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2014年5月 6日 (火)

死ぬ山を目利きしておく時雨かな 一茶

  タイトルの句は一茶「七番日記」の、52才のときの書き留めの中に
入っていると「老いをたのしむ俳句人生」(金子兜太著、海竜社版)で
金子さんは書いている。

金子さんは、幼いときに出会った、目が見えない義太夫の女師匠との
会話として以下の思い出を紹介している。

“朝、いつものように、この初老の女師匠は、歯ブラシを使いながら
山空を見回していた。 (略) 山も空も見えないはずなのだが・・・。
  「お師匠さん、なに見てるんだい」
  「どの山あたりで死んだらいちばん好い気持だろうと、見くべてい
    るんだよ」
  「だってまだ死なないんだろう。それに、お師匠さんに山が見える
     のかい」
   「見えるさ、よーく見えるんだよ。あの山とこの山が、ここがいいよ、
  ここで死になよ、といってくれているんだよ」”

金子さんが一茶のタイトルの句を読んだとき、真っ先に女師匠のことを
思い出したという。
それに、一茶も女師匠も初老で、なおかつ天涯孤独だったという。

私は一茶のこの句を読んだとき・・
自分も「死ぬ山を目利きした」ことを思い出した。
だいぶ前に、古里信州の好きな山の1つを選んで墓地を買ったからだ。

女師匠はその後、行方がわからないという。
好きな山で死ねたらだろうか?

私は幸いにも天涯孤独ではない。
周りから見れば「いつの間にかいなくなっていた」の状態で静かに去り
たいものだ。

今の世では、「死」を語ることが忌み嫌われている気がする。
自分の年になれば「死も人生の一部」だと思わらざるを得ない。
臆せず死生観も語って行きたいと思う。

写真:朝の出会い、甘えるワンちゃん(ラブラドール・リトリバー

    Img_29561  

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