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2013年12月10日 (火)

鳴る風は消えた臓器の呼ぶ声か 今川乱魚

  今年9月に立ち上げたM川柳の会の指導者は千葉県のT川柳会
代表のE先生です。

そのE先生から「今川乱魚の歩み」という小冊子をお借りしました。
乱魚の句に興味を持っていた私にとのE先生のご配慮です。
乱魚はT川柳会を立ち上げ、そこのお仲間がE先生だったのです。

今川乱魚(本名 充)は1935年(昭和10)生まれ、2010年(平成10)に
胃癌のため亡くなりました。享年75

この小冊子で知った「癌と闘うーユーモア川柳乱魚句集」(新葉館版)
を読みました。(「お気に入りの本」参照)

冒頭のこの句から始まります。
  「癌告げる医師の消え入りそうな声」
  「生きるためなら病院のはしごする」
  「世の義理をすませて癌と対座する」

  ・・検査、手術、リハビリ、見舞い、思い出などの句が続きます・・
  「見舞いには日本銀行券がよし」 同感です。

最後は愛妻家乱魚の句です。(以下は小冊子に載っている句です)
  「妻愛す妻につながる人愛す」
  「妻に手を振ろう役者になり切って」

とてもユーモアと言えないでしょう。心の葛藤と愛の句かも。

私も自分の病気ではこんな句を作りました。
  「猶予付き死刑判決癌告知」
  「一瞬の間をおいてから癌を告げ」
  「自血採る自血自給の癌手術」
  「見せ合って傷口自慢露天風呂」
  「三月ごと命手形を書き換える」

今の私はこの最後の句の状態です。
こんな句から乱魚を紹介されたのかも・・。

来週に次の検査が待っています。

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