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2014年10月26日 (日)

古来稀作った杜甫は四十七

 本(「杜甫のユーモア ずっこけ孔子」興膳 宏著、岩波書店)を読んでいたら
こんな文章に出逢った。
“有名な杜甫「曲江」の「人生七十古来稀なり」は、詩人四七歳の作である。”

七十まで生きた詩人は少なかったから、四七歳の杜甫から見ても七十までは
はるか遠い年月だったはずだ。杜甫は五九歳で死んでいる。
実感はしていなかったわけだ。

ところが例外があって、唐代の詩人、白楽天は七五歳まで生きたという。

“白楽天の詩、「趙村の杏花に游ぶ」には以下の文がある。
  趙村の紅き杏は毎年開く
  十五年 看ること幾廻ぞ
  七十三の人は再び到り難からん
  今春来たるは 是れ花に別れんとして来たる”

本書によれば、現在なら90歳の老人の境地だというが、七十を過ぎた身には
実感として迫って来るものがある。

古希の由来は忘れて白楽天の方を活かしていこうかな!
花を人に読みかえれば「一期一会」になるはず、90歳はムリだからネ・・。

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