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2012年3月26日 (月)

政策を失敗させて腹を切り

  タイトルは江戸時代の切腹を書いた「切腹 日本人の責任の
取り方」(山本博文著:光文社新書)に載っている一項です。
少し長くなりますが引用させていただきます。

“会津藩元締役の長井九八郎は学問好きで秀才との評判だった。
文武両道で武士で藩の財政政策にも一家言を持っていた。努力
が認められ「不時金(予備費)貯えの取り計らい」を命じられた。”

“折から会津藩の財政は逼迫、藩主から九八郎にその打開策の
立案を命じられた。彼は考え抜き、藩札発行を立案し提出した。
家老たちも九八郎の案を了承、藩主の裁可の得て九八郎を責任
者として藩札を開始した。”

“いざ、藩札を発行してみると、諸物価の高騰、売り惜しみなど混
乱が生じた。いろいろ手を打ったが、いっこうに効果がでない。つ
いには偽札を作る者も現れた。”

“最初は九八郎の政策を喜んでいた藩士や町民・農民も、困窮に
つれ九八郎に憤りを感じるようになっていった。”

結果はどうなったか!
“九八郎は、藩札発行の責任を取らされ、切腹を命じられた”の
です。責任は取らなければならないのは家老だったのに!

著者は“武士は何の不正がなくても、結果責任で切腹を命じ
られることがあった
ということを強調しておきたい。”と結んでい
ます。

やらせてみて、失敗したら部下に責任を取らせることは現代でも
あると見るか、それとも別な見方があるかも知れません。
言えるのは「理不尽であろうとも結果がすべて」だということです。

私は現代の政治家も官僚も結果責任も果たしていないと思います。
切腹も覚悟で政策立案、実行をやる人が果たしているでしょうか?

今こそ「理不尽であろうとも結果がすべて」だと思います。
消えた年金、原発事故など誰も腹を切った者はいませんね。

ハラキリの精神を今に伝えてほしかったと思います。

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