また1人同世代逝く初夏の夜
私と同じ歳の男性が昨夜亡くなりました。ご近所さんです。
私が所属する自治会の班は18世帯ですが、うち7世帯が
高齢者の単身世帯になりました。殆ど先に逝くのは男性
です。同じ世代で同じ頃の入居、次は誰だろう・・。
さて、昨日に続いて「患者が身につけるべき作法 その9」
(2012年3月3日、朝日新聞「声」欄、渡辺佳夫氏より)です。
シリーズはこの作法9で終わりです。
作法9 「体が病み心までなえてきたとき、生き方が
問われていると自覚しよう」
抽象的な言い方でなく、開業医で死に至る大病を患ったこと
もある渡辺氏がどんな生き方を自覚したか知りたいですね。
2004年に交通事故で私は全治2ヵ月の重症を負いました。
道路端で救急車を待つ間、だんだん意識が薄れていきます。
この間、過去のさまざまな思い出が去来しました。
「俺の命もこれで終わりか! まあ俺の人生、まんざらでも
なかったな、でも残されたカミさんちゃんと生きていけるかな」
・・と思ったことを覚えています。
意識が戻って考えたことは・・
死は怖くない。むしろ生きる方が辛いということでした。
体に激痛が走っていたからです。
今回の癌告知を受けても気落ちはしませんでした。
人生は有限です。1人の例外もありません。
告知で改めて人生の有限を確認しました。
「身の回りの整理をせよ」との天の声かも。
事故後の8年間、十分人生を楽しみましたから・・。
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