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2011年12月23日 (金)

ご近所と家で支えた高齢化

「お気に入りの本」で紹介したのは「江戸時代の老いと看取り」(柳谷慶子著、山川出版社)だ。

本書によると・・
“江戸後期では20歳まで生き延びれば、60歳以上の余命をもてるようになった。飛騨国の寺院過去帳によれば21歳以上の平均死亡年齢は、男性61.4歳、女性60.3歳で、51歳以上の人々の享年は70歳を超えている。”

“老いを生きる”
まず人口の大部分を占めた農民は老いてもなお働いた。当主として高齢まで家を守った者も多く、さらに60歳を過ぎて当主となる女性も存在した。武士では傘寿をすぎても現役を努める者がいたし定年制などはなかった。老衰隠居は70歳なって初めて認められた。江戸後期の幕府には94歳の高齢役人がいたそうだ。女性では病気や老衰で退くまで努めた奥女中も多かった。

“長寿を寿ぐ”
江戸時代は長寿を祝う儀礼や習俗が、身分を超えて、広く地域に根付いた時代だった。算賀の儀や年祝いが地域の風習として定着していた。庶民から歴代の徳川将軍家の年祝いの儀式を紹介している。

“老いを看取る”
看取りの場は基本的には家だった。看取りの中心は家族だった。そのために「養老」の教えと具体的な看取り方法が授けられた。本書には武士、庶民について具体的な方法が記述されている。幕府や藩が高齢者を褒賞したり、孝行を実践した家族を称揚する善行褒賞の例も増えてる。このことは高齢者を虐待する例も増えていることの裏返しだろうか。
問題は現在の“孤独死”、当時の孤老の看取りだろう。この役割を当時は地域が担っていたわけだ。

“・・一方、家産というものをもたない都市の下層民の社会にあっては、借家人同士たがいの生存を支えあうような暮らしが、人としての営みとして再生産され続けていた。扶助の絆である。”

さて、これからの高齢者社会を生きるわれら、誰にでも孤老になる可能性がある。誰を、何を「絆」にすればいいのだろうか?

明日はクリスマスイブ、先ほど娘から孫の写真が送られてきた。1歳3ヵ月、この子らが成人となる頃はどんな社会になっているのだろうか!111223

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