。
当時の外交姿勢を示すものして興味深い。

こうして養老5年(720)、40年の年月をかけて日本書紀は撰集された。

B4,13ページにビッシリと埋めつくされた資料をもとに1時間半の講演だった。
古代史の一片を知ることができ、楽しい時間でした。


« お米の買出し | トップページ | 世事雑感 »

講演会・セミナー」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「日本書紀をつくったのは誰か?」:

« お米の買出し | トップページ | 世事雑感 »

無料ブログはココログ

お気に入りの本