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2015年3月14日 (土)

東京とまさかまさかの直通に

  私にとって、今日の最大のニュースは北陸新幹線の開業だ。

私は4歳から18歳まで、北陸新幹線の長野より1つ先の飯山市(当時は町)で
過ごした。父の任地だったからだ。小学校、中学校はこの地で学んだ。

上京した思い出は、小学校入学前だった終戦直後に母と東京・大森まで荷物
を運んだ記憶がある。上野駅では孤児が溢れ東京は焼け野原だった。

当時は長野で信越線に乗り換え、軽井沢でELに取り換えて碓井峠を越え、横
川、高崎で更にSLを取り換えて上野に着いた。8時間以上の旅だった。
中学校の修学旅行先は東京だった。その行程は上記と変わっていない。

以降、鉄道の整備は進み、ついに今の家からでも飯山まで2時間足らずの距離
になった。70年かかって距離は1/4になったわけだ。まさに隔世の感だ。
しかも東京から直通とはネ! もちろん世中も大きく変わったけど・・。

もう飯山市には親類縁者は誰もいない。小中学校の同級生とも没交渉だ。

ここ数年、飯山市のみならず上越市、糸魚川市、富山市、金沢市、福井市など
を旅をしている。北陸新幹線の工事の最盛期だった。

こうした沿線都市がどう変わっていくか興味深い。
それぞれ発展して欲しいと願っている。新幹線開通は目的でなく手段だから・・。

この5月には長野市で恒例の高校クラス会がある。
この機会に長野から先の飯山から北陸まで足を延ばそうとも考えている。




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