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2013年7月29日 (月)

大小の中華おりこむ大ロマン

 「韃靼疾風録 上巻」(司馬遼太郎 中公文書)を読み終わりました。

舞台は東アジア、九州平戸武士の桂庄助と、平戸に漂着した韃靼公
主アピアとの大ロマン小説ですが、その歴史背景がなかなかおもしろ
いです。

時は、明朝が倒れて清朝に変わりゆく17世紀前半です。

上巻にはあまり紙面が割かれていませんが、朱子学を奉じる当時の
朝鮮(李朝)の状況が垣間見えて興味をおぼえます。
当時の朝鮮、きっと無益な議論が続いたことでしょう。
宗主国の大華の明が倒れたのですから当然です。

最近の韓国を見ていると、未だに儒教(朱子学)が身に染みているよう
か気がします。
「身内優先主義」、「村八分主義」、「上昇主義」、「差別主義」丸出しです。
自国の「歴史認識」だけがすべて正しい・・これなど典型例ですね。

「韃靼疾風録 上巻」の巻末に,明についてこんな記述がありました。

“皇帝は官吏を傭って統治組織をつくるだけで、王朝を成立させている
のである。王朝にとって民は、食餌でしかない。田畑を耕して王朝を食
わせ、機を動かして王朝に衣服を着せるのである。民にとって王朝が
王朝が忠誠の対象であった歴史は一度もなく、王朝もそれを期待した
ことがない。王朝が崩れようとするときには、民は鍬を戈にして、王朝
に対し病犬でも打つようにして打つ”

上文の一部の言葉を別の言葉に置き換えれば今でも通用しそうです。

下巻が楽しみです。

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