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2011年11月

2011年11月30日 (水)

ご無沙汰でわが身感じる田舎者

 あれからどのくらいの日にちが経ったのかな?
都心に来たのは久し振りだ。

東京都中央区日本橋室町、銀座とはいわないけど都心には変りはない。
この町の小料理屋での忘年会だった。
「ひと月を残して開く忘年会」

前に来た時は工事中だったビル、今日は見上げるばかりの高層ビルとなって輝いていた。
かつてプロ野球の公式戦で完全試合を達成した料理屋のマスターは亡くなっていた。

乗換えの駅の構内はショッピング街と見間違えるほどの賑やかさ!

変わらぬのはカラスの群れならぬ黒背広のサラリーマンの姿と、わが心の東京イメージばかり。変る東京と変わらぬわが身だった。


2011年11月29日 (火)

ゴロゴロと雷が鳴る部屋の中

  年に1度の胃の内視鏡検査の日。

最近のこの検査は楽に受けられるようになった。
仰向けに寝て、麻酔薬をうがいの要領でゴロゴロやっていれば自然に口の中や喉がしびれてくる。モウロウとした気分でいるうちに検査は終わる。

検査前に痛い注射が2本待っているが、以前の麻酔なしの検査に比べたら注射の痛みなど一瞬の間に過ぎる。

処置室に入ったら、隣の検査室から声が聞こえる。大腸がん検査の中だったらしい。
「多いな腫瘍がありますねえ」の医師の声。
ご同情申し上げます。私も前回ポリーブを指摘されたから・・・。

処置室では次ぎの女性の受験者が「ゴロゴロ~」と喉を鳴らしている。小宇宙のカミナリ様が部屋で鳴っているようだ。

次ぎは私の番だ。同じくカミナリ様になりきろう。

2011年11月28日 (月)

年金が秋を詠んでる活動館

  初めて句会に参加した。
俳句講座全4回のうちの3回目、予め作っておいた3句を提出しての会だった。
参加者は殆どが年金生活者だと思われる人たち、毎回日曜日の開催なので現役世代がいたかも知れない。総勢20名、男女比はほぼ半々。皆さん全員初心者だという。

参加動機は、このブログのタイトルを5・7・5調に変えてみて多少とも現代俳句の実態に触れみたいとの思いからだった。機会があれば川柳の会にも参加してみたい。

選者が選んだ結果は・・
1位なし。
2位 「見上ぐれば皇帝ダリア空高し」
   「秋の日を柔らかに浴び畑仕事」
・・・以下省略・・・

私の3句も選句されたが孫の誕生日を詠んだ1句だけが推敲された。
提出した句「小菊さし 一升もちや初歩き」
推敲された句「いっしょもち 生い立つ歩く菊日和」
この添削句は「一生持ち」を「一升餅」にかけた願いが欠けたきらいがするけど・・・

自信があった自句・・
「照る曇る 雄花揺れるや鈴鹿越え」
10月下旬に、「鈴鹿馬子唄」一色だった関宿から坂下宿を経て鈴鹿峠を越え土山宿まで歩いた時の句で、馬子唄と馬の尾に見立てたススキ入れたもの。次回に選評と添削をいただけるそうだから楽しみだ。

自然を客観姿勢で詠めと虚子は言ったそうだが、私は生活の息吹を感じる句でありたいと思う。どちらかというと同郷の一茶の句に共感する。

俳句でも川柳でも句会で優位を争うことより淡々とブログに想いを書いていきたい。

2011年11月27日 (日)

この選挙 国政不信の裏返し

  早々に、大坂維新の会が大阪府と大阪市の選挙に圧勝した。
もちろん、橋下氏の個性が際立ったことは間違いない。しかし殆どの既成政党が応援したのに圧倒的に票が開いた。

遅々と進まない震災復興、まったく実現しない公約、相変わらずの政党間の駆け引きなど国政における既成政党へ不満、不信の表れもあったと思う。

この閉塞感が漂う中での個性あるリーダーの出現だ。
大坂では過去にも個性溢れるさまざまな知事が出現した。

今度はどんな手腕を見せてくれるのか注目したい。
それとも、一過性のイベントで終わるのか・・真価が問われる。

2011年11月26日 (土)

行く秋や 孫に引かれてブラリ旅

 都下に住む娘の招きでカミさんと出かけてきました。

娘家族の家へ行き、車で小金井市にある江戸東京たてもの園へ。
孫娘は1歳と2ヵ月、倒れながらもヨチヨチ歩きをしています。娘はそんな子を親に見せたくてわが夫婦を呼んだようです。ほぼ1ヵ月ぶりの孫との対面です。

ムコは気をきかしてお留守番です。

娘の運転で玉川上水に沿って都立小金井公園へ。上水沿いの木々は今が紅葉の身頃でした。JR武蔵小金井駅付近に勤務していたこともあり付近には何回も来ていますが入園は初めてです。
4人でユックリと園内を散策しました。

印象に残ったのは移築された高橋是清邸の主屋部分、この2階の寝室で是清は殺されました。2・26事件(1936年)です。そんな暗い歴史を経て今の時代があります。他の建物にはいた説明ボランティアはこの建物にはいませんでした。特に若い人たちに歴史上の大事件も説明してほしい・・と、寝室で惨劇を思い浮かべながらそんなことを考えていました。写真の2階左の奥が寝室です。Img_10131_3

10kg近い孫を抱えて娘とカミさんは疲れたようです。私は腰痛でお役御免でしたけど・・。

Img_10161_2

娘が今日の案内、散策後の食事などの設定をし費用はすべて娘が払いました。私が聞かれたのはこの日の都合だけ。

心遣いに感謝!元気に育つ孫の成長に感激!よき1日でした。

2011年11月25日 (金)

偏差値の美田に咲いたケシの花

 ある報道番組でコメンテーターが某大手製紙会社の元会長について言っていた。
「あの人は東大卒なんですよ。東大を出た人が、こんなことは特別背任罪なることくらい知らなかったんですかね」

東大出でないヒガミでいうわけではないが、学歴とギャンブルとは関係ないよネ。だらかこそギャンブルの恐ろしさがあるんだ。

アーネスト・サトウの著「一外交官の見た明治維新」(岩波文庫版)にこんな記述があった。幕末、英国女王の誕生祝いが大坂沖の英国艦隊上で行われ時に提督が日本人を招いた際の記述だ。
“・・来賓(日本人)の大部分は知識のある人々なので、態度もよかったが、長州侯は大きい赤ん坊のようにふるまって、私を臨席へ座らせようとして聞かず、またシャンペン酒をからだに悪いほど痛飲した。ところで、日本の諸侯はばかだがわざわざ馬鹿になるように教育されてきたのだから、責めるのは無理だという気がした。天皇の母方の叔父の子息は、ヨーロッパの猫が見たいとせがみ、また一人の大官は黒奴(ニグロ)を見たいと言い出したので、私たちはこれらの希望をかなえてやるのに苦労した。・・”

大製紙会社の御曹司は、ギャンブルで身を滅ぼすように教育されてきたわけではないと思うけど・・。結果的にはそう見える気がする。

TPP論議がにぎやかだが、米国から見れば日本側の情報収集は怠りないと思う。交渉相手として日本側をどう見ているのだろうか? 野田さん筆頭の政治家では心もとない気がするのは私だけだろうか!

2011年11月24日 (木)

有明や川面の霧が土手を這う

  グループで当地の伝統工芸作品や制作現場を訪ねています。写真を撮り絵葉書として記録するためです。

今朝の集合場所に予定より早く着いてしまったので付近を回ってみました。自転車ですから動きは軽いんです。

細い道の突き当たりは堤防で、上がってみると古利根川の流れでした。散歩の皆さんが行き来していました。川面に薄い霧が漂っていました。晩秋の風景です。Mvi_09901

2011年11月23日 (水)

祝い日や 銀杏黄葉に誘われて

 勤労感謝の日、風がなく穏やかな陽がそそぐ1日となりました。
さいたま市岩槻区の槻の森公園へカミさんと出かけました。紅葉はイマイチ、まだ葉は落ちぬ木々の中で銀杏の葉だけが黄色に染まり、それに陽あたりキラキラと輝いていました。「銀杏黄葉」は歳時記によると「いちょうもみじ」と読むそうです。Img_09891_2

2011年11月22日 (火)

この身近 歴史の教訓繰り返す

   つい最近、塩野七生著の「ローマ人の物語」全巻を読んだ。37巻(最後の努力・下)までは文庫本で、それ以降の「キリストの勝利」「ローマ世界の終焉」は文庫版が未刊行だったので単行本で読んだ。
本棚に青いずら~と並んでいる背表紙を見ていると、本に詰まった古代ローマの歴史が左から右へ流れているような感じがする。

「東電帝国 その失敗の本質」(志村嘉一郎著、文芸新書版)を読むと、やはり歴史は繰り返すものだと実感する。
古代ローマの歴史は2000年、片や電気の歴史は百数十年に過ぎないが、本書でみる、内外の世の流れ、外圧、資源、エネルギー動向、経済成長、官と民、政治動向、自然災害、経営者意識の変化などの東電の時系列的な動きは驚くほど古代ローマの盛衰史と似ている。まさに「歴史は繰り返す」といえそうだ。

本書は九電力体制が制度疲労を起こしている結果だという。たまたま自然災害が引き金になったが、衰退期を示す兆候は既に大震災前にあった。・・・と具体的に挙げている。

勃興期、最盛期、衰退期のうち既にピークを過ぎて衰退期に入っていて、原発事故がいっきにその内幕を露呈させたわけだ。

以下の文章が印象的だった。
“第6章の「・・動く原発がゼロになりかねない。・・(略)・・そうなると電力不足になりかねない。電力会社が、自分の意志で停電させれば、電気事業法で義務づけされている供給責任を放棄したことになる。供給責任の義務違反は、供給義務の見返りに与えられている地域独占の権利違反となる。すなわち、供給責任の放棄は地域独占の放棄なのだ。”

2011年11月21日 (月)

このオフは楽しみ増した紅白戦

  解任された元読売巨人軍GMの清武氏が「法廷闘争も辞さず」と言ったら、渡辺会長が「辣腕弁護士を10人揃えて受けて立つ」と答えたそうだ。

プロ野球もオフシーズンになってストーブリーグに話題が移ったが、このオフは巨人の内紛が加わり更に面白くなった。トップ陣の紅白戦だね。

所詮、世の中ではごく普通なことで企業内の内輪モメだ。存分におやりなさい。楽しませてもらいます。第2幕はいつ開くのかな・・。
横浜ベイスターズを買い取ることになったモバゲーが訴えられたそうだ。プロ野球各チームの親会社には品位と健全性が求めれるとか・・。プロ野球の盟主を以って任ずる球団の会長には品位があるのだろうか? 五十歩百歩だと思うけど・・。

そんな折り、ドラフトで日ハムが指名した菅野投手(東海大)が1年浪人するという。プロ野球そのものを1つの会社と見ると理解が早い。

プロ野球という会社に内定したが所属部署が気に入らないから、来年また入社試験を受けてお気に入りの上司がいる部署(巨人)に入り直したいということだ。
果たして、来年もお気に入りの上司が在籍しているのかな、左遷されていないかもしれないよ。まあオトナの菅野君が熟慮した果ての結論だろう。幸運を祈る。

2011年11月20日 (日)

やりきれぬ 社会の隅で灯が消える

   「そこのアパートで孤独死があったそうよ」と、買物から帰ったカミさん。

聞けば、大家、不動産、警察官や検死官らしい人たちが集まっているそうだ。救急車は来たが引き返したとか。
亡くなったのは40歳くらいの男性らしい・・
「そう言えばあの人、最近見かけなかっただね」と、近所の人が言っていたそうだ。

40歳前後ならわが子供たちの年代だ。会社なら中堅として働き盛り、家庭では一家の大黒柱なはず。いったいどんな生活状態だったのか、どんな生い立ちや交友関係があったのか、なぜこの人の動静に誰も気がつかなかったのか?

孤独死の背景が気にかかる出来事だった。

2011年11月19日 (土)

一律に年齢で切る理不尽さ

  近いうちに任意の自動車保険の更新期を迎える。
契約中の保険会社から送られてきた見積書を見て驚いた。同じ条件で年間保険料が数千円も値上がりしている。もちろん当方は無事故で上限の等級だ。

2011年4月に保険料が改定された結果で、特に高齢者の運転者を狙い打ちにして値上げされた結果らしい。(他社の見積にそんな説明があった)

保険の主旨からして値上げを年齢で区別するのは理不尽で年齢差別だ。
高齢者の事故が多いならその理由なり統計を示すべきだと思うがどこの社もそんな説明はない。高齢者といっても運転能力は個人別にさまざまだ。年齢で切るのではなく運転能力で判定すべきだと思うが・・・。いわゆる高齢者の免許更新時に運転能力を見て判定すべきだ。

今の70歳以上の人の免許更新時における「高齢者教習」では運転能力の判定はできない。私は「チャレンジ講習」に挑んだ。それも「高齢者講習」をしつっこく勧める自動車学校にイヤイヤながら引き受けさせてだ。これを見ても「高齢者講習」が安全協会の収入(退職警察官などの再雇用などのため)確保のためであって、高齢者の技能チェックや運連能力向上を図るものとはほど遠いのが実態だろう。

高齢者を狙い打ちしたやり方は気に入らないが、どうも唯々諾々と値上げした自動車保険料を払わなくてはいけないようだ。わが国民は諸外国に比べて怒らない気がする。自治会費を年500円値上げするのにケンケンガクガクの文句がでるのにネ。日本は官にとって国民は御し易い国の筆頭だと思う。

各社の見積を精査してから加入しよう。

後期高齢者医療制度も同様らしい。該当年齢までまだ数年あるので実感がない。それまでこの制度が続いており、かつ自分が生きていればコメントするつもりです。

2011年11月18日 (金)

一日も終わり悪けりゃすべてわる

  今朝は寒かった。
予報では曇りで、午後から暖かくなると言っていたがやはり寒かった。

ゴミ出しは私の担当だ。
ゴミを出して家へ入ろうドアを開けたら、飼い猫のモモ(1歳の♀)が飛び出してしまった。気をつけていたんだが・・。狭い庭を探し回ったが分からず行方不明に・・。

出かけて帰宅したら、モモが帰って来たとカミさんが言う。深さ1.8mもある側溝に飛び込んで泥だらけで帰ってきたそうだ。たかが猫だが大事な命だ。よかった。

暮のギフトの手配した。
いつも車で20分の店へ出かけて手配していたが、この暮からオンラインで注文できると言うので会員登録をしてから発注入力をした。
ところがカタログの注文したい商品の4割が入力でできない。電話で問合せしたら「マークが付いている商品だけがこのシステムの対象で、ノーマークの商品は店へ来て注文してほしい」とのこと。
オヤオヤ! これじゃ何のためのオンライン化かね・・。店へ出かけるならオンラインで注文する時間だけムダだ。顧客の利便性を考えないシステムだね。電話に出た受付嬢にイヤミを言うのが関の山、結局、購入先を変えることにした。

さて、トップリと暗くなった頃、罹りつけの医院から電話があった。「健診の結果について先生がお話したいそうです。来院していただけますか?」ビックリして医院へ。こんなことは初めてだ。さっそく説明を聞く。先月の健診で重大な疾病の疑いのある兆候が見つかったという。聞けば素人でも判る昨年と今年の違いだ。それとその場所が予期せぬ場所だったのでまたの驚き!
バタバタと詳しい検査の手順を説明され、そして第1回目の検査があった。

まあ健診も10年以上受けていると、大腸だ、胃だ、悪玉だ・・とかの指摘が何回もあった。それらも乗り越えてきた。むしろ何もないほうがオカシイかもね。

今日は1日、ツイていなかったネ。ホントに1寸先に何があるか分からない。
これが人生の幕引きとなるかは今後の検査次第だ。場合によっては覚悟を決めなければならないかも・・。



2011年11月17日 (木)

請求と飲み会通知が来る季節

 11月末締めの諸経費請求書がボツボツ送られてくる。
併せて飲み会、忘年会の連絡と喪中のハガキが届く。

特に、飲み会(忘年会?)の出足が早い、今月末から12月初めに多い。
大震災、不景気とかの年は早々と過ぎてほしいからか?
日頃はご無沙汰しているから極力付き合おうと思っている。

今日の日中は西高東低の季節風が強く寒かった。
厚手の服装で出かけたがそれでも寒かった。

この冬に向けて初めての灯油を買った。
昨年の11月17日は18Lで1296円だったが今年は1494円もした。
原油が高騰してしているそうだが今は超円高だ。少しは下がるかもと思っていたが期待はずれだった。

2011年11月16日 (水)

知らなんだ 40数年遺蹟踏む

 埼玉県立歴史と民俗の博物館、埼玉市立博物館、さいたま市大宮盆栽美術館、さいたま市立漫画会館、埼玉県大宮公園事務所、埼玉県立自然の博物館、武蔵一宮氷川神社、東武博物館などが共同で「ミュージアムヴィレッジ大宮公園」の名で連続講座を開いている。(全4回)

今日はその2回目の講演会だった。(私の参加はこの回だけ)
「大宮公園周辺の遺蹟」が演題だった。

まず埼玉県立歴史と民俗の博物館のある所が縄文早期の遺蹟だった。博物館の正門付近に、その頃の朽ち果てた住まいが復元されているが単なる飾りではなかったんだ。

また大宮市営球場と見沼代用水西縁の間は平安時代の遺構・遺物の宝庫だという。
それに寿能城址という城址もある。この城は岩槻城の支城として築城され、秀吉の小田原攻めの際に豊臣方により落城したそうだ。市営球場は見沼に張り出した出城だったらしい。

埼玉県に住み始めて43年、当初は旧大宮市に住んでいたし、引越し後も博物館や付近の公園を度々訪ねているが、この地の歴史については初めて聞くことばかりだった。

今度はジックリ歩いて往時を偲んでみたい。

2011年11月15日 (火)

秋寒や病んでた友の訃報聞く

  また一人、古里の学校で一緒に学んだ同級生の訃報が届いた。
咽頭癌を患っていたとのこと。学校時代の顔が浮かんでくる。
ご冥福をお祈りいたします。

卒業後半世紀経って、現在のところ同級生の死亡率は15%だ。
クラスによっては50%のところもあると聞く。

確実に間違いなく人生の持ち時間が減っていく。
毎日毎日を日々楽しく生きるしかないようだ。

ところで恩師は傘寿を迎えお元気イッパイとのこと。
最後に残るのは恩師かも知れないネ。






2011年11月14日 (月)

引き際をオーバーランしてまだ走り

 読売巨人軍のトップ層の内輪もめは見苦しい。

サラリーマン会長が85歳まで居直っている大会社なんて珍しい。
死ぬまで権力を手放さないのかな!
それこそ選手より先にドンを自由契約にすべきだと思うけど・・。

それとも経営トップに後継者がいないのかな?
「極まれり 人を育てぬ大新聞」

還暦を過ぎたGM が内輪もめを記者会見で暴露とは!
まさに崩壊は内部から起こるんだネ。
どう治まるか野次馬にとってはオモシロイ猿芝居だ。

家の裏に大きな柿の木がある。もちろんわが家のモノではなく近くの農家の農地に立っている。昨夜、この農家の奥さんからこの木の柿の実をいっぱいいただいた。農家もで家族数が少なく食べきれないので持参したようだ。ありがたくいただきます。
また、農家にはもう一つ狙いがある。わが家の裏が農家の畑で、毎夏、この畑の雑草がわが家の敷地に入り込む。しかも草刈もしない。今年の夏草のお侘びと来年もガマンいてくれとのメッセージがこの柿にはこもっているわけだ。・・・そんな複雑な思いでいただいた柿だ。Img_09861_2

2011年11月13日 (日)

句が出ずに欠伸ばかりの旅疲れ

  昨夜の帰宅は22時を過ぎた頃、5時起きだったから17時間におよぶ長旅だった。

今日は俳句講座の2回目、中古で買った「歳時記」を持って出かけた。
講師のお話は2時間、いつも受講中に下手な句が数句出るのだが、今日出るのは欠伸ばかり。心地よい旅疲れは思考能力を奪うようだ。

そうそう、昨日、御岳昇仙峡ではテレビ東京の「ポチタマ」のロケ中だった。(写真) 仙娥滝から戻る途中、大きな水晶玉の前でまたダイスケに遭遇。頭をなでてやったが無反応で行ってしまった。
紅葉もロケも飲みこむ人の波Img_09771

2011年11月12日 (土)

湖に黄金映えるや甲斐の秋

旅行2日目、白馬から安曇野市のわさび農場(写真上)を経て甲斐の国へ。増富ラジウム鉱泉近くのみずかき湖で秋を堪能しています。、昨日とうって変わっての好天気で湖に映える紅葉が見事です。(写真下)

これから御岳昇仙峡、恵林寺を訪ね、「笛吹川フルーツ公園」(新日本三大夜景の一つ)で甲府盆地の夜景を眺めてから帰ります。Img_09701

Img_09711

2011年11月11日 (金)

紅葉の城跡に浮かぶお味噌汁

紅葉の城跡に浮かぶお味噌汁
信州の旅の途上です。紅葉の上田城址を訪ねたらイベントの真っ最中。雨の会場に無料の味噌汁の香りが漂っていました。小諸のりんご園ではサンふじをまるかじり。久しぶりの故郷です。

2011年11月10日 (木)

やはりねえ 本音いうクビすげ替える

  9日付けのブログでオリンパスの監査法人について書いた。
その返事のような記事が今朝の新聞に載っていた。

やはり、監査法人(あずさ監査法人)は損失処理について指摘してのだ。案の定、契約を打ち切られた。サラリーマン重役がクビを覚悟で不正を指摘するわけがないね。

上場している優良企業も不正が発覚すれば世界中から糾弾される。改めてこの世界の厳しさを痛感する。

これに比べて役人の世界は別天地だ。
電力会社とタックルを組んで、国民に塗炭の苦しみを与えた原子力保安院の幹部が、自己都合扱いの退職に加えて更に有利な条件で退職金をもらった。厚生年金の積立金を湯水のように巨大保養施設の建設に注ぎ込んで二束三文で売り払った例になど・・・。
こんな役人を指弾して責任を取らせることがなぜできないのだろう。

さて、魑魅魍魎の人間世界に関係なく季節は移ろう。わが家の裏では皇帝ダリアが咲き誇っている。まさに「目をあげて皇帝ダリアを仰ぐ秋」だ。晴れていれば輝いているのだが・・。Img_09641




2011年11月 9日 (水)

節穴で 10年以上のおすみつき

 オリンパスの損失隠しがメディアを賑わしている。

もちろん、責任は損失隠しを決めた当時の経営トップやそれを黙認して来た役員たちや監査役にある。

では監査法人は何をしていたのか
外人社長が問題視したくらいだから監査法人の公認会計士も問題として分かっていたのではないかと思うが・・。もしそうなら、なぜ是正を勧告しなかったのか?
そうなら監査法人の職務を果たしていなかったことになる。ニュースには監査の「カ」の字も出てこない。

会計の素人のタワゴトかな?

2011年11月 8日 (火)

冬立ちぬ 猫も入りこむわが寝床

  今日は立冬。朝のウォーキングでは寒さをあまり感じなかったけど、日中は北風が吹いて寒く、冬の到来を実感した日だった。

2011年喪中ハガキの第1号をいただいた。9月に奥様を76歳で亡くした方からだった。ご冥福をお祈り申し上げます。

お歳暮の割引ダイレクトメールが届いた。そんな気分にはなっていないのに・・。

例年11月には胃がんの内視鏡検査をしている。今年も予約した。

元横綱隆の里の鳴戸親方が59歳で亡くなった。なぜ、あの肥満を解消できなかったのだろうか?

相変わらず、外の世界は騒がしい。天災、放射線、金融、TPP、増税、粉飾決算、などなど・・。

季節だけは確実に変っていく。

2011年11月 7日 (月)

ノー健診 自信か不安の裏返し

  今日は親戚の病気の入院見舞に夫婦で出かけた。

見舞相手は私と同じ古希を超えた年齢で日頃から趣味の登山で身体を鍛えていた。
でも、大事な臓器が蝕まれていた。当該の病気が慢性化しており手術は不可能とのこと。
これからは対象療法で凌いでいくことになる。

体力には自信があったのか健診を今まで1度も受けていなかったそうだ。
その理由は・・・
体力に自信があり大きな病気にかかったことがない人は、「自分は病気をしたことはない。大丈夫だと」いう自信と「もしかして・・病気が見つかったらどうしよう!」という不安のどちらの理由で健診を避けていると思う。

高齢になると、今までの生活習慣の積み重ねの負の部分が病気という結果を生む。
結局は事が大きくなり周りに迷惑をかけ、自身の寿命を縮めることになる。

今からでも遅くはない、命のあるうちに生活習慣の見直しをしよう。
そのためには、定期的に身体チェックをして問題があったら早めの対応をしよう。

お大事に!

2011年11月 6日 (日)

増税のチャンス逃すな大震災

 “税金の歴史は「戦争」の歴史である(「月間あいつくし」亜細亜大学講師 寺門孝彦氏)

“わが国では「所得税」の創設(1873年の地租改正後の富国強兵のための財源)、「法人所得課税」の導入(1894~1895年の日清戦争後に導入)、「相続税」の導入(1905年日露戦争の戦費調達)、法人所得課税の強化(第一次世界大戦を契機)、個人所得課税・法人所得課税の強化と「臨時利得税」や「支那事変特別税」の新設など(1931年の満州事変から太平洋戦争の軍事費を賄う)、最近では「法人臨時特別税」の増税(1990年~1991年の湾岸戦争)が該当する。”

今度の東日本大震災は、国のとっては戦争ではないが戦争級の増税ビッグチャンスなんだね。財務省が震災をテコに民主党政権を動かして増税を仕掛けている。財務官僚の手のひらで主役を務めるのは他ならぬ野田総理だ。・・と考えればなるほどと納得がいく。

この日の税に関するセミナーは上記のようなことかな?・・と思ったが違った。講師も寺門氏ではなかった。でも改めて勉強になったね。

それにしても、わが国の一般会計税収の落込みは大きい。
22年(2010)度は41.5兆円で昭和61年(1986)の41.9兆円並みだ。ピークは平成2年(1990)度の60.1兆円だった。
主力の所得税、法人税の落込みが大きい。収入が減り少子高齢化などで社会保障費などの固定費用が増加すれば当然赤字になる。国も企業も家庭も理屈は同じだ。

企業も個人も収入が下降している様子が分かる。反面、消費税の税収は総税収の10%で安定している。増税を消費税に的を絞るのは当然のなりゆきだろう。

長年の自民党政権は財政再建を先送りしてきた。その意味では自民党も財政再建の具体的な提言をすべきだと思う。

待ったなしの増税が待っている。どんな生活防衛をすべきか、選挙でどんな判断をすべきか冷静に考えよう。

2011年11月 5日 (土)

速くなり価格下がるやお光さま

 インターネットでひかり回線を使って数年経った。
1ヵ月に1万円(回線使用料、プロバイダー契約料、電話の基本料など)に迫る金額を支払ってきた。

通信会社は、最近こそインターネットの使用時間にスライドした料金体系を提示したが、長時間使う身にはそんなに使用料が下がったとは思えない。

ここでインターネット回線の見直しをすることにした。
プロバイダーを変えずに別の通信会社のキャンペーンで試算してみたら、上記の金額から数千円安くなった。かつ回線速度が1000MBだという。何と今の10倍だ。

前向きに検討してみたい。

晩秋、菊が一段と映える季節になった。
今朝もウォーキング道沿いの庭には見事な菊が咲き誇っていた。(写真)
生産者が自慢するいくつかの大輪は近くの古刹で展示されているという。Img_09591

2011年11月 4日 (金)

原発はアラフォー止まりでご退場?

  ここ数日は読みたい本が手元に溜まり「晴耕雨読」ならぬ「晴読雨読」が続いている。
今日は『原発の闇を暴く』広瀬 隆・明石昇二郎 著、集英社新書、「お気に入りの本」参照)を読み終わった。なぜ、本書に興味を持ったか?
これだけ大規模なの「人災」を引き起こした原因、事故の責任者が糾明されている報道が一切ないことだった。結果には必ず原因がある。まだ事故の収束が終わっていないからが理由なのだろうか? それをも事故の糾明に差し障る政治的な理由があるのだろうか?

本書はそんな疑問に応えてくれる本だ。
原発事故の責任者として実名入りで御用学者、政治家、電力会社などの経営者が登場する。3月11日以降にメディアに登場した人たちの顔を思い浮かべて、なるほど・・の感だった。

事故後20日から広瀬、明石両氏の対談が始まったという。
“東電が示す「工程表」など、国民を小ばかにした「安全アピール」にすぎません。残念ですが、彼らが示したとおりに事が運ぶことはまず、ないでしょう。・・”
現況はこの指摘のとおりです。

第三章(最終章)は・・
「監視の眼を怠るな」など9項目で、最後は「日本から原子炉を廃絶するために」で原発の時代は終わったと結んでいる。

追記
著者たちは2011年7月に御用学者、東電トップ、文科大臣(当時)などを刑事告訴している。こちらの方も注目したい。ただし報道が極端に少ないのが気になる。

2011年11月 3日 (木)

これがまあ!民主主義の極めつけ

  財政危機のギリシャがユーロ圏各国の支援を受け入れるべきかを問う国民投票が12月にも行われる見通しだとメディアは伝えている。

「どっちでも 耐乏生活 待ち受ける」

支援が国民投票で否決された場合、国家破綻だというが、国民の生活はどう変るのか?よく分からないが、どっちを選んでも国民には厳しい生活が待っているわけだ。

ダメな政治家が国をダメにしたわけだ。
結局は、ダメ政治家を選んだ国民にツケが回ってきた。

日本もギリシャを他山の石として同じ轍を踏まないようにしよう。

まず、日本では原発の存続可否を国民投票で決めたらどうだろうか!

2011年11月 2日 (水)

伝統をハガキに込める町おこし

  わが町にも結構、伝統産業があるんだ。
特産品としては、桐タンス、桐箱、押絵羽子板、麦わら帽子などあり、これらの特産品は長年受け継いできた匠の技で作られてきたのだ。(市長の話)

先月末に特産品のうち、押し絵羽子板のショウルームを訪問して撮影会が開かれた。半世紀近くこの町に住んでいるが、地場産業のこれだけの商品を見たのはこの日が初めてでいたく感動した。

感動を忘れないうちに、今日は撮影された写真を使って絵ハガキを作ってみることにして、地元の大学の先生のご指導で作られた絵ハガキが下の写真だ。

チョットでも町おこしのきっかけになればいいね。111025

2011年11月 1日 (火)

歩く旅思いは同じこの人と

 今、幕末の日本を身をもって体験したアーネスト・サトウ(1843~1924)の「一外交官の見た明治維新(上)」(坂田精一訳、岩波文庫)を読んでいる。

記事の中に大坂で15代将軍の徳川慶喜と会見したアーネスト・サトウが江戸へは東海道を歩いて帰った記事がある。(大坂へは英国軍艦で行った)

“・・どんな地図で細心に研究しようとしても、徒歩で実地に研究するにまさる地理学の勉強方はない。徒歩によれば、愉快、疲労、天候などの、多くの連想を伴うことにより、地形学上のきわめて些細な事までが心に残って離れないものだ。・・・”

もちろん歩くといっても駕籠を使っている。駕籠の動力は人力だから、まあ徒歩といってもいいと思う。

私たちは別に地理学を勉強をしているわけではないが愉快、疲労、天候などの多くの連想云々」
についてはまさにそのとおりだ。更にこれらに「歴史、交流、食べ物など」が加わるから楽しさは何倍も増す。女性なら更に「買物」が加わる。100年前に旅した先輩が同じ思いだとは・・私は大きな力をもらった気がした。

アーネスト・サトウらは食料は何一つ携行しなかった。この時代の街道沿線には立場や茶屋があり簡単な食料や飲み物には困らなかったのだろう。

われらは先月の鈴鹿峠越えには食料を持参した。現代の旧道にはコンビニなども皆無、もちろん食堂、食料品店などはなかった。車社会だから当然だといえば当然だが・・。

今、われわれは贅沢な旅を楽しんでいるんだね。

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