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2011年12月 8日 (木)

余裕あり江戸期の旅がうらやまし

  文政五年(1822)正月二日(陽暦2月5日)板鼻(現安中市)の牛宿の主、金井忠兵衛がはるばる長崎まで旅をした。(お気に入りの本参照)

今、「金井忠兵衛旅日記」を読んでいる。B5版で上半分が当時の旅日記、下半分が上の現代語訳になっている。

全行程三ヵ月半、うち一人旅が二ヵ月以上で駕籠も馬もまったく使わなかった。

同書によると・・
“忠兵衛さんは伊勢参りの同行者11で板鼻宿を出発、名古屋で江戸廻りで来た同宿の6人と落ち合い仲間17名とで桑名に渡る。伊勢神宮参拝後、5人は松阪で別れて京都へ。12名になった忠兵衛さん一行は伊賀越えで奈良、吉野、高野山、和歌の浦を廻り和歌山へ。ここで7人は讃岐の金比羅山参りのために別れた。5人になった忠兵衛さん一行は大坂へ向かう。更に大坂で3人が金比羅山参りに向かい、1人が松阪で別れ京都へ向かった人と一緒になるために京都へ向かう。ここから長崎に向かっての忠兵衛さんの旅が始まった。”

名所旧跡、名物、食事、宿の良し悪しなどか書かれていて興味深い。
これらの感想は別途整理してみたい。

私も一人歩きの旅が大好きで、自分がこれまで歩いた区間で、忠兵衛さんと重なる部分も大分ある。そこは実際に現地で体感しただけに特に面白く感じた。

それにしても江戸期の旅人の健脚には驚かされる。
往路は冬で雪だったので1日の距離は短いが帰路は長い。例えば中山道の下諏訪宿から塩名田宿まで11里半(約45km)を1日で歩いている。それも和田峠を越えての旅だからビックリ。

確かに「大人の旅」のヒントが隠されているようだ。

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