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2014年10月

2014年10月31日 (金)

古来より五福六極あざなえり

“中国人の伝統的な幸福感を示す「五福」は、『尚書』(書経)洪範によれば
1.長寿 2.富 3.健康 4.徳を好む 5.生涯を全うすることことである。

それに対して「六極」、六つの不幸は、
1.短命 2.病気 3.憂い 4.貧 5.容貌醜悪 6.意志薄弱”(「杜甫のユーモア
ずっこけ孔子」 膳前 宏著、岩波書店)

“「清」の字は、常識的にマイナス価値の文字と組み合わされて、その負の性
質を浄化する役割をもっているようだ。「貧」の反対概念である「富」と組み合
わせた「清富」は、一般的には用いられない。”(同書)

“マイナス価値の「貧」にはその救済のために容易に結びついても、もともとプラ
ス価値の」「富」にいまさら付加価値の「清」を添える必要はない。”(同書)

筆者はこれが中国の伝統的な思考ではないか・・と言っている。

さて、現在でもこの五福六極は中国で生きているのだろうか・・と考える。
長寿、健康、富は古今変わらず、中でも富が一番だろう。
徳を好むとは儒教の影響かも知れない。「万民同胞相和して」ではあるまい。

幸不幸には「神」または宗教のかけらも見えない。
五福の5、6を除いて六極(不幸)も実に現世的な価値観だ。

中国文字から見た国民性の分析もなかなかおもしろい。

2014年10月30日 (木)

水に乗り流れるように一人旅

 今日も素晴らしいお天気だった。しかし明日からお天気が下り坂とか・・。
こんな行く秋を惜しんだわけではないが、暖かい日差しに誘われて出かけた。

同じK市内だが、数年前に合併した旧S町地域でK市の東部地域に当たる。
東側は江戸川で隣県と接して、田園と大河とが見事な自然を織りなしている。

市が新たに配布した幾つかのウォーキングコースのうち、最長のコースを選
んだ。距離は17kmとある。M駅から出発し同じ駅に戻る。折り返し点は大凧
会館(大凧を江戸川河川敷で揚げる行事のための会館)だ。

樹齢400年の椋の木を見て、3kmに及ぶ桜並木(もちろん花は咲いていないが)
と田園の中を抜けて大凧会館へ。ここまで約2時間。生憎ここは工事中だった。

大凧会館からは江戸川右岸の堤防上を歩く。快適なサイクリング道路だ。
龍Q館までの約4km、ゆうゆうと流れる江戸川の水が旅の友だった。

今日の総歩数(朝の歩数も含む)約33000歩、歩行時間は約5時間だった。

 写真:蓮花院の椋(樹齢400年、幹回り6m、高さ27m) 
    Img_3236 

 写真:江戸川
    
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2014年10月29日 (水)

雪便り当地は鴨が寒さ告げ

  今朝も一段の寒さを感じた。
青森県の温泉地では積雪が20cmあったとか・・。

定刻に散歩で出た。気温は低いが風がない。日の出が素晴らしい。
白化粧した富士山も眺められた。カモが迎えてくれた。(下の写真上)


昨日の朝日新聞夕刊のコラムと写真に目が行った。
「幻風景」と題した写真家丸田祥三氏撮影の「大正時代の医院」と説明
文だ。国登録有形文化財の「旧五十嵐歯科医院」という。(下の写真下)

今年の7月17日から2泊3日で旧東海道三島宿から島田宿まで歩いた。
中日の18日は吉原宿(富士市)を出発して、次の宿場が蒲原宿でここに
あるこの旧歯科医院を見学した。ボランティアから丁寧な説明を受けた。

なぜ、この記事が目を引いたか・・
あの古い木造家屋が、プロの腕にかかると全く別のものになると言うこと。

記事の部屋は確か2階の診察室に続く患者待合室だったはずだ。
ガラスは表面に凸凹が目立つ古いもの、建築時のままだという。

私が入った時は曇りで部屋の古さばかりが目立ったのに・・。
こんな写真の何分の一でもいいから撮れたらいいね。

    Img_32341

    Img_31071

2014年10月28日 (火)

情けなやこんな輩のまつりごと

  買物のついでに最近できた回転寿司にカミさんと寄った。
まだ正午には十数分あるのに、食事を待つ人が十数人もいた。

前回も平日の同じ時刻頃だったが、その時は待たずに着席できた。

2人で計12品、税込みで千円未満、うち2品はチラシのお陰で無料だった。
安くておおいに結構だ。多数のお客さんはチラシが動員したかも知れない。

前回も確かチラシが配布されていたはずだが・・と、妻に話した。

カミさんの話では・・
最近の物価上昇で庶民はサイフの紐を締めてきているのではないか。
それに消費税10%が待っている。そんな危機感が消費行動に表れて来て
いるのではないか・・いう。

そうかも知れない・・、そしていつものように政治の貧困を嘆くこといなる。

この頃の政治とカネの問題、原因を秘書や死んだ女房のせいにする。
政策に関係ない観劇やうちわやSMバーに訳のわからぬカネを使う。
自分の政治活動費の管理もできなくて原発再稼働をするとか、まして
将来の有力な総理候補とは聞いて呆れる。

議員定数削減も実行しない。
国民に先んじて削減していた歳費を元に戻す。

こんな議員や内閣に増税をきめる資格があるのか!・・と嘆いても
結局は自分らが選んだ輩だ。選挙でお返しするしかない。

われら高齢者、ますます財布を締めることになりそうだ。
野党もしっかりしてもらいたい。
国民の選択肢の範囲を狭めてほしくないから・・。



2014年10月27日 (月)

節々に三日遅れの疲れ出る

  奥州道中歩きから今日で三日目、全身の節々に痛みが出た。
疲労が数日遅れて出るというのは・・歳をとったということだね。

足には筋肉痛は出ていないが腰から上の節々が痛い。
特に前屈み、首回り、手を上げることなどが辛い。

毎日歩いているので足はそれなりに鍛えられているのだろう。
痛いのは日頃使わない筋肉が使われた結果だと思う。

長時間歩くことは、全身運動にもなっている証なんだね。
これからも続けて行こうと思う。


来月の川柳会、課題句の締め切りが昨日だった。
会員の3割近くが私の寝た後の22時過ぎの着信だった。

それだけお題の「頭痛」が難しかったか、締切直前の駆け込み作
句だったのだろう。

以前は今か今かと句を待っていたが、最近は気にしないで寝るこ
とにしている。「情報は寝て待て」だ。

今朝のメールを開くのは楽しかった。

2014年10月26日 (日)

古来稀作った杜甫は四十七

 本(「杜甫のユーモア ずっこけ孔子」興膳 宏著、岩波書店)を読んでいたら
こんな文章に出逢った。
“有名な杜甫「曲江」の「人生七十古来稀なり」は、詩人四七歳の作である。”

七十まで生きた詩人は少なかったから、四七歳の杜甫から見ても七十までは
はるか遠い年月だったはずだ。杜甫は五九歳で死んでいる。
実感はしていなかったわけだ。

ところが例外があって、唐代の詩人、白楽天は七五歳まで生きたという。

“白楽天の詩、「趙村の杏花に游ぶ」には以下の文がある。
  趙村の紅き杏は毎年開く
  十五年 看ること幾廻ぞ
  七十三の人は再び到り難からん
  今春来たるは 是れ花に別れんとして来たる”

本書によれば、現在なら90歳の老人の境地だというが、七十を過ぎた身には
実感として迫って来るものがある。

古希の由来は忘れて白楽天の方を活かしていこうかな!
花を人に読みかえれば「一期一会」になるはず、90歳はムリだからネ・・。

2014年10月25日 (土)

那須野原四歳の孫芋を掘る

   昨日は那須野原を歩いて来た。

今日は孫一家が那須へ芋掘りに行っているそうだ。
娘からカミさんへ下の写真を付けてメールを送って来た。

那須と言えば那須岳方面しか知らなかった私、東側に広がる

広大な扇状地には豊かな湧水と豊穣な農地が広がる。
昨日はこの地を自分の目で見て来た。

そんな農地で芋を掘っているんだね。

何かのイベントらしいが詳細はわからない。

お天気は上々、芋掘りには最適だったようだ。
元気でなにより!気をつけて帰って来てね。

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2014年10月24日 (金)

昔より今の課題が迫る旅

  昨日のブログに予告した旅を実行した。

奥州道中の喜連川宿から大田原宿までの約18kmを歩く予定で家を出た。

今年5月10日に宇都宮宿から喜連川宿(約25km)を歩いたからその続きになる。

JR宇都宮線氏家駅着が7時13分、7時35分のバスで喜連川本町7時52分着
わずか17分の乗車で520円。地方の民営バスは高い、乗客は4~5人だった。

前回寄らなかった龍光寺(喜連川足利家の歴代墓所がある)へ行く。
喜連川藩は足利尊氏の流れを汲む「古河公方」の格式を誇り、徳川幕府も参勤
交代の義務を免除するなど、普通の大名と別格の「賓礼の扱い」をしていたという。


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喜連川宿はずれの内川を渡って11.2km先の佐久山宿を目指す。
この区間、案内書には史跡の類は一切記載がない。ただひたすら歩く。
古道が全部舗装道路に埋まっているわけではないはず。
例え一部でも昔道があればいいのだが案内書にもそんな記述はない。

2時間半歩いてさくら市(合併で喜連川はさくら市に)から大田原市に入る。
写真右側の道路が奥州道中だ。こんな道が延々と続く。

Img_3216

ここから更に1時間歩いて佐久山宿着。
思ったより人家が多い、ただし人影が見えない。たまにいる人は高齢者ばかり。
町はずれの箒川の河川敷公園で昼食を摂った。写真は佐久山下町の通り。

Img_3217

佐久山宿から2時間で大田原市内を抜けて大田原城址着。ここまで29000歩だった。
途中、間宿だった八木沢宿(大きな家が多かった)を過ぎるとまっすくな1本道。
先の大戦前は3kmに及ぶ松並木だったそうだが松根油のため伐採されたそうだ。

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 Img_32291

今回のウォーキング旅行、史跡より今の地方の課題を感じた旅だった。
まず、道路はどこへ行っても立派だ。しかし、高齢化が著しい。車がなければ生活
できない。買物、病院への通院など高齢の単身者には厳しい環境が迫っている。
過疎化でバスの本数が減り、しかも料金が高い。それも乗客はごく僅かだ。

大田原市内は市営バスが循環していて便利だが、市内で目立つのは車ばかり。
恐らく買物客は車で大型店が集積する地区へ出かけるのだろう。商店街には人気
がない。

帰路はバスでJR西那須野へ出た。
広大な工業団地は更地のまま、目立つのは赤十字病院ばかり。それに広い道路。

いっそ、首都圏機能をここ那須野ヶ原へ持って来てはどうだろうか?
水も豊富、空気も旨い。情報通信が発達で何も全部が東京一極でもあるまい。

こんなことを考えながら上野行きの電車に乗った。
この日の歩数は35500歩、経費は全部で4,603円だった。

2014年10月23日 (木)

待っていた明日は秋晴れ出かけねば

  今日も気温が低く雨もよう、陰鬱な日だった。

明日の予報は秋晴れだ。そろそろ出かけねば体がナマってしまいそう。

そんなわけで急遽、明日は出かけることにした。

近くのJRの駅へ出かけ、往復で200km以上となる乗車券を買って来た。

明朝5時過ぎの始発電車に乗り、バスを乗り継いでから約20km歩く。
歩き終わって、バスと電車を乗り継いで帰宅するプランだ。

気分が変わればコースを変えればよい。その程度の気楽な旅だ。
多分、歩数は3万歩を超えるはず、日頃の歩きが報われればいいが・・。

どこへ行くかって?
それは明日のブログでご報告します。

2014年10月22日 (水)

しとしとと一雨ごとに肌寒く

  今日は雨、予報どうり日中には気温が下がって来た。
明日も雨だという。 肌寒さをひしひし感じる時節となった。

自室の机の回りを毛布で巻き、炬燵の発熱部分を足の下に入
れて暖をとることにした。頭寒足熱で快適な書斎(?)になった。

民放ラジオを聴きながらこのブログを書いている。

水曜日、この日の公募時事川柳の特選句は満票でこの句・・
  「女運オレもないけどないよなあ」

ご存じ「女性が輝く社会」が内閣で躓いたんだね。
選者評は「わが身に引き比べた女運」が珍しい・・とか。

お隣さんでは女将軍を揶揄したチラシを撒いたら逮捕されたとか、
権力を握ると女性も横暴になるんだね。記事はこちら

2014年10月21日 (火)

身体の計測数値下げ止まる

 年に1度の健康診断の結果が出た。
かかりつけの医師から懇切丁寧な説明を受けた。

身体計測(身長、体重、BMI)はここ数年大きな変化なし。
身長は最高時に比べて約3cm縮んだ。加齢による縮みが止まったなら
喜ばしいことだ。

他の数値も概ね一部を除いて許容範囲に収まってとのこと。

昨年、肺がんを疑われた肺の陰影、今年も同じ場所に見受けられたが
4人の医師が写真を見て話し合った結果、悪さが拡大していないので
がんではないかも・・とのこと。(かかりつけ医師も4人のうちの1人)
フィルムを見せられて影を指摘されたが素人には全くわからなかった。

LDLコレストロール値が灰色だった。これも観察中にする・・とのこと。

長年生きてくればいろいろあるのは当然、神経質になっても仕方ない。

現在、大学病院で術後観察中の検査数値も提供して、今回の検査結果
と合わせた総合的な健康管理についてかかりつけ医師の意見を聞いた。

大学病院の検査時に担当医師にどんな質問をしたらいいか・・と聞き貴重
なアドバイスをいただいた。

医院には夕方の空いた時間に行くといいね。
ゆっくり医師と対話ができるから。


2014年10月20日 (月)

お祝いが自転車になる誕生日

 娘から孫の写真を送って来た。(下の写真)

4歳の誕生日に祖父母からもらったお祝いで自転車を買ったという。
そのお礼に添えて送られてきたスナップ写真だ。

どこかで自転車に乗ってみていたく気に入ったらしい。

つい先日、生まれたばかりだと思ったらもう自転車に乗るという。
成長の速さに驚くばかりだ。

狭い道、頻繁に通る車、練習には気を遣うと思うけど気をつけてネ  
   
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2014年10月19日 (日)

鉄道のレールに響く歴史あり

 鉄道会社の博物館主催の文化サロン(講演会)に出席した。

明治中期創業時は、現在の支線が本線だったこと。
旅客需要よりも貨物輸送が目的だったこと。
今次大戦の空襲による被害が甚大だったこと。
高度成長期に合わせた輸送態勢に寄り駅名、駅舎も整備されて来た。
   ・・などビジュアル説明を受けた。

この支線、直接に私の生活に関連ないがそれなりの勉強になった。

講演会場としては一工夫ほしいところだ。

会場へのアクセスは主催者側が交通事業者だから問題はない。

音響効果が不十分で講師の話がハッキリと伝わらない。
せっかくのビジュアル効果も効果半減、残念だった。

昔日を懐かしむ聴衆は殆ど高齢者、これなら平日開催もお考えいただ
く手もありそう・・だった。

主催者が鉄道事業者、固いことはレールの如し、仕方ないか?

2014年10月18日 (土)

あまりモノ部屋に受け入れ気分換え

 寒さが感じられる頃になった。

カミさんの提案で普通の食卓をいわゆる炬燵テーブルに取り替えた。
組み立ててさっそく使ってみた。確かに暖かい。正解だ。
キッチンを追い出された旧食卓、このままだと500円でゴミ処理場行きだ。

そこで思いついたのが、わが部屋に引き取れないかということだった。
部屋の家具の配置替えもして気分も一新したい思いもあったからネ。

その結果、不要になった家具を処分すればよい・・と、すぐ実行!

結果はご覧のとおりで、4.5畳(下の写真)の部屋は機器類、机、書棚、洋
服ダンスでイッパイになってしまった。

旧食卓を部屋の真ん中に、この上にはノートパソコンと筆記具だけ。
本を読むなどパソコンが不要な時は、パソコンを前へずらせば良い。
椅子に座ったままデスクトップパソコンやプリンターが動かせる。

正面は一間続きの六畳で寝室に使っている。そこのテレビも良く見える。

困ったのは、床がケーブルで足の踏み場もなくなってしまったこと。
いよいよ無線ランを考えなきゃいかんかな・・と思う。

まあ、しばらく使ってみることにしよう。
   
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2014年10月17日 (金)

これがまあ二世議員のお足元

 小渕優子経産相の政治資金収支報告書が問題になっている。

議員の脇が甘いといえばそれまでだが・・
本人は二世議員、政治とカネの問題については少なくとも素人では
ない。父親の跡を継いだならそれなりのノウハウも継いだはずだし、
また、適切にバックアップうる番頭さんがいるはずだが・・と思う。

数千万の収支が合わないなんて誰もチェックしなかったのかね。

ご自分の家計収支は管理できても、後援会管理ができないでは、
この複雑な経済環境の中で経産行政の舵取りができるわけないが
ないよね。

それとも大臣なんて所詮官僚組織の飾り物、女性活用とかで目玉
になれば・・と、彼女は当座の間に合わせだったのかな。

もう一つ・・
日本は相変わらずの政治風土だと思う。
政策論をそっちのけで観劇会とは情けない。親族企業からの物品
購入など政策論議などと一切関係ない。

議員が掲げる政策に同調して議員をバックアップするのが後援会
だ。こんな議員どもに政党助成金など国民の血税を交付するなん
100年早い。

・・こんなな政治家(政治屋か)を作りだしているも、国民のレベル
が低いからだからかも知れない。反省しきり!

2014年10月16日 (木)

退いて見る世の中の面白さ(井上信子)

  「道頓堀の雨に別れて以来なり<」中>(田辺聖子著、中公文書)を
読み終わった。
正直、文庫本とは言え600頁を超える本を読むのは大変だった。

それでも本書に登場する多くの方々の集合離散は、それぞれドラマが
あり、頁をめくるごとに新たな展開があって読み応えがあった。
これだけの資料を集めてまとめられた著者に敬意を表したい。

川柳結社も個性ある柳子の集まりだから、集合離散はごく自然なこと。

この中巻では、戦争の足音が迫り来る時勢、鶴彬の死に象徴される言
論の抑圧と不景気、息苦しい世の中だった。川柳界も例外ではなかった。

中巻では大柄、大声で面倒見のよかった井上剣花坊の死が目立つと思う。

タイトルは剣花坊の妻、信子さんの句。

時代が代わり高度成長を支えたと自負している世代も老いた。

退いた世代から見た今の世の中も面白い。

昨日のセミナーによれば2100年には日本の人口は4959万人になるという。
長生きすれば私の孫娘も行きているはずだ。

あと90年後、あの世で孫と出会ったらどんな社会を生きたか聞いてみたいネ。

2014年10月15日 (水)

一筋といふ道いつも遥かなる(三太郎)

  野村総合研究所(NRI)のフォーラムを聴講した。
名づけて「NRI未来創発フーラム」、会場は東京国際フォーラムだった。

興味深ったのがパネルディスカッション「創り拓く 私たちの未来」。膳場貴子氏(元NHK
アナウンサー)の司会で石黒浩氏(ロボット研究家)、田中浩也氏(ものづくり施設「ファブ
ラボ」日本発起人)、古田敦也氏(野球評論家)、金惺潤氏(野村総合研究所上級コンサ
ルタント)の4氏がパネラーだった。

年齢は古田氏が49歳で最年長というから30歳台後半から40歳台といったところだろう。

話を聞いて思ったのが、当ブログのタイトル(川上三太郎の句)だ。

それぞれの専門分野における造詣の深さと思い込みはさすがだと感じた。
未来社会への貢献についても専門家らしく控え目で地道な努力家らしい発言だった。

もっと未来社会での哲学的なお話も・・と思ったがこの年齢層ではムリかも知れない。

印象に残ったのは「今の若者はしっかりしている」、「未来はだれにでも確実に来る」の
言葉、いつの時代でも「今の若者は・・」言われてきたからね。期待しているよ!

人生の後輩たちは案外しっかりしているようだ。
奇想天外な未来予想もあっても・・と思ったが、それは欲張りかも知れない。


2014年10月14日 (火)

舞い上がる木の葉飛び込む口の中

  台風19号、昨夜から今朝にかけて当地を通過した。 

前回の18号に比べて勢いはなかったような気がする。 

雨は早朝に上がったが日中は風が強かった。

出かけたついでに1周約2kmの遊水地を2周して来た。
台風の影響で昨日、今日と歩いていないんだ。

半周ごとに風の向きが変わる。向かい風になると辛い。
風を遮るモノは何もないから吹きさらしがモロに当たる。

後半の向かい風で、顔に何かが当たった。

風で飛ばされた木の葉だった、半分空いた口に葉っぱ
が入ってしまった。

目でなくてよかった。

2014年10月13日 (月)

許さない民主国家の後戻り

 元産経新聞ソウル支局長が朴大統領への名誉棄損容疑で在宅起訴されたという。
これに対する意見は報道されている通りだと思う。

この背景にある隣国の歴史・文化を勉強しなければ相手を理解できないだろう。

「韓国人による沈韓人」の著者、シンシアリー(仮名)氏のブログ「シンシアリーのブログ
でその一端を垣間見ることができる。

今日13日の記事「ネット・SNS監視、更に強化か」、正直に言って民主主義国家のやる
ことか!・・と思う。
翻って、わが国でも秘かに監視していないか気になる。
絶対に後戻りさせてはならない。

また、上記の直前記事(同日付)の「1985年の嫌韓(?)本」がおもしろい。

現大統領の父、朴正煕元大統領はこんな見方をしていたという。
  「(韓国の)五千年の歴史など退行と粗雑な連鎖だった」

生半可の知識で心苦しいが、様ざまな本を読んでみても上記の見方は間違っていない
気がする。

お互いに自国の歴史を冷静に見つめることから進歩がある。
ねつ造を重ねた歴史、歴史教育からは不毛な摩擦しか生まれない。

残念だが真の日韓関係は生まれないようだ。

2014年10月12日 (日)

歳重ね丸くなるより固くなる(福田久也)

  タイトルは「還暦川柳」(全国老人福祉施設協議会編、宝島社)の掲載句だ。
作者の福田さんは75歳だ。(「お気に入りの本」に関連記事を掲載予定)

私は福田さんより数歳若いが、それでも年々体が固くなって行くのを実感する。

性格も、頑固になって怒りっぽくなって行くのがわかる。

丸くなるのは背中だけ・・、情けないけど自然の成り行きだから仕方なし。

体の固さはストレッチやウォーキングなどで若干進行を遅らせることができる
かも知れないが、性格は自分で意識して抑制しないとトラブルを起こす。

歳をとると性格が丸くなるなんて嘘っぱちだね。まるで逆なんだから・・。

さて、数日前から喉が痛く、また咳が止まらない。
風邪を引いたようだ。

こんな時は早く寝るに限る。
風邪薬の飲んだ。読みかけにジジババ川柳本をナルホドと思いながら寝ると
しょう。

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2014年10月11日 (土)

読みながら更に野球が好きになり

  1日中、テレビで野球漬けの日だった。
併せて本2冊を相互に読みながらの観戦だった。

チャンネルをBS101と102を適当に替えながら試合をライブで観る。
併せて本も楽しむ。何年も前には想像もできなかったことだ。
贅沢な時代に生きているんだ・・と改めて思ったね。

午前中に米メジャーのロイヤルズ対オリオールズの試合、午後からは
クライマックスシリーズのセパ各1試合、計3試合を楽しんだ。

日本のプロ野球で応援しているチームはレギュラーシーズンで4位以下
だったので、今日の試合で熱狂することはなかった。

米メジャーは当然、青木がいるロイヤルズを応援している。
この試合もハラハラドキドキ、リードしては追いつかれ延長戦へ。
8対6でロイヤルズの勝利だった。 それにしても米のパワー野球は凄い!
青木は出塁して代走に替えられてしまった。最後まで出してほしかったね。

日本のCシリーズではセが阪神が広島に1-0で勝利。
パ(オリックス対日本ハム)は今、9回表日ハムの攻撃中、6-3で日ハム
がリードしてる。

セパではどっちが面白かったかと訊かれればパリーグの試合だね。
やはり打ち合った方がオモシロイから。


2014年10月10日 (金)

昼間見たトイレが語る高齢化

  所用で出かけた先のこと。

駅前のトイレに入った。
考え事をしながらトイレに入る時、うっかり間違えて女性用に入ってしまうこ
とがある。もちろん慌てて飛び出すのだが・・。

今日も確認したつもりだったが、入口に近い場所に高齢の女性が立ってい
た。ビックリして確認したらやはり男性用だ。

よく見ると、ご婦人はやはり高齢のご主人に付き添っているらしい。
大のトイレに入ったご主人をドアを開けてまま心配そうに覗いていた。

そしてご主人に向かって盛んにクレームをつけている。
多分、用足しに入って来る男性たちに言い訳をしていたのと思う。

夫婦で出かけなればならなかった理由があるのだろうネ。
近くに夫婦で心置きなくケアし合える身障者用トイレがなかったのは残念だ。

平日の昼間に見かけるのは殆ど高齢者だ。

わが身の近未来を見るような風景、最後までシモの処理は自分でしたい
ものだ・・と改めて思った。

2014年10月 9日 (木)

喧嘩ゴミ埃立てずにそっと捨て

 10月3日の川柳会の天の句(特選句)に選ばれたG氏の句は
  「掃除機が吸い込む朝の痴話喧嘩」(10月4日のブログに掲載)だった。

作者のG氏に連絡することがあったので以下の句をつけてメールを送った。
  「吸い込んだ喧嘩のゴミをそっと捨て」

今日、G氏から折り返しメールをいただいた。内容は・・
G氏宅の夫婦喧嘩の収め方は、自然に会話できるように数日待つか、ケー
タイメールで謝るかしている・・とのことだった。

いずれにしても「そっと捨て」ているのは間違いないとのこと。

G氏のこの返信を五七五で表現したらどうなるのだろうか、考えてみた。
 「喧嘩ゴミ埃立てずにそっと捨て」・・なんてどうだろうか。

jokeにはjokeで返していただいても良かったのに・・。


2014年10月 8日 (水)

関東の北部各県魅力なし

  夕方のラジオでも伝えていたが、ブランド綜合研究所が調べた「都道府県
魅力度調査」(調査対象者は20歳~60歳、31433人)によると関東北部各県は
軒並み低ランクだった。(調査結果の詳細はここ

栃木県:41位、群馬県:44位、埼玉県:45位、茨城県は最下位で47位だった。

ちなみに1位:北海道 2位:京都 3位:沖縄 4位:東京 5位:神奈川だった。
千葉は18位だ。

自分が住む埼玉県、他県に比べて確かに魅力がない。
温泉も少ないし、魅力的な観光地も少ない。
茨城県に替わって最下位でも不思議はない。

東京の通勤圏だから住宅地が拡がり観光立地とは言い難い。

ラジオのコメンテーターを言っていたが・・
逆に低ランクを売り物にして何かできないか・・と思う。

東京から日帰りで徹底的に楽しめる施設、自然、食べ物、イベントなどなどを
地域毎にまとめてできないか・・と考える。

少子高齢化社会だから、例えば対象者を高齢者に絞り込んでいい。

私が住む埼玉県東部には、孫が訪ねて来ても一緒に遊べる所が少ない。

2014年10月 7日 (火)

もの聞けば心縛れる秋の風

  今朝の朝日新聞に「耕論 スルーする力」に3氏の記事が載っている。

最近、何だか世の中が息苦しい。何か言えば揚げ足をとられ、たたかれ、
ネットで炎上する。重箱の隅をつつくような言葉はスルー
して、もっと自由
になれないだろうか”・・という問いに対する意見だ。

ご意見は全てごもっともだ。気に入った部分だけを抜き出して教訓としたい。

まず、マキスタスポーツ(ミュージシャン・俳優)さんからは・・
“世の中はほとんどはグレーで、白か黒かなんて決められない。でも、冷
静に思考するのはめんどうくさい。白か黒かの正論からは逃げた方が楽”

“いまは、知らないくてはいけない情報が多すぎる。・(略)・別にすべてを知
らなくてもいいんじゃないか。・(略)・自分が責任を持てる、分相応のコミニュ
ケーションをしていく。”

千葉雅也(哲学者・立命館大准教授)さんからは・・
“「接続過剰からの切断」が必要だ。”

“互いの違いを認め、部分的にスルーできるくらいの関係多元化が必要”

“「人生は、あきらめからあきらめの旅」”

片田珠美(精神科医)さんは・・
“攻撃的な人には5つのタイプがある。”

“まずはよく観察する。自己愛か羨望か、利得か、相手を見極めたうえで、
できる限り接触を避ける。それでも攻撃が続くようなら反撃する。できればユ
ーモアの力を借りて黙らせる。”

そう言えばこんな句があったっけ「ももよの川柳」より)
  「相槌をうって様子を見ることに」
  「聞き流すことも大事な耳の役」

2014年10月 6日 (月)

台風も孫もあっさり通り過ぎ

 台風18号による昨夜来の雨も正午過ぎには上がった。

テレビが伝えるほどの大型台風とは思えなかったが、近隣で
大きな被害がなかったのは喜ぶべきことだ。

午後、土曜の夜から来ていた娘と孫が帰って行った。
この日の午前中は、妻と娘のおしゃべりタイムでジジイが割り
込む余地はなし。

女性たちの会話中、数時間、孫娘の相手をした。
お絵かき、おもちゃ遊び、レスリングまがいの取り組み、シャボ
ン玉遊び、ままごと遊び(写真)・・などなど。

そして母親とあっさり帰って行った。急に静かになった。
 「来たときと同じ嬉しさ帰るとき」(詠み人知らず)・・を実感。
   Img_31971

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2014年10月 5日 (日)

台風の雨が客呼ぶ日曜日

台風18号が近づいて来る。
まだ、関東地方からは遠いが雨だけはしっかりと降っていた。

昨夕、長女が娘(わが夫婦の孫)を連れて里帰りして来た。
婿が旅行とかで留守で、その間に里で骨休めをしたいらしい。

今日は・・
娘に頼まれて車で30分ほどの大型ショッピングセンターへ買物
に行った。
片側2車線の国道、内側を走ると溜まった水を跳ね上げて大き
な水飛沫が上がった。

さて、ショッピングセンターに着いたが駐車場探しが大変!
店の入口に近いところはすべて満車。
仕方なく離れた場所へ。そして傘をさして大雨の中を店へ歩いた。

店内は人々々でイッパイ!
ちょうど、昼食時間でもあり、特にレストラン街が込み合っていた。
小さな子どもたちも多い。雨だから大型店へ行こうという家族が
多いと娘がいう。多分室内遊園地はイッパイだそうだ。

わが夫婦、娘と見方が違う。
シニアから見れば、こんな日は家でユックリがベストなんだ。
でも、孫のモノを買いたいと聞けば運転手として動かざるを得ない。

弁当を買って早々に帰宅した。
やはり自宅が1番いい。


2014年10月 4日 (土)

付箋つき淋しく戻る片思い

  昨日はM川柳会の10月句会だった。

帰宅途中でハプニング(10月3日の記事)があったので川柳については
今日の記事にした。

タイトルの句はお題「手紙」で私が発表した句だ。
互選だったのだが参加者の評点は低かった。

逆に指導のN氏からは2番の評価をいただいた。
いただいたコメントは「まとめ方がうまい、あれから40年・・・」

N氏は「付箋つきとあるから宛先不明で戻ったんでしょう」・・と言った。
実は・・、「料金不足」だったんだね。恥ずかしいから黙っていた。

それに・・
「あれから40年」とのコメントだが、実は・・50年なんだ。

どう解釈しようと勝手だから、何も改めて訂正を申し入れることもあるまい。

ちなみにN氏による最優秀句は・・
  「封切ってギフトカードは先に読む」(しげや)

N氏が選者である「自由吟」(お題は自由)は・・
  「掃除機が吸い込む朝の痴話喧嘩」(ぎょうせい)

いよいよ来月は吟行会だ。
おもしろい句を作りたいね。


2014年10月 3日 (金)

連絡がつかぬ車内の困りごと

 今日は川柳句会の日、帰宅途中での出来事。

電車が駅に停車する寸前、白杖の目が不自由な男性乗客が車内で倒れた。
倒れた乗客は口から泡を吹いている。午後3時半頃の乗客は少ない時刻。
礼服を着た年輩の紳士だ。

乗り合わせた私を含む数人で乗客が助け起こした。
聞けば電車が今止まろうとしている駅で降りたいという。

他の2人の乗客で彼を支え、私は電車のドアを押え車掌に大きく手を振って
知らせようとした。10両編成の前から3両目あたり、無情にも笛が鳴って電車
は動きだしてしまった。良かったのは、彼は歩けることは問題ないらしいこと。

次の駅は私の乗り換え駅だ。そこで彼も降ろして駅員に知らせて彼を下車予
定駅に送り届けけてもらうことにした。

次駅着、ホームのベンチに座らせ駅員に通報した。そして処理を見届けてか
らその場を離れた。

思ったこと・・
長編成の電車内でトラブルが発生しても車掌に連絡する手段がない。

各車両に非常停止装置がついているが、走行中の電車を停めていいかどう
か乗客が判断するのは迷いがある。今回も次の駅で対応してもらえばいいん
だ。したがって車掌から次の駅へ連絡が行けばよい。

最近はホームに駅員を見かけることは殆どない。

乗客の安全がなおざりにされている部分だね。
走行中に車両内から車掌へ通話できる装置は付けられないか?・・と思った。

彼は無事に帰宅できたかな、困った時はお互い様だから・・。

2014年10月 2日 (木)

今死ぬるドアを看護婦間違へず(水府)

 「道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家岸本水府とその時代 <上>」
(田辺聖子著、中公文庫)を読み終わった。「お気に入りの本」参照。

575頁におよぶ部厚い文庫版、作者の思い入れがわかる本だった。

川柳作家岸本水府といえば、明治末から大正、昭和期に活躍した川柳作家
で、いわゆる川柳の六大家の1人だ。

大阪の川柳結社「番傘」と、川柳に生涯を賭けた盟友たちを描いた伝記巨編。

この上巻は水府の若き妻勝江の死で終わっている。

勝江は数え19歳で長男を出産後、産褥から離れられず亡くなってしまった。
1920年(大正9)7月3日だった。

そして・・
 「悲しみと大暑にぢっと浸るなり」

 「水の都のその夏のひとり者」
この句で上巻は終わっている。

2014年10月 1日 (水)

人生もひかりのように半世紀

 10月1日、幾つかのニュース項目の中に東海道新幹線開通50年周年が
入っている。1964年の今日、新幹線の東京~新大阪間が開業した。

私はこのニュースを職場で聞いた。新卒で就職して半年目だった。

新幹線に初めて乗ったのはそれから2年後、新しい職場へ異動して大阪へ
出張した時だった。速さと快適さで驚きの声を挙げたのを覚えている。

開業2年目(1965年)からは巨人軍の9連覇が始まった。

日本経済も勤務先も右肩上がりの勢いだった。給料も大幅に上がった。

あれから50年・・
世の中の動きはご存じのとおりだ。
考えてみれば自分の社会生活もほぼ新幹線と並行して走ってきたようだ。

新幹線網も広がった。進学で古里から上京したとき7時間半かかった移動
時間は、今わずか2時間余り、それも2015年3月からは更に縮まる。

永遠に事故がなく安全な国民の足であり続けてほしいネ。

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