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2011年10月

2011年10月31日 (月)

ありがとう信濃の味と秋の風

  カミさんが信州の実家(兼業農家)に頼んでおいた新米120kg(2軒分)が届いた。
義弟が朝5時過ぎに車に積んで3時間余りで運んでくれたものだ。
ご苦労様!ほんとうにありがとう。

東電福島第一原発事故で米の需給(値上がり)を心配したカミさんの配慮の結果だ。
2011年度新米の供給に逼迫は見られないけど、もしかの場合に頼れる先があることは心強い。

予定では私と同じ県に住む義兄が昼前に来て、兄弟とカミさんで話をする予定だったが、義弟はユックリできないとかでトンボ返りで帰って行った。つかの間、姉弟がしばらくぶりに95歳になる義母の話などをしていた。その後義兄が来宅し義兄とカミさんのご対面。これも話に花が咲いたようだ。・・・私は途中で外出したから話の内容は分からない。

1袋30kg、ホントに重いね。JA買い取りで1俵(60kg)で1万円の半ばとか・・。
農家はよほど生産耕地が広くないと米だけで生計は立てられないネ。
TPPで農業問題が騒がれているけど、日本の農業はどうなるんだろうネ!


2011年10月30日 (日)

イネムリも仏のお陰 講演会

   埼玉県立歴史と民俗博物館では、特別展「円空 こころを刻むー埼玉の所蔵を中心にー」を開催中だ。(11月27日まで)

この特別展の関連事業として今日、講演会「埼玉の円空仏」があり聴講して来た。聴講希望者が定員150名の3倍あり公開抽選会で参加者を決めたそうだ。私は県の電子申請で申込んだところ運よく当選した。

P.Pointで講師が話し始めると、昼食後でもあり猛烈な睡魔に襲われた。ふと隣を見ると若い男性がしっかりと眠っている。結局この男性は講演の終わりまで眠っていた。
私は正味15分くらいか、目覚めてからはしっかりと聞き耳を立てた。

円空仏は埼玉県東部に集中して残っているとのこと。
地元の春日部観音院には関東では最大の聖観音菩薩立像(写真:中央の立像、同博物館の広報誌より)など7躯が伝来されている。これらはこの博物館に保管を委託しており春日部観音院では見られない。機会があればと思っていたが、やっと講演会の後、特別展で実物を拝観できた。併せて伝毘沙門天立像、不動明王立像も見ることができた。

111030

仏像の前に立ったらお願いはしない。
「貴方はいつ生まれたの?」
「え!江戸前期、そりゃ長生きしたね。これからも長生きしてね」
と心で問答をして仏像前を立ち去る。

全国を旅して、訪れた先で彫った数12万体、円空に脱帽!

2011年10月29日 (土)

昼からは観ると読むとで野球漬け

 今朝も輝くお日様から始まった。ベッドから出て窓を開けると100m向こうの農家の窓に朝陽が当たり輝いていた(写真)。6時16分だった。昨朝も同じだったから私の起床も分単位での日課になっているらしい。Img_09511
昼過ぎに帰宅後は野球漬けだった。・・といってもプレーしたわけではない。

それは昨日から読み始めた「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海著、ダイヤモンド社)を読みながらクライマックスシリーズのパリーグ、日本ハム対埼玉西武戦をテレビ観戦したことをいう。

日本ハムが1点差で勝つと思ったが、西武が追いつき延長で西武が第1戦を制した。ちょうど本も読み終わった頃だった。

夜はヤクルト対巨人戦が始まる。ヤクルトファンとしてはぜひとも第1戦を勝ってほしいネ!
結果は3-2でヤクルトの勝ちでした。

2011年10月28日 (金)

先生も知ってほしいよ世の流れ

  ここでいう先生とは医師のことだ。

私のかかりつけの内科医院は開業して10年だそうだ。・・だとすると私は開業以来、先生のお世話になっているわけだ。これは先生が言うのだから間違いはない。

先生の性格も気質も診療対応も分かっているつもりだ。
以下の状態は先生と私とのコミニュニケーションから出てきたと考えている。私も先生のプライドを傷つけない範囲で言いたいことを言うことにしている。

この医院へ年に1度の特定健康診査(11月15日まで)に行った。ついでに持病の診察と投薬、冬に備えたインフルエンザの予防接種(予約済)をお願いした。

「みんな(健診、診察、注射)一緒にやるの? だから待ち時間が長くなるんだよ!、(健診は)6月からやっているのに、夏は空いているのに来ない、そして締切間際になると来る。だから今が込むんだ。込むと急患が診られない。それで順番を変えると文句が出る」とボヤく先生。

おやおや、やはり先生もサービスを提供する側の論理でモノをおっしゃる。先生は正直だネ。

受診者側に立てば、1回の通院ですべて済ませてしまいたい・・と思うのは当然だ。よほどの事情でもなければ真夏に汗をかいて病院へ行く人はいまい。受診者側も健診を先送りにして気がつけば締切直前だった・・が普通のことだ。患者はいつも病院側の都合で動いているなんてトンデモナイ思い違いだ。
第一、病院へ行くことが楽しい人なんかいないよ。

血圧の測定なんて健診と診察でダブルはずだ。1回の測定で健診と診療で両方から費用をとっている。
客の入り、注文、納品などその結果としての売上が満遍なく平均化している業界なんてないネ。それが不満なら自分で解決する方法を考えたらいかがですか?

例えば、健診を予約制にする(この医院では予約制ではない)。通常診療の時に空いている期間を勧める、または文書で渡すなどなど・・。急患で順番が変える場合は、その旨の掲示をしておく、待つ人に丁寧に説明をするなど・・打つ手はあるはずだ。

昨夜のテレビドラマじゃないが、「病院は患者さんにいらしていただくところだ」という世の流れを分かってほしいネ。だって、先生が好きだから・・。

2011年10月27日 (木)

10日間で祖父を忘れる孫娘

  昨26日夕方は、カミさんと都下に住む娘宅へ。
娘夫婦が仕事で遅くなるので、頼まれて孫娘を保育園に迎えに行った。車で数分、いつも運転手を務めている。

保母さんに抱かれていた孫娘、私がおいでと両腕を差し出しても保母さんに抱きついて離れない。あまつさえ泣き出した。
カミさんには泣かないで抱きついてきた。

孫と会ったのは今月の14日から16日の3日間、それからたった10日しかたっていないのにネ・・・! 1歳では憶えているほうがムリかと思うけど・・。

でも、すぐに慣れてしまうところがイイところだ。
10日前は3~4歩、歩くと倒れが、この日は30歩まで歩いていた。
幼児の成長には驚かされる!
食べさせて、一緒に遊んでやって、寝かせて、バイバイの5時間だった。

Img_09441

2011年10月26日 (水)

きらきらと輝く花で遠まわり

  今朝のウォーキングはカミさんが不参加で自分一人だった。
きらきらと朝陽が輝き空気が澄んで素晴らしい青空だ。
ただし北風が冷たかった。

いつもの道に今朝は菊とコスモスの艶やかさが加わった。
つい気分が乗って遠回りをしてしまった。Img_09311_2

Img_09371_3

 

2011年10月25日 (火)

伝統を知らないままで半世紀

 わが町には桐箪笥、桐箱、押絵羽子板、麦わら帽子などの特産品があり、伝統工芸として長年にわたり受け継がれてきた。・・・とは、この町に住み始めた頃より聞いてはいた。

今日は地元の大学教授の案内で「押絵羽子板」のショールームを見学、経営者のお話を聞いてきた。この会社で作る「押絵羽子板」は注文が目白押しで制作が追いつかないそうだ。地元で聞く景気のいい話は心地よいネ。

店を訪問した目的は地域の活性化の一環だ。押絵羽子板の写真を何枚か撮った。
どう使うかは別途のお楽しみ! 順じ報告させていただく予定だ。Img_08981

2011年10月24日 (月)

わがボール沈んだままで幕が下り

 地域仲間のグラウンドゴルフ大会、狙っても1打で入るわけではないが、入りそうな玉筋だったのは32ホール中でわずか2打くらいだった。今日はそれでもダメだった。

想えば今年は浮き沈みが多かった。
でもスコアに関係なく健康にはまあまあの貢献をしただろう。

これで今シーズンのゲームはすべて終わった。
明日からはオフシーズンだ。もっぱら歩いて足腰を鍛えようと思う。

2011年10月23日 (日)

ともかくも作ってみよう五七五

 「日記として俳句を楽しむ」(全4回、1回2時間)という講座に参加することにした。無料というのもうれしい。

今日はその1回目で「俳句の予備知識」だった。

このブログのタイトルも五七五調にしているが、タイトルの表現が受講で少しでも進歩できたら・・と思う。花鳥風月の「わび・さび」と言うより、喜怒哀楽の日々の生活風景が詠めればよしとしよう。あまり俳句の約束事に縛られたくない気持ちもあるし・・。

「次回までに3句作って来なさい」と講師。
まず、作ってみよう!

2011年10月22日 (土)

嘘つかぬ 唄のとおりや鈴鹿山

  東海道鈴鹿峠越えも3日目に入りました。昨夜は土山宿に泊まりました。
今日が最終日で帰ります。
昨夜来から風雨が強く、今朝も強い雨が屋根を打っていました。

鈴鹿馬子唄 「坂は照る照る鈴鹿は曇る あいの土山雨が降る ・・・」
昨日の関宿~坂下宿間は曇り、片山神社から鈴鹿峠を越えて土山宿に着くまでは曇り、夕方から雨です。まさに鈴鹿馬子唄を地で行く旅になりました。

コースを変更しバスでJR貴生川駅へ、JR草津線で石部駅で下車、そこから草津宿まで歩数計で約12km、幸い雨もあがり3時間弱で草津追分(写真下)に到着です。こうして3日間の歩き旅は終幕しました。
私は2000年10月25日に草津宿から石部宿まで逆方向に歩いています。

写真上は街道沿いにある「旧和中散本舗」です。「和中散」は生薬を粉にしたもので、主に胃腸薬として重宝され旅の必需品でした。家康が腹痛を起こし飲んで快復したおりに「和中散」と名付けたと伝えられています。(児玉幸多著「東海道五十三次を歩く」より)Img_08941_2

Img_08971

2011年10月21日 (金)

街並みやシニアはまず土産買い

今日は東海道を関宿から坂下宿を経て鈴鹿峠を越えた土山宿まで約16キロを歩きました。前夜の泊まりは国民宿舎関ロッジ、小高い丘に建つ感じの良い宿でした。

関ロッジを出て関宿地蔵院へ。女性陣は近くの酒屋で地酒を留守を守るご主人へ送っているようです。男たちは写真撮影です。Img_08701_2

            地蔵院から西方面の街並みです。Img_08761

            坂下宿付近で見かけた像です。Img_08821

           鈴鹿峠・鏡岩から眺めた風景です。
           鈴鹿峠を越えると滋賀県です。

Img_08921           土山宿の橋に描かれていた絵、土山茶が栽培されています。

2011年10月20日 (木)

歩く旅ババがジジ引く東海道

  7人で旧東海道を庄野宿から関宿まで16kmを歩きました。東京駅を午前7時33分発、名古屋で関西線に乗換え加佐登駅へ。庄野宿は踏切を渡った先にありました。お天気は快晴でした。

次ぎの宿の亀山宿まではほぼ関西線に沿って歩きます。旧道は車も少なく豊かな自然環境の中を歩きました。

亀山宿は旧城下町、城下町らしい落ち着いた街並みが続きます。案内板も道路もきちんと整備され観光客に優しい街ですね。広重が「東海道五十三次・亀山」を描いたと思われる場所を見つけましたが、お目当ての多聞櫓は工事中でカバーがされており見られませんでした。

野村一里塚(写真)は三重県で完全な形で残っている随一のものだそうです。椋の大木に歴史を感じます。Img_08621

鈴鹿川に沿って歩くと関宿です。鈴鹿川の河岸段丘の上に1.8kmにわたって家並が続きます。建物は江戸期から戦前までの木造家屋です。奈良井宿も妻籠宿も長さにおいては関宿に敵いません。(写真は関宿に到着)Img_08661

関駅近くの「道の駅」までホテルの車に迎いにきてもらいました。
スーパーで明日の食料を調達してからホテルに向かいました。
今晩の宿は「国民宿舎関ロッジ」です。

2011年10月19日 (水)

出たくても出られぬ人に想い馳せ

  かつて国体のアーチェリー会場だった場所が広い芝生広場になっている。
今日、そこで県の高齢者財団に関係するシニアたち200名以上が各地から集まってグラウンドゴルフ大会が行われた。

ゲームのようすは、ジジババが童心にかえって「入った」「惜しい」・・を連発していたのはいつものことだ。

同じ組のメンバーはすべて初対面だ。
いろいろ話をするが、病気の話しも多い。それも外に出られなくなったお仲間の話題が多い。確かにこのお齢頃になると五体満足な人はマレだろう。

200人の陰には外に出たいけど出るに出られない人が大勢いる筈だ。病気だけ出なく介護や足がない(この会場へは公共交通機関が少ない)なども考えられる。
こうして元気に飛びまわれるのは幸せだ・・ということが話しの結びになる。

駐車場を見れば、殆どが新型のきれいな車だ。新車からポンコツ寸前の車が混在する米国の駐車場とは大違いだ。

豊かな老人たちよ、人生を楽しみたまえ!
ただし、私は豊かではないので念のため・・。

2011年10月18日 (火)

ヘボ料理 立派な皿に盛り替えし

  プロ野球セントラルリーグは中日が優勝を飾った。
当方はヤクルトファンだが率直に「おめでとう」と中日に言おう。

プロ野球、ゴルフ、サッカーなどがシーズンオフになるとテレビはつまらなくなる。
スポーツは脚本の無いドラマだから面白いのだ。
大相撲は八百長問題があって以来、興味が薄くなった。

地デジ対応で多額の金を使わせておきながら、放映される中身はアナログ時代と変らない。
特に民放テレビのドタバタ番組はいただけない。そんなに若者に迎合しなければいけないのか!電波は公共のものと言われながらそんな意識など微塵も感じられない。

欲をいえばシニア向けの番組も充実してほしい。
病気番組も結構だが病気を忘れさせてくれる番組があればイイね。
コマーシャルもオムツ、介護施設や墓などじゃ暗くなっちゃうネ。
お年寄りはますます金を使わなくなるね。

・・期待してもムリか!
秋の夜は長い。本でも読もうか。

2011年10月17日 (月)

秋いくや43年他人(ひと)の街

 今の町に住み初めたのは、結婚して新居を構えて以来で43年になる。
たいして広い町ではないのにこの町の名所旧跡、特産物、植物、地域イベント、伝統芸能などまだ詳しく知らない。
・・・と今日は思い知らされた。

今日は地元の大学の公開講座から発したプロジェクトの打ち合わせ日、いわゆる「町おこし」が議題だ。こっちの知らないことを別の町で生まれ育った講師の教授が次々に挙げていく。

私の故郷は信州だが、信州にはわずか18年しか住んでいない。でも育った町は今でも鮮明に覚えている。
今、この地に満足していないのか、愛着がないのか、関心がないのか、いずれにしても郷土という観念をこの地に持っていないのは事実だ。第2の故郷と思いたいのだが・・。

せっかくの機会だから地元の文化遺産を訪ねてみようと思う。

2011年10月16日 (日)

立て歩け 自分の足で今日からは

 14日の夕方、娘が孫と共に帰省して来た。
この27日に1歳と1ヵ月になる一人きりの孫娘だ。
迎えた駅ではジジを見てケゲンな顔をしていたが、すぐ慣れて笑顔を振り向くのが可愛い。

聞けば、13日あたりから歩き始めたそうだ。
わが家に着いたらさっそく立ち上がり家の中を歩き始めた。倒れては立ち上がり、立ち上がっては尻餅をつく。だんだん歩行距離が延びているような気がする。
今朝も目が覚めたら歩き始めた。
昨日買ってやったおもちゃを片手にご機嫌で歩く。子供の成長は速い。

Img_08431

そんな可愛い孫も帰ってしまい今はまたジジババの静かな所帯へ戻った。
爽やかな風が抜けたような2日間だった。

2011年10月15日 (土)

似せ変えて似ているという半島史

 断っておくが、私は右がかっているわけでもないし、近隣国家に敵対心をもっているわけでもないごく普通の人間だ。

「日韓がタブーにする半島の歴史」(室谷克実著、新潮新書)によれば、筆者は半島の古代史はさまざまに半島の国に都合よく歪曲されたり解釈され、われわれの歴史感も半島経由で入って来た文化で一方的に恩恵を受けているという自虐史観だと述べている。

特に本書の第三章から具体的な記述に入っている。
献女外交、乙支文徳に関する資料など歪曲された事例には事欠かない。これらが約束を守らない現在の半島国家に受け継がれている・・と筆者はいう。

テロリストである安重根(伊藤博文を暗殺)、尹奉吉(上海の日本人居留地域の祝賀行事に爆弾を投げ入れ軍人、民間人多数を殺傷した)を「殉国の義士」として顕彰しておる。こんな国は非イズラム圏ではこの半島国家だけだそうだ。

「似ている」といわれる部分は「天孫降臨」と「檀君神話」だという。
説明はタイトルで替えようと思う。

まだ続くが以下は本書を読んで下さい。
冷静に資料に基づいた半島側の反論を知りたいものだ。

2011年10月14日 (金)

いいことがおこる予感か秋桜

  朝のウォーク、農家の庭に季節はずれの桜が咲いていた。
今日は、何か良いことがありそうな予感が・・Img_08361

さて、今は夕方だ。今日はどんなことがあったかな?

予期しなかったチョットしたお小遣いをいただけた。
人気講演会の入場券の抽選に当たった。
あと40分後に孫が来る。知らなかったが16日は「孫の日」だとか・・

ささやかながら桜からの贈物かな!

2011年10月13日 (木)

先歩くどこでもらったその元気

  十六夜の月の下、昨夜はご近所の仲良し夫婦とわが夫婦の4人で居酒屋へ。
いつも隣駅前の居酒屋まで一駅歩いて行く。

男組、女組で歩くと、店までの15分の間に50m以上の差がついてしまう。

オヤヤ・・!
昨夜は順位は逆、女性陣が先着だった。40年以上のお付き合いで初めての出来事だ。

聞けば相手の奥さん、健康に自信がありあまり検診も受けていなかったが・・・
つい数ヶ月前、体調を崩し病院へ。
そこで血圧、血糖値などの数値で注意を受けたそうだ。
対処方が食事のバランスと運動(歩け)のお決まりの推奨だった。

以来、毎日歩いているという。
スタスタ・・と軽快な速足、軽く歩くうしろ姿は見ていても気持ちよい。

93歳の母親より先に倒れるワケにはいかないという。
奥さんガンバッテ続けてネ!

今日の未明、午前1時半頃、近くで火災発生。
自室から農家の屋敷林越しに大きな火の手が上がっている。
ときたま大きな破裂音が聞こえる。

朝聞けば、現場は工事の資材置き場で資材やダンプカーが丸焼けだそうだ。
幸い、民家には火が延びず怪我人も出なかったとのこと。
よかったネ。

2011年10月12日 (水)

ふれあいは秋の虫たちペタル道

  初めて長距離サイクリングに挑戦してからもう半世紀近くたつ。
当時は友人と2人、横浜から伊豆の下田を目指したが伊東の近くで陽が暮れてしまい現地で泊まった。結局、下田行きは頓挫して引き帰した。お尻が痛かったのを思い出す。

それ以来のチャレンジだ。
埼玉県が広報などで盛んにPRしている大規模自転車道は総延長178.8kmで全国4位だそうだ。
そこで、そのうちの1つ、「水と緑のふれあいロード」を走ってみた。

このロードは春日部市の内牧公園から久喜市菖蒲の見沼代用水路まで、距離は20km以上あると思われる。往復40kmを超えるかかも・・。

全線舗装で快適なサイクリングができた。
殆ど人に出会わず、路上で日向ぼっこしていたイナゴ、カマキリなどが驚いて飛び上がった。
ふれあいの相手は人でなく秋の虫たちだった。

行政にも注文をつけたい。
県道、国道、高速道路、踏切などを横切ると、渡った先が分からない場合が多い。
特に白岡町役場前から東北道の下を抜けてから住宅地内を何回か曲がり次のロード入口までなど、初めての人には絶対に分からないだろう。

また122号線を超えた先には案内板がない。
大きな工場ができており、それらしいロードも見つけられなかった。
やむなく引き帰した。こうして4.5時間のペタル踏みは終わった。
さすがに・・お尻が痛くい!

ハード(道)はできてもソフト(地図、案内板、ベンチなど)面はまだまだの感じだったネ。
写真は「続き」で・・

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2011年10月11日 (火)

吹きつけと背中合わせの昼寝顔

  隣家の壁の塗装が始まった。わが家と隣家との間はわずか1m(各家50cm)くらいか・・。
今日は足場の設置、朝から足場を組み立てる金属性の音が響いていた。
明日からは塗装作業になるらしい。

こちら側は、私の寝室と書斎だ。ベッドは隣家側の壁際にある。
昼寝顔の数十センチ先に職人の背中や尻があるわけだ。

なるべくお静かに願いたい。Img_08251

2011年10月10日 (月)

俤(おもかげ)や姨(うば)ひとり泣く月の友(芭蕉)

昨日は旧暦の9月13日で十三夜、きょうをおいて明日が9月15日で晩秋の満月だ。
この地は未だ木々も青々として晩秋の雰囲気はない。柿の木の葉が多少落ちたくらいだ。

信州の実家から秋の味覚が詰まった荷がついた。

「俤や姨ひとり泣く月の友」(芭蕉)。

芭蕉の「更級紀行」にある句だ。
元禄元年(1688年)、私の故郷・信州の姨捨山で詠んだ句だ。

この句を読むと、姨捨・長楽寺の芭蕉句碑を思い出す。
「目に浮かぶ田毎(たごと)の月のわが故郷」

山があれば川がある。時代が下がって一茶の句
「有明や露にまぶれしちくま川」」

秋になると想いだすわが古里。

2011年10月 9日 (日)

まなざしはおもちゃの先か運動会

 娘から孫(1歳)の運動会(保育園)の会場で撮った写真を送ってきた。
ジジババは見に行ってやれなかった。このまなざしはせめてババだけでもと探しているのかな?Image0002

午後、借りた本を返却しに図書館へ行った。
閲覧室はシニアで一杯、うちイネムリが約半数。
外は秋うらら・・よほど気持ちがイイんだね。
自宅で昼寝すればいいと思うけど、昼間は居場所がないのかな!

「図書館は本を額で読むところ」
「静寂にひときわ響く老いいびき」

2011年10月 8日 (土)

にぎわいの一翼になう大学生

 大学も少子化の流れの中で生き残るをはかっている。

今日の公開講座は・・・
「羽根つきJAPANで春日部を元気に!」~IT活用のイベント学~
  
というタイトルだった。(主催:埼玉県春日部市の共栄大学

冒頭の大学の生き残りのためととらえれば、特色ある大学にしようとする大学経営の一環だろう。
この大学の特徴は学内に学生を社長とする有限会社をもっていることだ。
この会社を通じて地域の活性化に貢献している。もちろん営利会社だから相応の利益を出しているようだ。

~IT活用のイベント学~・・とあるから、ある程度総合的な情報システムを構築していると思ったが、今日、聞いた事業の範囲では販売するグッズ作りや販促物の企画・デザイン・印刷に留まっているようだ。

それでも、大学で実社会の経済活動を経験できる意義は大きい。
学生がすべて大企業に就職できるわけがなく、中小企業に就職すれば広い範囲の職務をこなさなければならない。即戦力とはいかないとしても短期間で業務に慣れるはずだ。

大学の全入時代を迎えて、一般教養の大学から実務教育の大学への考えは時代に合っていると思う。

モノがあっても企画、財務、営業なしには会社は動かない。単なるモノ作りだけでなく経営に必要な経験もぜひさせていただきたい。期待しています。

写真は大学近くの公園です。Img_08211

2011年10月 7日 (金)

中高年ガンバリ系が生き残り

 男性シニアの「元気のひみつ」はアンケートによると「頑張り系」が目立つ。女性は「癒し系」だそうだ。
こんな記事が新聞社系の会員広報誌に載っていた。

私流にまとめると「動く、続ける、目標を持つ」ことが「元気のひみつ」らしい。
“「頑張る自分がいとおしい、かつ誇らしいー」そんな自己愛と目標達成感がオトコたちの原動力になる。”

何をやるかは長距離ウォーク、ジョギング、水泳、読書、登山、おひとり様カラオケなど各人各様でバラバラ、共通しているのはそれぞれ目標を持っていることだ。

かくいう私も会社勤務時代は仕事一筋だった。定年前ふとしたことで始めた・・
旧道歩きは、中山道、日光道中、川越街道(東京から川越まで)、日光御成道は既に完歩し、一部の区間へは数回訪ねている。
今は東海道を西に向かって歩いている。この20日から2泊3日の行程で鈴鹿峠を越えて伊勢から近江へ抜ける予定だ。なんとか今年中には完歩したいがムリかも・・。

このために毎朝のストレッチとウォークは欠かせない。長く続けるためには目標と、それを達成するための鍛錬が必要だ。目標を持てば鍛錬は習慣化する。

古代ローマ帝国の「ローマ街道」を歩くのが最終目標だ。

このブログも毎日更新しようと決めてから、だいぶ日が経った。
正直、タイトル名をどう考えるかが目先の課題だ。いろいろナイ頭を絞って考える。思いついたら書き出してみる。考えるのはどこでもできるからね。手帳がすぐイッパイになる。
その結果が今までのタイトル名だけどデキはイマイチ、まだまだ修行が必要だ。

やはり、身体と頭(精神)がバランスよく動かなければダメだね。
ガンバリ系で行こう!

2011年10月 6日 (木)

お化粧はコスモスでする荒れ田んぼ

  南北に短く東西に長い一周5kmの楕円形のサイクリング・ウォーキング゙道路がある。楕円形の中は田んぼで、円の北外側には自然公園が、南外側には自然林や住宅、工場が建ち並んでいる。

楕円形を東西に真っ二つに結んだ線が隣接する市の境界線になっている。北側はK市、南側はS市だ。 S市側の田んぼは耕作放棄地が多い。

夕方、久しぶりにウォーキングのためにここへ出かけた。びっくり! 

S市側の何箇所もある荒れ田んぼ(耕作放棄地)は全部整地されコスモス畑になっていた。説明板に「この夏に整地してコスモスの種を播いた」(鹿室自治会)とあった。
コスモスの成長もバラバラで咲き揃うのは少し先になりそうだ。 10月23日に「コスモス祭り」を開催するとのこと。できたら行ってみよう。Img_08181

K市側にも荒れ田が若干あるが、こちらは別な花が植えてある。自治体が跨る地域の場合、話し合いで何とか自然公園として景観の統一がとれないものか?・・かと思う。


実りの秋、柿がたわわに実っています。Img_08191

2011年10月 5日 (水)

高齢化 カロリー落とし値を落とし

 外食に関するインターネットによる調査結果が新聞に載っていた。(外食「1000人の家計簿」日経MJ、10月5日)、対象は20~60代の男女1000人。

それによると・・
“ここ1年で外食費が「増えた」と「減った」はほぼ同数。今後は減らす予定の人が多い。
外食する人は「家族」(40代がピーク)が4割、「夫婦2人」(60代では37%)「友人・知人」がそれぞれ2割。
外食費は1ヵ月あたり1万円未満が65%、年齢が上がるほど支出が減り、60代では5千円未満が37%、シニア層はほとんど外食していない。
逆に、若年層は結構金をかけていて、月10万円以上使う20~30代が3.6%(男性は4%超)。
20代は36%増えたの対し、60代の27%が減らしている。60代の3割が支出を減らしている。”

わが身はどうか・・
1ヵ月の経費の大部分は交通費、交際費、教養娯楽費だ。
外食費は交際費に含む。外食回数が片手くらいあるから1万円は超える。ただ、飲食量は確実に減っているから1回当たりの外食費は減っている。

レストランの料理はカロリーは高いから高齢者には向かないようだ。それについ酒も飲み過ぎる。
今後はお付き合いも半分程度に減らしたい。もちろん経済的なこともあるが健康第一だ。

本格的なシニア向きのメニューも開発されていないしネ。
中高年向きのメニューを揃えた外食店舗もできていいはずだがそれもない。
大手の外食産業もそんな段階も経ないで、いきなり介護施設の経営を始めている。

自分の健康は自分で守らなきゃネ。

「内食と粗食続けて長生きし」

2011年10月 4日 (火)

二人前 喰ってそろりと乗る秤

  昨夕の食事は甲州の「ほうとう」だった。まさに「食欲の秋」だ。
美味かったネエ!

娘が山梨へ旅行した際、お土産にくれたモノで、3人前と表示されていた。
そこへカボチャなど野菜をタップリ入れたら鍋イッパイになった。
カミさんと2人で3人前を食べた。私が多分、2人前くらい食べたと思う。

食べ過ぎたらしい。今朝そっと体重計に乗ってみた。
やはりネ、体重が増えていた。

今日は200人近くが参加してのグラウンドゴルフ大会だった。
圧倒的に女性が強かった。もちろん優勝はシニアBBだった。
「ババ(婆)バーディ ボギージジイ(爺)の鼻あかし」

やれやれ!

2011年10月 3日 (月)

歯の治療 開けた口にも秋の風

  つい先日まで残暑が厳しかったのに、今日は10月下旬の陽気とか・・。
まだ木々が青々しているのに吹く風は冷たい。

午前中は歯科医院と内科医院へ。いずれも定期健診だ。
歯科医院で治療台に座る。目の前に、「定休日のお知らせ」の貼り札。
「休みあり 無休が売りの歯科医院」

「おや、定休日ができたんですか?」と先生に皮肉を込めて言った。
「そうなんですよ。もう一人の先生が辞めてしまったので・・」
本当の理由はそうじゃないと思うよ。
先生が辞めたのは事実としても、それは結果かもネ・・。

こちらの気持ちが通じたのか、治療中(こっちが声を出せないよね)に
「この部分のケアが足りませんね」と前回と違う部分を指摘した。
前回までまったく異常なかったところだ。
特にその部分の歯がしみたと感じたのは気のせいかな。

内科医院は市民検診時期で受診者でごったがえしていた。
常用薬だけもらって早々に退散。

近くの公園に寄る。
池にはカモが浮かび、遊歩道にはカマキリが日向ぼっこ。
「陽だまりのカマキり踏むな秋日和」Img_0812

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2011年10月 2日 (日)

大詰で せかせか変わる画面かな

  プロ野球パ・リーグはソフトバンクが優勝した。セ・リーグはクライマックスシリーズ出場を目指して熾烈な戦いが行われている。

一方、日本女子オープンゴルフ大会は今日が最終日だ。

テレビは何台もあるが、特定試合が見られる有料CSチャネンネルは1台だけだ。

そこで、動かないで野球とゴルフを見るためには、応援球団の試合のチェンジごとにゴルフと野球のチャンネルを切り替えることになる。守りのイニングでは点を取られても取ることがないためだ。

・・ということで、普段はニュース、ドキュメンタリー、歴史モノ、政治討論などしか見ないテレビだが、今日の午後はスポーツのテレビ観戦で過ごした。

女子プロゴルフの公式戦で日本人が優勝したのは久しぶりじゃないかな?
韓国人選手もガッチリ上位に並んでいる。侮れないスポーツ集団だ。

優勝スコアが12オーバーとは、よほど難しいコースだったんだね。





2011年10月 1日 (土)

地声出せ 何を恐れるナマズ顔

  今日の想いを我流の川柳三句に・・。

タイトル句
 安全運転のどこかの宰相に・・。
 デキをカミさんに聞いたら「ドジョウじゃないよナマズだよ」と言われた。
 もう一句、「登っても 初心に帰ろう駅前に」

「恥ずかしや 未熟児選んだ選挙民」
 実刑判決の元秘書、こんな未熟者を議員に選んだ人たちの良識を疑う。
 もって他山の石としよう。

「何度かね 気温じゃないよ介護度よ」
 今日は午前と午後で2つのセミナーをハシゴした。
 午前は題して「高齢者介護の現状と要介護認定の実際」だった。
 今、4人の1人の高齢者、ウン十年後は2人に1人に・・
 多分、挨拶は介護用語から始まるネ。
 上の句は、介護する人の言葉だよ。要介護者は黙して語らずだ。
 ただし、この時、私はこの世にいないから結果の責任は持ちません。

写真は講演会場(午後)付近の弓道場、矢が的に当たる度に歓声が上がっていた。

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