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2011年7月 6日 (水)

“温かくてぼんやり”

 「なぜ経済予測は間違えるのか?」(David Orreell著、松浦俊輔 訳、河出書房新社版)の第9章「比較の心理」で読む豊かさと幸福、にこんな記事が載っていた。

“私たちは二つの世界で暮らしている。一方は社会的なやりとりで規定される世界、もう一つは市場でのやりとりで規定される世界だ。”

“「社会的なやりとり」は「温かくてぼんやり」していて、手伝いの申し出、贈物の交換、隣近所での協力、ボランティアの仕事などで、快楽は行動そのものにあり、すぐに見返りがあることは期待も要求もされない。右脳的で直感的だ。”

“「市場のやりとり」は「すっぱり割り切れる」もので賃金、支払い、価格を数値として計算することに基づいている。左脳的で計算ずくだ。”

私たちはたいてい場合、上記の二つの世界を分離していているが、故意であれ偶然であれ一緒にするときあらゆる誤解が発生する。

私たちが簡単に市場的規範に滑り込めるのは、その規範が社会全体で確立していて、放っておけばそうなる設定になっているからだ。物質的成功は幸福と等しく、市場的規範はある意味では社会的規範より合理的で本物だと社会として教えられてきたからだ。

そういえば、大学の経済学で教わったのも収入の増加が効用の増加だったと思う。

“しかし、不幸なことに、市場モードに執着しても幸せにはならない。幸福は銀行口座の残高よりも社会的で心理的な現実によって決まるからだ。”

“私たちは幸福を最適化する機械(経済学理論)を作ったが、機械の中では幸せには暮らしていない。”

そこでだ。わがシニア世代の大部分の人は市場規範の枠外、つまり社会的規範の世界に生きている。社会的で心理的な現実を見つめ、その中から幸福を掴まなければならない。

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