2022年1月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

最近のトラックバック

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月29日 (水)

四年後も同じ景色か銀世界

 閏年の2月29日の今日、未明から雪になりました。

この雪の特徴は水分をタップリ含んだ春先特有のモノです。

屋根から滑り落ちる雪で雨樋を傷めます。それと落下する雪が
体に当たらないように気をつけねば・・・。

シニアの特権はこんな朝に出勤しなくていいことです。
「働きに行く人眺めお茶を飲む」 ご苦労様です。気をつけてネ!

Img_12131

2012年2月28日 (火)

税がムダ国の事業のなれの果て

  寒い朝のニュースはエルピーダの倒産から始まりました。

理由に、円高、災害、国際競争による価格低迷などをあげていますが
要するに国際競争に負けたのです。

国主導でできた企業、国費も注ぎ込んだ末の破綻ですね。

政治家も役人も誰も責任をとりません。

これではこの国の産業構造の将来を示せるはずがありませんね。

2012年2月27日 (月)

寒風や縄文人のくらし跡

  遺跡発掘調査の見学会に初めて参加しました。

場所は、埼玉県春日部市の東部(旧庄和町)、江戸川べりの
浅間下(あさました)遺跡です。

ここには縄文中期(約4500年前)の竪穴住居跡や土壙(どこう)
が20基ほど発見されています。

付近一帯は宝珠花台地と呼ばれ住居跡や貝塚が数多く見受け
られ栄えていたムラがあったそうです。

今日は北風が強く身を切るような寒さでした。
縄文中期の冬に彼らはどんな生活をしていたのでしょうか?

黒い暖炉跡の土壙から4500年前の家族に想いを馳せてみると
一抹の感慨を催します。

来る3月3日に「浅間下遺跡見学会」が午前と午後各1回行われ
ます。(参加は無料です)
詳しくは「浅間下遺跡」で検索するか、前日までは財団法人埼玉
県埋蔵文化財調査事業団(0493-39-5345)、当日は現地発掘事
務所(048-748-0930)へお問合せ下さい。駐車場あり。

写真上は江戸川堤防上から見た遺跡の発掘現場です。
写真下は同遺跡1号住居跡です。

Img_12051

Img_12071

2012年2月26日 (日)

「ひとりずつ呼ばれ向こうへ行ったきり」(稲崎文子)

  きのうは55年前から2年間机を並べた仲間と熱っぽく死生観
について議論しました。

きょうは一転して亡くなった方をあの世に送る立場でした。

お世話になった物流会社社長の奥さんが肝臓がんで亡くなり
その告別式でした。享年63歳でした。

きさくな奥さんで伺うと細かいところまで気を使っていただき、
声をかけるとすぐにも応えてくれそうなお顔をしていました。

社長本人は独りで事業を築いたと思っているかも、でも6割方
は奥さんの支援で今日があると思いますよ!

「葬式で互いの達者たしかめる」(山中あきひこ)
でも老けましたなあ!・・と心の中で・・。
相手も同じ思いかも・・ネ。お互い様です。

2012年2月25日 (土)

信州人変わらぬ意気や半世紀

 私は1959年に長野県の高校を卒業しました。

2年生になる時に組の編成替えがあり、わが3組は48名が卒業しました。
現在、死亡7名、居所不明1名です。

このうち首都圏在住組6名が集いました。

場所は栃木県栃木市、当地に住むメンバーのお宅です。
彼はそば打ちが趣味で、そのそば目当てのわれわれを招待してくれたの
です。奥様から食べきれないほどの料理で歓待していただきました。

昼からの5時間、よく食べ、飲み、喋りました。

かつての信州健児、良く言えば理論家、真面目、巾広い情報、言い方を
変えれば理屈屋、くそマジメ、雑学趣味、唯我独尊・・・。

半世紀経っても信州人の性格は変わらないですね。
だから、飽きないし長続きするんですね。

うち3人が私と同じ病の経験者でした。
それぞれ経験や知識を話してくれたのです。

悩んでいるのは自分だけではない!
言い、聞く!・・これだけでストレスが発散しますね。

大事にしたい仲間たちです。

5月には米寿の恩師を囲んで信州でクラスが予定されています。



2012年2月24日 (金)

B級のグルメに釣られ1万歩

 きょうは暖かだったですね。

3月中旬から下旬の気候だそうです。

カミさんが昼食を摂りながら歩こうと言います。
こういう時は支払いは彼女払いです。
一応、私は財布を出して払うフリをしますけど・・・。

お目当ては、さいたま市の岩槻城址にあるレストラン大手門の
豆腐ラーメンです。500円です。
いわゆるご当地のB級グルメです。

晴れて青く澄んだ空気の中をユックリ歩いて45分、常緑樹の多
い公園を横切るとレストラン大手門です。

帰りは別な道を50分くらい、気持ちの良いウォーキングでした。

この日の歩数は13000歩でした。

2012年2月23日 (木)

春迎え再び電車こない駅

 古里の鉄道が廃止されるというニュースを知りました。

その鉄道は長野電鉄屋代線です。来る3月末で運行を止めるとのこと。

弟が守る私の実家は同線終着駅ホームの真横で、かつて東京メトロ日
比谷線で活躍した電車の発着が見られます。

数年前に小布施を訪ねたとき乗ったのが最後になりそうです。

松代城の桜が咲く前に電車が止まってしまうんですね。

高校の先輩だった池田満寿夫美術館が松代駅近くにあります。

きっと先輩もあの世で寂しがっているのでは・・・。

2012年2月22日 (水)

召集状もらって感じる年度末

  所属サークルから年度末総会の召集状が届き始めました。
今日も1通送られてきました。

春は近い! 道路工事と各種総会の案内で年度末を感じます。

連絡はすべてメールです。総会資料もメール添付で各自で印刷
して持参しますから主催者側もラクになったものです。

今年度は10年続いた地元のサークル(総員約80名)を退会する
ことにしました。23年度は最後の役員を務めました。この役目も
後1ヵ月余りです。

寄る年波、病気、死亡などで欠けるメンバー、寂しい限りです。

2012年2月21日 (火)

夕日浴び紅梅光る水辺かな

 午後はカミさんと病院へ。私のCT検査日でした。

いつもはJRの駅からバスを利用しますが今日は歩いて病院へ。
急ぎ足で30分でした。

造影剤を注射されたときは、一瞬、吐き気がしましたが直ぐに回復、
検査は30分程度で終了しました。


帰路も水路に沿って40分かけて私鉄の駅まで歩きました。

大きな公園があり、入り口に紅梅の木が1本、西日を浴びています。
小さな赤い花がきらきら輝いていました。

春は近くに来ていそうです。

1人で歩くと長く感じた道も2人で話しながら歩くと極めて短く感じます。

1日の歩数は11600歩でした。

2012年2月20日 (月)

この冬は水も財布も凍りつき

  昨朝は水道管が凍り給湯器から湯が出なくなりました。

いつものことなので、そのままにして外出、午後帰宅したら水道管
が破裂して水が噴き出ていたのです。

昨日は日曜日で修理はできず、やっと今日の夕方、修理が終わり
湯が出るようになりました。ヤレヤレ!
何重にも給水管にカバーを巻いてもらいました。

修理屋さんによると、この冬はこうした騒ぎはけっこう多いそうです。

この寒さで車のバッテリー上がってしまい、今、交換中です。
これに続く痛い出費です。それに水道代が膨らみますね。

夫婦で温泉1泊旅行ができる金額が寒さに持っていかれました。
残念!




2012年2月19日 (日)

ローマ史の異端の王かセヴェルス

 18日午後7時半からのNHK総合「異端の王」後半、「ローマ帝国に即位
した唯一のアフリカ人!」の感想です。(前半は見ていません)

2000年におよぶ古代ローマ史における皇帝セプティミウス・セヴェルス
時代のローマ帝国はどんな状態だったのでしょうか?

「ローマ人の物語31巻」(塩野七生、新潮文庫)ではこの時代を“ローマ
帝国の終わりの始まり”と位置付けています。

“皇帝コモドォスが暗殺され、5人の武将が帝位を争って内乱に突入、勝ち
残ったのが北アフイカ出身のセプティミウス・セヴェルスでした。

彼は兵士の地位と待遇を改善しました。

ところがこれが“ローマ帝国の軍事政権化の始まりになった。”
“兵士たちがミリタリーでありつづけることに不満をもたなくなった結果、シ
ビリアンになって第二の人生を切り開く意欲の減退につながり、これが、
ローマ社会での軍事関係者の乖離になっていった。・・(中略)・・その行き
つく先は、他とのバランスを忘れた暴走以外にはないからだ。”

セプティミウス・セヴェルスのパルティア戦役、レプティス・マーニャへの里
帰り、ブルタニア戦役(この戦中に病死)についても塩野さんは書いてい
ます。

そして彼の死後、子ども(兄弟)間での殺し合い、セヴェルスの妻も自殺
してしまいます。

古代ローマ史の流れの中で彼を理解する必要がありそうです。

2012年2月18日 (土)

夏山に雲を踏みけり一人旅

  あまりテレビを見ない私ですが、きょうはTBS16時からの「山オトコ☆
山ガールが行く北アルプスまるごと山遊び」を見ました。

新聞には「長野県の宣伝番組とも取れる」・・とあります。

これはともかく・・
番組で永井大が歩いたコースは、半世紀前の夏に私が歩いたコースと
同じでした。大雪渓から白馬岳へ。山小屋で1泊。1人旅でした。

翌日は白馬3山を縦走して唐松岳から八方尾根を下山しました。
貧しい貧乏大学生で山小屋のステーキも華麗な服装とも無縁でした。

その後何度も、友人とのスキーや家族で麓の観光を満喫しました。

昨年11月に地域の友人たちと麓の博物館などを訪ね白馬温泉に泊った
のが直近の旅です。

安曇野・白馬はそれぞれの体力、予算、季節などに合わせていつも楽し
めます。

わが母校の校歌にも「白馬」が織り込まれています。

「白き峰湖面に映えり一茶の忌」

どうぞ信州へいらして下さい。誇るべきわが故郷です。

2012年2月17日 (金)

この告知七十円の診察料

 昨年暮から今月まで続いた検診、きょう診断が出ました。

診断結果は思わしくなく、告知はわずか70円の診察料でした。

結果は、1週間前の検査で若手の医師の言葉からそれとなく
察していたつもりでしたが、はっきりと告知されるとさすがガッ
クリでした。

それでも冷静に受け止めましょう。

まだまだ検査が続きます。

2012年2月16日 (木)

いつまでもあると思うな同じモノ

 寒い1日でしたね。

こんな日の夕方は熱燗ならぬ芋焼酎のお湯割りが一番です。
しかし、今は医師に禁酒を命じられているのでしばらくはダメ。

でも飲みたい!
そこでノンアルコールビールでも思い、近所のドラッグストアへ
買いに行きました。

出がけに、カミさんが「高橋英樹の顔が出ている××のお菓子
を買って来て」と頼まれました。もちろん断れませんので「OK」

ところがどこも探しても、ご指定の商品はないんです。
アルバイト店員に聞いてもわかりません。
英樹と呼べば答えるワケもなし。

カミさんに電話したら「あるはずだ」の返事。
根っから買物で、亭主を信用していない雰囲気でした。

それでも探していると、ヒョイと顔を上げたらカミさんがいる。

結果は・・・
やはりその商品はなし。空いた棚はなかったから、きっと置い
てないんです。
いくら店が近いとは言え、売場までチェックに来るくらいなら自分
で買いにきてほしいね。
<もちろん、そんなことは言えないけどネ>


2012年2月15日 (水)

まず先に寝た子を起こす不退転

 金融機関にある休眠口座を復興財源に当てるというニュースです。

金融機関に溜まっている動かない小口預金を集めようということですね。

何冊もある預金通帳の少額も集めれば大金になります。この金が有効に
使われれば結構なことだと個人的には思います。

でも、手間暇をかけて周知し集めるにはかなり時間がかかるのでは?

その前に、行政改革、公務員改革、議員手数の削減、大型公投資の控え
などムダを省く姿勢と形を見せてほしいですね。

「起こさずに先にやることやってくれ」・・と言いたい!

2012年2月14日 (火)

この寒さきょうは車が入院し

  車で30分、電車なら1時間半かかる場所でのセミナーに出席する
予定でした。

当然、車です。開始時刻の40分前にエンジンキーを差し込みました。

ところがエンジンがかりません。
初めは、点いていたさまざまなランプも、ついに何も表示さなくなりま
した。

どうやらバッテリーが上がってしまったようです。

この時点で開始時刻30分前、電車でも1時間以上の遅刻です。

ついに参加放棄を決意、主催者に連絡。

さて、次はどうしよう!

自動車保険会社のロードサービスにエンジンをかけてもらい不調の
原因を聞く。この頃の寒さと2週間乗らなかったのでバッテリー上がっ
たようです。

エンジンを切らないようにして少なくなった灯油を買って運んでおく。

それが終わったら、車で友人に書類を届け、そのまま修理工場へ持
ち込む。切らなければエンストはしない車です。

手順とおりに済みました。
今度は車が入院です。

事情があって娘から引き継いだ小型イタ車、チョイチョイ故障します。
まったく最近のイタリア経済を象徴してしているような車です。

更にバッテリーはイタ車独特のモノとか・・
「交換すると値段は高いですよ」・・と修理会社社長にしっかり念を押
されて帰って来ました。

何でワザワザいい加減なイタ車なんか買ったんだ! でももう遅いか。

昨秋に剪定し水差しに入れておいたハクレンの枝に花が咲きました。

Img_11981

2012年2月13日 (月)

落語家もお題に詰まる寄席舞台

 地域の仲間たち50名弱と国立演芸場で落語を楽しんできました。

出演は金原亭馬治、金原亭世之介、古今亭菊春、蝶花楼馬楽、
林家正雀、金原亭馬生の6名。

上の噺家それぞれの落語に続いて獅子舞、そして休憩。

後半は、大喜利 鹿芝居「芝浜革財布」でした。

これはこの6名の噺家が演じる人情芝居でした。

芝居の幕間で、客からお題をいただいて噺家が即興で答える謎か
けがありました。
お題は「バレンタインデーとかけて」です。

答える役の噺家(名誉のため名前は言いません)は詰まってしまい
うつむいてスゴスゴと引っ込む始末!

この噺家は座長にシッカリ叱られたそうです。・・こりゃそうでしょう。
でも・・舞台と客席が一体になった寄席、ご愛嬌です。
こうした恥をかいて芸を磨いていくのでしょう。

楽しかった3時間でした。

2012年2月12日 (日)

さすがだね老舗旅館の練れたモノ

 いろいろあった昨日は式場のある町から電車で40分の温泉旅館に
泊まりました。

式後都内から駆けつけた二女も加え、総勢5名うち男は私だけ。

泊まった温泉旅館は娘が手配した敷地6000坪もある老舗旅館です。
建物は木造で大正期に建築されたというレトロ調、すべて平屋建て。

その81号室でした。和室2、洋室1、それを囲む廊下、トイレ、浴室付。
大浴場は大理石浴場、展望風呂、露天風呂など3つの豪華版。
専用庭があり庭の眺めも部屋からだけのものです。
食事は2食とも部屋でいただきました。

部屋で見たパンフレットにはこの部屋だけの予約版があるとか・・。

宿泊料金は厳冬期でもあり通常価格より安かったようです。

建物、設備もさることながら形に見えないサービスも素晴らしい!。
笑顔、言葉などもちろん、決して目立たないけど即対応のサービス
、売店の販売商品価格の妥当性など一朝一夕ではできないものばか
りでした。

残り少ない人生にとって思い出に残る旅でした。
血のつながった家族に新たに加わった孫を加えての旅!

また実現できるかな。

写真は乗った電車(実は看板)と散策した古城の櫓Img_11901_4 Img_11931_2

2012年2月11日 (土)

立ちつくす笑顔の裏の怖いモノ

  家族4人、親族の結婚式のため始発の新幹線で信州へ。

8時半からカミさんの着付けをする予定でした。
目的地下車駅着が朝の8時前、抜けるような青空、でも寒さは厳しい。

ところがもらった案内書記載の定刻8時発の送迎バスが来ません。

娘が式場へ電話で確認、折り返し返事するとのことでしばし待機。

ところが数分待っても返事なし。
厳しいこの寒さ(-6度だったとか)露天では1歳の孫娘が気の毒です。

また、電話しました。

返事は、式の開始2時間前に出すと案内書に書いてあるとのこと。
ただし、「これから・・車は出します」・・言葉は丁寧です。
電話を切って、アクセス案内のどこを見てもそんな説明は一切なし。

何とか20分遅れで式場へ到着。
案内書を示し説明を求めたら平謝りばかり、そしてアクセス案内書をそれ
となくに回収してしまったのです。

結婚式は盛大で豪華でした。新郎新婦も幸せそう。おめでとう。
式、披露宴の進行も滞りなく、お料理もよかった。
式場の従業員も笑顔で会釈、言葉は丁寧でした。

家族だけで今宵の宿へ投宿。

結婚式でいただいた物の中に、式場へのアンケートが入っていました。

なるほど、朝の従業員の対応はアンケート中の「従業員の対応について」
が怖かったんですね。
帰り際に「朝は失礼しました。これをお持ちください」・・と
一抱えもある花束(式で使った花)を差し出して、また謝ったワケが・・

引出物に旅行用品、それに幼児を抱えてそんなモノ、持てるワケない
じゃないか! そんなこと心がこもっていればすぐ判るはず・・ですね。

もちろん、アンケートには書きませんでした。
多分、2度と行くこともありますまい。
事業の盛衰は時間をかけてお客様が判断するものですから・・。

一抹のわびしさを感じた1日でした。

2012年2月10日 (金)

近づくと十歩手前で泣き始め

 明日は義理の甥っ子の結婚式です。

式に参加する娘と孫娘(1歳4ヵ月)が昨夜からわが家に来ています。

私は今日の午前中に退院し3日ぶりに帰宅しました。

わが家の玄関に近づくとカミさんと孫が出てくるところでした。

買物に行くそうです。

孫まで十歩の所でニコニコしていた孫が泣き始めたのです。

正月以来2ヵ月、ジジイの顔を忘れてしまったようです。

それでも家に入って直ぐに仲良くなりました。

夜は私1人で子守の最中、むずかりだして抱きかかえてもそっくり返
ったりで往生しました。眠かったのです。やっと寝かしつけました。

たとえ15分くらいでも10kgを超える子どもをあやすのは辛いですね。

そういえば、わが子たちの場合は、仕事仕事で全部カミさん任せ、
頼るべき親は近くにいないし、カミさん1人で頑張ったんですね。

今ごろになって感謝感謝です。

2012年2月 9日 (木)

膀胱に管さされたり冬の午後

   検査本番日です。実は管を刺されたのを覚えていないんです。

全身麻酔から目覚めたら検査は終わっていました。
あった尿意がなくなっていたことと後で血尿が出たことで確認で
きました。初体験です。

2012年2月 8日 (水)

酒はダメ診断よりも気落ちする

医大病院へ今日から検査入院しています。

明日が検査で明後日に退院予定です。先ほど検査担当
医師から説明を受けました。検査後1週間は酒はダメと言われました。

残念!退院後の翌日はカミさんの甥っ子の結婚式なんです。まあ、ノ
ンアルコールで我慢しましょう。

2012年2月 7日 (火)

せっかちはちょっとのミスが命とり

 雨の日でしたが外出しました。

いつも渡る自転車と人だけの小さな踏切があります。
警報機が鳴って遮断機が下りかけているので踏切の手前で電車
の通過を待っていました。

その時、自転車に乗ったおばさんが片手で遮断機を持ち上げて私
の反対側から踏切に入って来たんです。

踏切の中央に来た時には左右の遮断機は完全に下りてしまい、こ
ちら側の遮断機を持ち上げても上がりません。あわてているので自
転車から下りないんです。間違いなくパニクッテいました。

私はすぐに
「自転車を降りなさい。自転車は私が出すから遮断機をくぐってこっ
ちへ出て!」と言い自転車を外側へ引っ張りだしました。

その直後に轟音とともに電車が通過して行きました。
おばあさん、何度もお礼を言って去っていきました。

年をとったらユックリがいい。
ちょっとしたことで命を落とさないようにしなきゃ!

2012年2月 6日 (月)

吉凶のどちらが出るかご入院

 明後日から2泊3日にわたり医大病院へ検査入院をします。

昨秋の検診で一部の検査数値に異常が見つかったからです。

カミさんに協力してもらい今日で入院準備が終わりました。

これまでの入院歴は交通事故、腸閉塞、それに今回を含めて3回目です。
いずれもここ数年の間の出来事です。「年には勝てない」かもネ。

1~2回目は何とか生還しましたが今回の結果はどう出るか?
「神のみぞ知る」ですかね。まあ急変しなければしばらくは命の猶予はあ
りそうです。

近くのホームドクターにどんな病気なのか、危険性など聞いて来ました。
「専門ではないけど大体のことは分かりますよ」と図を示しながら丁寧に
教えてくれました。そして検査結果を教えてほしいと言われました。

2012年2月 5日 (日)

高齢化 公平感を阻害せり

  「お気に入りの本」で紹介していますが「競争と公平感」(大竹文雄著
中公新書)にこんな記事が載っています。

“有権者は高齢化すると困ること”」として・・
“有権者に占める高齢者の割合が急上昇している。その上、投票率も
若年者に比べて高齢者のほうが高い。”

その結果として・・
“高齢者の政治力が強くなり、彼らの選好が政策が反映されることに
なる。”

“2003年以降は60歳以上の年齢グループが投票者のなかで最大の比
率を占めるようになった。いわゆる団塊の世代だ。”

“高齢者向けの政府支出は人的資本への投資が少なくなり経済成長に
悪影響を与える。・・年金や医療の高齢者向けのものを充実させるので
教育費を低下させる。教育水準の低下によって、将来の日本の生産性
は大きく低下することになる。”

団塊の世代の1歩先行くわが身も、将来の生産性を低下させる一翼を
担ってるのかと複雑な気持ちになります。

政治家も選挙を考えるから、高齢者グループを軽んじるわけにはいき
ません。これでは日本の長期的な展望は開けません。

どうしましょうか?
まず団塊世代後の世代が選挙で投票率を上げること、世代を代表する
議員を国会に送りこむことです。

自民党の元首相の倅が国会議員ですね。
彼なんか与党の足を引っ張っているばかりでなく、若年層が将来的に希
望を持って生産性を上げていく政策を提言してほしいですね。

2012年2月 4日 (土)

プロ中の プロでないのが応対し

 23年の確定申告が来週から始まります。

自分の申告はいたって簡単、知人のパソコン入力のサポート
を含めて申告書の作成が終わりました。

昨日は、ちょっと分からない点があったので税務署へ電話で問
い合わせをしました。

電話をかけて自動応対指示に従い番号を押すと担当者がでま
した。まず、こちらの質問趣旨が理解されずて困りました。

2~3回の質問趣旨の説明後・・
その返答えがトンチンカン、まるで田中直紀防衛相見たい・・。

更に質問を繰り返すと・・
「ちょっとお待ちください」で誰かに聞いているみたい。
この繰り返しが数回続きました。

最後は・・
「お電話をかけ直して下さい。×番で担当者が出ますから」
腹が立ったねえ・・
「だったら最初から担当でない」と言えよね!と思います。

かけ直したら一発で解決。

そういえば年末に税務署の臨時職員募集をしていたっけ。
きっと最初に電話に出たのは臨時職員ですね。
かかってきた電話にオタオタした様子が目に見えるようです。



2012年2月 3日 (金)

雪国へ向かっていただく恵方巻

  今日は節分ですね。
馴染みがなかった恵方巻を食べることにも慣れました。

豆まきの後に北北西に向かって丸ごと食べました。
北北西は大雪で困っているわが古里の方角です。

雪が止むよう、事故がないよう、また早く春が来るように
祈りました。

1944年から1959年まで豪雪地帯で過ごした私は、雪のニュ
ースを聞く度にこの期間の冬を思い出します。
いつも卒業したらここから脱却したいと考えていたのです。

雪と言えば・・
雪下ろしも大変でしたが共同の井戸からの水運び(水道が
なかった)や共同風呂(家庭風呂などなかった)からの帰り
に凍りつく手拭、朝の雪かきなど辛かった思い出しかありま
せん。

時代は移り生活はすっかり便利になりました。便利さ故に
大雪には往生することも多いのでしょう。
それに高齢化で除雪もままならないことのじれったさ・・

当地の今日は、風もなく紺碧の空で、日陰に少し雪が残る
だけの風景、そんな街を歩きながらかの地に思いを馳せま
した。

2012年2月 2日 (木)

知らなんだ朝鮮王妃に歴史あり

 最近はじっくりとテレビを見ることがなくなりました。

でも今晩8時からのNHK-BSプレミアムの「歴史館選 略奪愛・毒殺・
大悪女“トンイ” “イサン”史実の王妃たちの悲劇 渦巻く権謀術数
と愛憎」は興味深く見ました。

朝鮮半島の歴史については高校の日本史で日本古代史と併せて朝
鮮古代史で学んだのと、社会人となって数冊の本を読んだ程度です。

中国の隣国として権謀術数渦巻く王朝が500年も続いたことも驚きな
がら、渦中にあった王妃たちの史実が具体的に描かれていて面白か
ったですね。

お隣りでありながら歴史も文化も考え方も異なることを改めて実感し
ました。機会があればもっとお隣さんの歴史を学びたいと思います。

2012年2月 1日 (水)

症状は政治習慣病と診る

 わが日本は糖尿病に罹っていますね。

国会では沖縄防衛局長の有権者リストを作成した問題が論議を呼
んでいます。

この問題は今度の宜野湾市長選だけでなく、これまで沖縄の防衛
に関係する選挙にはいつもあったという証言も多くあります。

そう考えるの方が妥当でしょう。

また聞けば、阪神淡路大震災の発生当時の政治対応の協議も議
事録がなかったとか・・

そう聞けば、これらは民主党政権独自の症状ではなさそうです。
自民党時代の感覚で動いた防衛官僚も時流を読めないお粗末だし、
追求する自民党も自らの播いた種をほじくるわけですね。

これまでの政治習慣がたまたま問題として噴出したと考えた方が妥
当ですね。こう考えると問題の根は深い!

個人には生活習慣病があります。糖尿病はその典型です。
これまでの生活の積み重ねの結果がこの病です。

日本の政治も老化現象でいわば糖尿病に罹っているんです。

個人は死んでおしまいだけど、国は子孫代々引き継いでゆかねばな
らなりません。

国も個人も下り坂ではさまざまな症状が出てきます。
さあ、どうやってこの国を再生させるのか?
それこそ、この情報化時代、世界から知恵を集めたらどうでしょうか?

その前に基本的には情報はすべて開示されなければなりません。

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

無料ブログはココログ

お気に入りの本