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2015年3月10日 (火)

その夜は空一面に米軍機

  今日は、西高東低の気圧配置で晴天強風の日だ(まだ風が強い)。

70年前の3月10日未明も同じような天気だったのだろうか?

乾燥した空気、強い風の中、焼夷爆弾のじゅうたん爆撃を受けては木造家屋
の日本ではひとたまりもなかった。10万人死亡とはとてつもない規模た。

各メディアではこの東京大空襲70周年を大々的に報道している。
しかし、その報道も一過性ですぐに忘れ去られる運命にあるように思う。

事実、明日は東日本大震災の4周年、震災記事が大きく明日の紙面を埋める
はずだ。もっと継続的に大人災があったという事実をPRをすべきだと思う。

そして・・
2度とこんな惨事を起こさないよう平和維持に努力する決意を掲げてもらいたい。
それも線香花火のようでなく継続的に行うことだ。

浅草の浅草寺も燃えてしまった。
今、その浅草には大勢の外国人観光客が訪れている。
70年前に国のかじ取りを誤ったばかりに大惨事を招いた事実と、その後の平和
への取り組みを世界にPRするには絶好の場所と時期だと思うけど・・。

私は中央区の隅田川に近い会社に30年間勤務した。両国橋もそう遠くない。

勤務の30年間、かつてこの地で10万人が亡くなった歴史を肌に感じたことはない。
ただ、当時9才だったという職場の先輩が、母親と逃げ回ったという話を聞いた。
その時のものだという片腕から背中にかけての大きな火傷の痕を見せられて凄か
ったという思いを持ったくらいだ。

このことは・・
日本の近代史がまともに学校の授業で消化されていないことに原因がありそうだ。

惨事の経験を語り継ぐとともに、政治がかつての方向に向かわないように監視す
るのが後の世代の役目だと思う。


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