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2015年8月15日 (土)

敗戦を終戦というまやかしさ

 私は終戦記念日を敗戦記念日と思うことにしている。

もちろん、自分一人の考え方だ。
卑下するわけではないが「敗戦」を肝に銘じて国の将来を論じるべきだ。

今日のメディアは敗戦記念日関連記事で溢れている。
多分、明日のニュースからは潮が引くようにバッタリとこの種の記事は減る
はずだ。

できたら、日本の将来と安全保障がどうあるあるべきかの議論を続けてほ
しいと思っている。これには今次大戦の検証が不可欠だ。

安倍内閣にはこれらのビジョンは見受けられない。

単なる「戦争はご免だ」のお題目で終わらせないでほしい。

今、「西太后 秘録 上」(ユン・チアン著、川副智子訳、講談社版)を読んで
いる。まだホンの初めの部分だが・・。

アヘン戦争当時、英国の清国への略奪などの干渉は凄まじい!
英国内で禁止されているアヘンを中国に売りつけ、なおかつ戦争に勝つと領
土(香港)の割譲、賠償金の支払いまで要求している。

これが当時の帝国主義の実態だ。
英国が反省して、十年ごとに首相が談話などしたことなど聞いたことがない。

残念ながら日本は遅れて帝国主義に参加してしまった。
その結果が70年経った今でもこの有様だ。おそらく80年後、90年後も同じだ。
もうこのような談話は止めるべきだ。

世界の情勢の見通し、その中での日本の立ち位置を見極める才知がほしい。

卑近なことは「喧嘩しない」「喧嘩の土俵に乗らない」「負ける喧嘩はしない」
ことだと思う。







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