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2015年4月22日 (水)

何もかもこっちが先と言うけれど

「お気に入りの本」にも載せたが「朝鮮人のみた中世日本」(関周一著、吉川弘文館)
を興味深く読んだ。

本書は14世紀(室町時代)、使節や漂流者として日本を訪れた人々が記録した史料から
彼らがみた日本を紹介している。

彼らが残した史料に基づいた社会・文化的な考察であって、今、流行りの文化優劣論で
ないことを断っておきたい。

それでも日本を訪れた使節の一部は、冷静に日本から学ぶべき点を観察していた。

もちろん、日本には学ぶべき点はないという使節もいたが謙虚な良識派も確実に存在
した。朝鮮でも改革すべきだと李朝王に進言もしていた。

本書によれば、例えば・・
日本では京都から沿海部まで銭が普及していた。日本では銭さしさえ携帯していれば0
糧食を持つ必要がなかった。当時、朝鮮では朝鮮通宝を鋳造したが、実際にはさほど
流通せず、従来とおり布が基準通貨になっていた。

また、ある使節は日本の橋に注目している。大江には舟橋が、渓流には楼橋が設けら
れていた。このような日本の状況を踏まえて、この使節は帰国後、漢江や臨津江に架
橋を朝鮮王に進言している。

日本の市では、市人は軒の下に板で棚を設け、その上に商品を置いている。朝鮮の市
やでは、食物はみな塵や土の置いて売っている。軒と棚を設けて商品を置くよう提案し
ている。

朝鮮の水車はすべて人力で、日本では水の力で回転している。
日本に倣って自転揚水車にすべきだと提言したが、結局、朝鮮では自転式の水車は
作れなかった。

などなど・・

600年も昔の朝鮮使節は、われわれが想像する以上に謙虚で研究熱心だったようだ。
それに比べ、昨今のあらゆる文化の根源は朝鮮にあるというのは、つけ上がりの最た
るものだね。

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