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2014年11月 6日 (木)

「鉄が散る歴史の中の小田夢路」水府

 「道頓堀の雨に別れて以来なり<下>」(田辺聖子著、中公文庫)を完読した。
1300頁に及ぶこの大書、川柳に生涯を賭けた岸本水府とその盟友たち・・の
足跡は興味深かった。

下巻で特に印象に残ったのは水府を支えた小田夢路と小島祝平だった。

小田夢路は広島に帰省中に爆心地から500mの地で原爆死、母と春葉女さん
と、その間に生まれた5歳の娘も一緒だった。

この本の原爆を詠んだ句の数頁は、今読んでも胸が痛む。
余計な解説は不要だ。川柳の五七五は見事に悲惨な状況を再現している。

もう一人は大阪から妻の実家のある岡山県津山へ移った小島祝平だ。
祝平夫人の亀子さんは戦後、夫人の同胞が大阪で経営する漁具の会社を手伝
って戦争が終わっても津山へ帰らないでいた。

津山で祝平は、津山へ流れて来た林照子と同棲することになる。

照子は祝平の川柳に興味を持ち、彼の指導を受けてめきめきと上達する。
「この人も妻子が待つか手のぬくみ」 照子

祝平、照子の二人の情愛は、川柳で数十頁に亘り表現されている。

その後、祝平は肝臓癌で死んでしまう。享年47歳だった。

彼の死後、照子も人生も転々と変わる。
「さいはての土になる気の波乱の身」 照子
70歳で北海道で死去、享年70歳、函館に埋葬されたという。

様々な人生、それぞれのポイントが川柳で締められている。

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