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2011年8月21日 (日)

細道を気楽に巡る紙上旅

  今から322年前の元禄二年(1689)3月27日(太陽暦5月16日)、松尾芭蕉は江戸深川から奥の細道に向かった。全行程155日、2400kmに及ぶ長旅だった。

私はこの全行程を1週間でこなした。こなしたのは紙上で読破したということ、読んだのは「鉄道おくのほそ道紀行 週末芭蕉旅」(「お気に入りの本」参照)だった。
筆者の芦原 伸氏は2008年5月から延べ5ヵ月、10回の旅で芭蕉の足跡を追ったそうだ。。

さて、322年前の今日、芭蕉はどこを歩いているのだろうか?
同書から芭蕉の足取りを追ってみると、彼は322年前のきのう8月20日(太陽暦)には越後の直江津に泊まっている。きょう21日は直江津から能生に向かっていたはずだ。

“能生を出た芭蕉らはこの難所(親不知)を越えて、一日で市振に達している。”とあるから今晩は能生に泊まったのだろうか、いずれにしても晩夏の季節、越後と越中の国境を歩いていたわけだ。

「一つ家に遊女も寝たり萩と月」

もちろん列車利用だが・・。
芭蕉の行程中で、私が訪れた場所が以外に多いことに気がついた。むしろ、行っていない場所の方が少ない。ただ、奥の細道のついて関心がなかったから芭蕉の足跡には注意を払わなかった。今にして残念に思う。
区間では新潟を除く象潟から出雲崎までは訪ねていない。

直江津、能生は海水浴、出張などで何度も訪れているし、北陸も訪問回数は多い。
そして奥の細道の終点、大垣にはこの5月に1泊している。

ぜひ、未訪問の出羽二山(羽黒山、月山)を訪ねたい。(湯殿山は参拝済み)
写真は雪の月山(2009年3月寒河江市から撮影)090301





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