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2011年4月15日 (金)

佐久間象山のこと<志と乖離したその死>

 半世紀前以上に卒業した高校の講堂に、大きな肖像画が架かっていた。入学当時はそれが誰か知らなかったけど、後に佐久間象山だと知った。信州松代藩士で兵学者・洋学者だ。
象山は元治元年(1864)京都で攘夷派によって暗殺されている。
私も信州出身だから象山には親しみを感じる。

「時代に挑んだ反逆者たち」(保坂正康著、PHP文庫)によると、象山の死は“・・決行者の佐久間に対する怒りは、むしろその無神経な西洋かぶれの異様な服装にあったともいえる。・・(略)・・佐久間はどこかどこか人を喰ったような言動をなし、他人の神経を逆なで癖をもっていた。それが京都にあっては死につながる時代だったという認識を、佐久間はもっていなかった。” 次に書く象山の志と比べてあまりの乖離に驚く。

「評伝 佐久間象山」(松本健一著、中公厳書)には“かれが目的としていたのは、明治維新それじたいではない。かれの予言的思想は、維新より先にある、日本の国家戦略を描いていたのである。・・(略)・・かれの思想は維新後から現在までの歴史をかたちつくった。”・・とある。

佐久間象山が往時の反逆者だったかどうか別にして、先を見とおした知性の持ち主だったのは事実だろう。それだけに往時の人間感情を無視し、知性を誇っていたのが目立ったに違いない。

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