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2015年11月

2015年11月30日 (月)

庭木伸びわが身は縮むこの格差

 良い天気になった。

庭の伸び過ぎたヒマラヤ杉を剪定することにした。
業者に頼むと数万円するらしい。そんなお金払うのもったいないしネ。

このヒマラヤ杉、結婚以来40年以上もわが家の庭に立っている。
1回植え替えし、上部の幹もカットしたが元気そのもの、毎年剪定している
にもかかわらず伸び続けている。(枝は1年で10cm以上もだ)

逆に、わが身の身長は縮み続けてる(mm単位だけど・・)

両者の差は開く一方だ。ヒマラヤ杉は高さ4m近い。
当方は加齢のせいで体は固い。したがって高所作業は危険が伴う。

と、いうことで・・
買って来た剪定用の鋸で枝の刈り込みと最上部の幹の切断を始めた。

半分ほど進んだところで疲れたので止めた。
不慣れな高所作業、刈り取った枝葉が山ほどで後処理に時間がかかった。

モノ言わぬ庭の相棒は、虎刈りの頭のように無残な姿をさらしている。

2015年11月29日 (日)

坪単位こんな基準があったとは

 昨日まであった地域の歴史講座(第1回目)でこんな質問があった。

講師から・・
“鉄道が未発達の明治期には、俗に大八車にも車税が課税されていた。
(ちなみに荷台の長さが8尺あったから大八車といったそうだ)

内容は、荷台の面積が14坪以上の車は「第七車以上」、14坪未満は 「中小車
(大六以下)」とに分けそれぞれ税額が決まっていた。(明治11年 大蔵省乙35
達)”と説明した。

受講者からの質問は・・
「14坪は大きすぎる。畳7畳分の第七車とはどんな車か?」だった。

この答は以下のようにだった。(主催者側で大分調べたようだ)
坪単位は一間四方(土地の面積)の他に、1尺四方、一間立方(立坪)もあった。
この場合の坪は「尺積」とあるので、1坪=1尺四方と考えられるという。

なるほど、同じ「坪」でも対象物によって使われる単位が違うんだ。納得した。

「明治ははるか遠くなりにけり」を実感した次第。





2015年11月28日 (土)

鉄道も学芸員もレベル上げ

  わが住む町が隣町と合併して10年経った。
今日は、これを記念した都合3回の公開セミナーの最終日だった。

演題は「埼玉の鉄道史」、講師はR大学名誉苦教授のO先生だった。
焦点を明治期の埼玉鉄道史に絞った内容だった。

講演主旨については・・
「最初に日本鉄道の上野~高崎間、大宮~宇都宮間が開通したが、これを
以て埼玉は東京と群馬、奥州を結ぶ鉄道の通過路線になった・・と、言う説
があるが、実はそうではない。地元振興のための鉄道網の勃興期だった」
と講師は冒頭で話された。

埼玉西部地区、北部地区では上記の幹線に連絡する鉄道敷設の提案が数
多くなされている。これらが現在の私鉄網になって行くわけだ。

鉄道敷設計画を作り、免許を得て工事を始めるわけだが、資金集めも大変
だったと思う。この面での研究発表はなかったので何とも言えないが、鉄道
敷設に対する地元有力者の熱意は相当高かったのではないか?

明治期の近代化への熱い思いが伝わってくるようだった。

講演が終わって町の郷土資料館のS館長から挨拶があった。
今まで何度も参加したセミナーではSさんは学芸員で館長の肩書はなかった。

やっと館長に昇格したんだ。おめでとうございます。
大変だと思うけど、これからも充実した歴史情報を提供して下さいね。

2015年11月27日 (金)

このままで食の安保はどうなるの

 今日は経済関係で注目すべきニュースが2つあった。

1つ目は「農業人口5年で51万人減」、2つ目は「消費者物価0.1%下落」だ。

まず「農業人口5年で51万人減」については・・
農業人口減の内容が見えて興味深い。
果たしてTPP対策でどんな政策が示されるのだろうか?

まず、農地の集約化は僅か乍らも進んでいるようだ。
法人経営は25.5%増加し、平均耕地面積は前回より0.3ha拡大した。
特に北海道では、平均26.5耕地面積が26.5haと大規模化が進んでいる。

一方この資料からからは、依然として小規模農業が温存され、かつ高齢化が進ん
でいる。平均66.3歳で、農業従事者の63.5%を占めている。依然として世代交代が
実現していない。

TPP協定発効後は、政府は新たに輸入するコメの全量を買上げ、国内での米価の
下落を防ぐ意向のようだが、それでは依然として小規模の高齢農家が残り、消費者
はTPPの恩恵を受けられない。安倍政権は参議選を前に農家票田に配慮したのだ。

2つ目の「消費者物価の下落」については・・
総務省が今日発表した生鮮食品を除く10月の全国消費物価指数は前年同月比0.1
%の103.5で、3ヵ月連続のマイナスとなった。

個人的には、家計調査の1世帯当たり消費支出で前年同月比で実質2.4%と2ヵ月
連続の減少になったことに注目したい。

消費者の購買行動が目に見えるようだ。買い控え、節約志向が続いている。
物価指数はエネルギー価格の下落しているが、食料品や日用品は値上がりしてお
り、家計負担が大きくなっているわけだ。カミさんの嘆きも毎日だ。

雇用の改善による失業率の低下などが消費拡大に結び付いていない。

まして年金に頼る高齢者世帯、賃上げの恩恵もない。
人口の25%を占める高齢者の財布のヒモは固い。

こんなことで消費税10%アップはできるのか?






2015年11月26日 (木)

出来るならこんな去り方選びたい

  女優の原節子が9月に亡くなっていたという。

彼女の最後の作品は1962年の「忠臣蔵」だから、何本かは観ているはずだが
題名は覚えていない。確か笠智衆が出ていたから「東京物語」かも知れない。

それはともかく、私が二十歳をわずかに過ぎてからすぐに銀幕から引退したわ
けだ。通学路にあった映画館前に貼られた彼女の映画ポスターが懐かしい。

絶頂期に引退し、以後ひっそりと生活し、人知れずこの世から去って行く。
こんなオサラバができて羨ましい・・と思うネ。
彼女の本意がどこにあったかはわからいが、少なくも逝去の形はいいと思う。

引退後の彼女の実態はまぼろしのままがいい。

もちろん、こんな著名人と自分を比較することがオカシイのはわかっている。
少なくとも私の死についての美意識と一致する。
自分は無名の庶民だから、ヒッソリと家に引き籠る必要はないから気が楽だ。

「ろうそくが消えくように去って行く」 合掌

さて、わが身はどうなるか?
結果は「神のみが知る」だ。



2015年11月25日 (水)

慌てるなユックリ進め先長い

 カミさんと午後、都下の娘宅へ電車で出かけた。

娘、婿ドノが仕事で孫娘の相手ができず、JJBBに応援依頼が来たからだ。

夕方、娘宅から孫のHを保育園に迎えに行く。
一旦、帰宅して今度はHとスイミングスクールへ。今日は検定日だそうだ。
1時間のスイミング教室が終わると、3人でコーヒーショップへ行き食事。
食後、Hを家へ戻してわれらの役目は終わり、やっと電車で帰れる。

現地ではすべて車で移動する。
私の役割は運転手だ。(カミさんは免許があるが運転しない)

Hのスイミングスクールを見学した。
うつ伏せで、フロート板を使ってバタ足で泳ぐ練習をしていた。

贔屓目で見ても、前回より格段の進歩をしたかに見えたが昇級検定は不合格
だった。残念!
黙って悔しさに耐えているいる5歳児のHをみると可哀想だが、こんなことは人
生にはいくらでもあることだ。逆にHにとっていい経験したと思う。

娘宅へ帰ったら、婿ドノは帰宅していた。ちゃんと務めを果たしたよ。

それにしても冷たい雨も降って寒かったね。

2015年11月24日 (火)

春画展浮いた話題とクラス会

  今年最後の高校クラスだった。首都圏在住者たちで隔月に開いている。
今日は7人の男が東京・新橋の居酒屋に揃った。

いつも思うのだが・・、話はいつも国内外の政治、経済、宗教、スポーツなど硬派な
話題ばかりだ。もっとも病気、訃報情報は必ず交換されるけど・・。

最近はそうでないと聞くけど、かつての「信州は教育県」と言われた面目躍如と言っ
たところだ。お陰でよくわからなかったラクビーのルールも聞けた。

「たまには浮いた話なんかないかねえ」・・と、言ったら、春画展の話題になった。
今、東京・文京区で開催中だという。

説明した友によると(本人は行っていないと言うが、それにしては詳しかった)・・
曰く、大英博物館でも大盛況だった。浮世絵とは違うジャンルだ。閲覧者に若いカッ
プルが多かった。春画の歴史、おおらかな性の扱いは芸術だ。・・云々・・。

浮いた話とてこの程度だ。やはり教養(?)が邪魔をしているのだろうか?
女性、酒、グルメ、旅などの下世話な話でも・・との期待は見事に裏切られた。

2時間の予定が3時間にも及ぶ飲み会だった。
次回は2016年1月、1人も欠けずに年を越してくれと祈っている。

2015年11月23日 (月)

当分はお蔵入りするマイカード

  マイナンバーカードの申請書が届いた。
配達員が1軒1軒丁寧に配達していた。配達ミスが報道されていたからネ。

開封したら夫婦2人分のマイナンバーとカードの申請書が入っていた。
いい夫婦だけなら良いが、夫婦だけど別居中で、かつ一方が住所を知られて困る
場合はどうするんだろうと、余計な心配をしながら説明書を読んだ。

通知書は、しばらくはしっかりしまい込んでおくつもりだ。
システムが安定しない前に、国のお先棒を担いでシステムの不具合にお付き合い
することもあるまいと思うから・・。

間違いなくセキュリティ面でも多くの問題点が発生するはずだ。
また、諸々の諸官庁システムとのリンクもまだ先のになると思う。
カード保持がなければどうにもならない時になったらカード化をすればいい。

それまでは身元の証明なら運転免許証などで十分だろう。

そんな状態で危ないカードを持ち歩いても意味はない。
ただしマイナンバーは、秘密コードに変換してしっかりと控えを残した。

2015年11月22日 (日)

神格が崩れてみれば殺人者

  「ワイルド・スワン 下」(ユン・チアン著、講談社文庫版)を読み終わった。
今日が図書館への最終返却日、返却期限ギリギリのゴールだった。

下巻は著者の1967年から始まり、留学のため英国へ出国する1978年で終わって
いる。本人、両親や家族の下放、父の死を乗り越え、毛沢東の死去で変化する中
国情勢を見て留学資格を得て出国することになる。文化大革命も終息する。

巻末に毛沢東とはどんな人物かを本書から挙げてみたい。

毛沢東は「思想家」と言われてが、その本質は何だったのか?・・と、著者は言う。

著者によれば・・
“彼の思想の本質は「果てしない闘争を必要とする論理だった。
  歴史を創造するには絶えず大量の「階級敵人」を製造し続けなければならない”

あるいは・・
“彼の思想は、あるいは人格の延長だったかもしれない。生来争いを好む性格だった”

もう1つの特徴は・・
“無知の礼賛だ。彼は中国社会の大勢を占める無学文盲の民にとって一握りの知識
  階級が恰好のえじきになることを、ちゃんと計算していた。・・(略)・・彼は醜いだけの
  中国を残していったのである”

その結果、7000万人と言われる人たちが死んでいったと言われている。
そんな歴史を誰も教えないから国民は知らない。本書は中国では発禁らしい。
世界で800万部も売れたベストセラー本だ。


2015年11月21日 (土)

少子化で地元の足も伸び悩み

   3回シリーズの歴史講座「近代K市の鉄道と交通」の2回目を受講してきた。

主催はわが町の郷土資料館と県立文書館だ。
地元の鉄道の歴史については、前に聞いてたので特に目新しいこと はなかった。
むしろ、今後の鉄道経営上に課題があることの方が印象に残った。


最大の課題は、前世紀末から乗客数が減少していることだ。
少子化、団塊世代の大量退職など、通勤客の減少は避けられない。

反面、交通面の利便性は遥かに向上した。
安全投資を除いて、在来線の利便性向上のための投資はそんなに増えないらしい。

わが町も2路線が乗り入れる乗換駅だが、町は線路によって分断されている。
立体駅にする構想らしいが、鉄道会社だけの投資で駅を立体的に改装するのはムリ
とのことだった。駅前をにぎやかにするにはそれなりの知恵と膨大な資金がかかる。

鉄道会社も独自の将来構想を考えているのだろう。
観光列車やイベント列車の運転や異なる会社間での直通運転は進むらしい。
交通面と商業施設とのコラボレーションも進むと思う。

さて、わが地元の交通はどう変わっていくのか?
興味が引かれた2時間だった。

今朝は、カミさんに言われて野菜を買うために遠回りして歩いた。
皇帝ダリア(写真)が綺麗だったね。わが家の皇帝ダリアは今年も花をつけなかった。

またセミナーの会場まで約1時間(帰路はで電車利用)歩いて行った。
歩数は1日の合計は21500歩だった。足はまだ元気らしい。

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2015年11月20日 (金)

1億の活躍世界ごめんです

今日の毎日新聞夕刊(3版)の特集ワイドは「安倍首相、これで1億総活躍で
きますか?」の記事だった。この記事はなかなか参考になった。

同紙によれば、12日の国民会議で首相が示した内容は・・
「新三本の矢」(①強い経済 ②子育て支援 ③社会保障)のうち、緊急対策をし
て②と③の目標として「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」に絞る考えだそうだ。

この説明に対して様々な意見が寄せられている。

まず、「安倍政権は時代錯誤的な戦略を続けている」と上野千鶴子さんは言う。
「人口減少社会を避け難い現実として受け入れたうえで戦略が立てられるべだ」

確かに、少子担当大臣をおいて何年経ったのだろうか?
継続的に出生率が上がった実績はない。社会構造が変わってきているからだ。

私は1億人を割った日本が悲劇だとは思わない。
長期間にわたって社会保障費は膨らんでいくが、いずれは適当なところで人口
は安定するだろうから。GDPより1人当たり所得が多い方がいいと思うけど・・。

「介護離職ゼロ」については・・
「施設はあっても介護士不足でサービスできないのが実情、介護報酬を引き下
げておいて整備拡充とは、言行不一致だ」(田中尚輝氏)と憤る。

いずれにしても識者は「時代逆行の懐メロ政策」だという。
3世代同居の提示されても、わが家族は難しい。
娘も婿どのも長女、長男で両方も介護は体力も家計の面でもムリだね。

わが夫婦も「1億総活躍」からはみ出したその他大勢らしい。



2015年11月19日 (木)

晩秋は歩いて食べて安上り

  夜通しの雨との予報だったので、今朝も当然に雨だと思っていた。
そんな思いで布団にもぐりこんでいたので朝の散歩をしなかった。

カミさんが40~50分歩いて、昼食は寿司を食べに行こうと言う。
このH寿司は回転寿司だ。平日は1皿税別で90円。安くて美味い。

ついでに帰りは理髪店、図書館、コンビニ(振込)に寄ることにした。

久し振りの快晴、寿司屋まで45分歩いて汗が出た。
食事代は2人で1000円以下、お釣りが100円余りあった。結構でした。

理髪店はいわゆる1000円床屋、チェーン店でいつもの理髪師(女性)
1人だっが、今日はもう一人の女性理髪師がいた。流行っているんだ。
お蔭で待ち時間ゼロ、目をつぶっていたらいつの間にか終わっていた。

背広姿の若い男性客が次々に入ってくる。
節約志向も広がっているようだ。これじゃGDPも上がらないよね。

いい気分で残った所用を果たして帰った。13500歩のブラリ歩きだった。




2015年11月18日 (水)

顔を出すやっと紅葉霧の中

 

今日1日中、雨の予報だったが目覚めた4時半には雨は止んでいたので
ウォーキングに 出かけた。

5時半に家を出たが、まだ外は真っ暗。それでも東の空がうっすらと明るくな
ってくると、何となく足が軽くなる から散歩は止められない。

1時間余り歩くと霧が発生してきた。 帰宅して窓を開けたら、霧の中から色付
いた木々が顔を出した。

さっそくシャッターと押す。 どうやら当地にも紅葉が訪れたようだ。

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2015年11月17日 (火)

迫害に遭うも「魂は売らない」(我不出霊魂)

 読んだのは前書に続き「ワイルド・スワン<中>」(ユン・チアン著、講談社文庫)
だった。文庫本だと侮ったら間違い、300頁に文字がビッシリで読み応えがあった。

1960年代の私はアルバイト、大学生、就職、結婚、家を購入など高度成長の波に
も乗って希望溢れる生活を送っていた。

その頃の中国は大躍進による大飢饉、次いで文化革命の大波に翻弄されていた
時期だった。

本書は、そんな時代に生きた著者の家族模様を時代背景を軸に書いたものだ。

“想像を絶する迫害の日々・・・ついに逮捕された父は精神に異常をきたす。  なん
  としても夫を救いたい! 母は周恩来首相に直訴すべく、北京行きの列車 に乗
  る(本書裏表紙より)”

この時、著者の母は35歳だった。この勇気!この行動力!

自分も若かりし頃、苦労したと思っていたが、そんなものは苦労ではなかった。
生まれたのが日本で良かった。中国で生まれていたら恐らく飢死していたと思う。
幸せでだったと今更思う。

それにしても、中国は無駄な年月を使ったものだ。
革命を成功させた毛沢東の功績は大としても、その後の国家建設には不要な男だ
った言えそうだ。経済建設が20年遅れた理由がここにある。

さてこの国はどこへ行こうとしているのだろうか?人権はどうなる?
今、ラジオでは「最近、習近平は人権者狩りをしている」と、報道している。

2015年11月16日 (月)

粗大ゴミ目立てば早く片づける

 寒さに備えて石油ファンヒーターを準備した。

ついでに、しまい込んであった椅子や洋式テーブルを粗大ゴミとして処分する
ことにした。 粗大ゴミ1つにつき500円を払えば取りに来てくれる。計1500円だ。

ところが物置部屋から出して、どこに置いても目立つし邪魔にもなる。

そんなわけで直接、ゴミ処理場(グリーンセンター)に持って行くことにした。
分解できる部分はバラして、何とか車に積み込み20分程かけて運んだ。

この日の処理場は空いていて数分で引き渡しは完了。

費用はゴミをまとめて1つとして受けてくれ250円で済んだ。
ガソリンを差し引いてもささやかだがトクをした気分になった。


またインフルエンザの予防接種を受けた。
いつも空いている夕方のかかりつけ医院は混雑がひどく1時間待たされ、医師
はイライラした様子で事務的な受け答えだった。

気持ちはわかるが一言「お待たせしました」くらい言ったらどうかな・・。
3ヵ月毎に通う大学病院では、きちんと言ってくれるよ。
病院が特別なわけはないはずだけど・・。


2015年11月15日 (日)

終息か痒い症状消えてゆき

 

足から始まった皮膚炎、お腹一面から首筋まで広がったがどうやら終息に向か
ったような 気がする。

症状が出て今日まで2ヵ月余り、まだ2か所ほど症状は残るがどうやら下火 になっ
たようだ。こんなことは人わが人生で初めてのことだ。

虫に刺されたような赤い点が、みるみるうちに大きく広がり、それにつれて痒みが
ひどくなる。 虫刺され症状は下記の薬で数日間で治るが、待っていたように新た
な場所にまたできる。
お蔭で貫通銃創(そんな経験はないが)痕みたいな斑点が無数に残ってしまった。

皮膚科の医師によれば、老人性云々(云々部分は忘れた)という老人性皮膚疾患
だという。 ステロイド系の塗り薬とアレルギー抑制剤を使用している。

別の持病で大学病院で処方された内服薬を約1ヵ月服用した。
この薬の服用期後期に、上の症状が発症したので発症原因と何ら関係があるかも
知れない。
皮膚科先生自慢の息子さんが、同じ医院内で私の持病関連の診察科医をしている
ので、意見 を聞いてくれ・・と言われたので、体調を説明し所見を若先生聞いてみた。

「検査してみないとわからない」という答え。そのとおりだね。問診料は不用だった。

来月は大学病院で検査がある。こちらで聞いて見よう。
これからは角質化した皮膚を治療する薬を使っていくことになる。

やれやれ!歳をとるということは辛いものだね。
とてもご長寿とは言えないと思うよ。

2015年11月14日 (土)

政戦論持たずに攻めた日本軍

 

今日の毎日新聞の記事「保坂正康の昭和史のかたち」が興味深かった。
これは作家の保坂氏が[中台首脳会談]に関連した“国民党要人が見た日本軍”
という5段の コラム記事だ。もちろん日本軍は敗戦で霧散した旧日本軍だ。

共産党に追われ台湾に逃げた国民党の要人と会って話を聞いたという。
内容は、日中戦争時における日本軍はまったく政戦論を持っていなかったという
指摘だ。

確かに、先日読んだ「マオ 誰もしらなかった毛沢東」にも、当時の日本軍は傲慢
そのもので 何の政略論も持たない野蛮な者たちと書かれている。

蒋介石もスターリンの援助を受けていたし、毛沢東もスターリンの指示で動かざる
を得なかっ たようだ。 スターリンの世界戦略の一環だったわけだ。

この当たりは日本の近代史でも突込みが甘い。 そんな覇権主義のモスクワに戦
争終結の仲立ちを見込んでいたとは情けない。

台湾要人のいう「哲学なき軍隊の進む道をただやみくもに進んだだけ」と見る目は
厳しい。

軍人もそうだが政治も哲学がなかったようだ。こうして国家を破滅に招いた責任は
重い。

2015年11月13日 (金)

今年また喪中ハガキに見る寿命

 

ブログの話題としては適切ではないかも知れないが、今年もその季節になった。
まあ、元気な若者でも死は必ず平等に来るモノ、ごく自然なことだね。

今年も11月に入って次々にご連絡をいただいている。
今年の喪中ハガキの特徴としては・・ われらの年代では、母親のご連絡が多い。
いずれも高齢で殆どが90歳以上だ。やっぱり女性は長生きだ。

男性の場合は80歳代で亡くなった方が多い。 兄弟の死亡が多いが、わが年代は
父親は既に亡くなっている方が殆どだからね。私も父が亡くなって30年経つ。
でも、父親が102歳で亡くなったという方もいるから、男性も長寿の可能性がありだ。

さて、先日故郷で高校の同期会があった。(私は欠席)
連絡によると、417名の卒業生のうち物故者は87名だそうだ。死亡率20..8%だ。
女子は417名中7名で全員生存中だから、女子を除けば死亡率21.2%になる。
男性の平均寿命から推測すると、わが同期生はあと5年で150名以上亡くなること
になる。

いよいよ覚悟すべき時期になったようだ。
そう長生きにこだわることもあるまい・・というのが大方の意見だったと聞いている。

2015年11月12日 (木)

子育てに掛け声ばかり安倍の声

 孫を預かって、この国の掛け声ばかりの政治や雇用の実情を肌で感じた。

娘夫婦の仕事の都合で孫娘のH(5歳)を預かったが、1日の約束が2日に
なり、明日も預かってくれということで合計3日となった。

今晩10時に娘から電話があり、今職場近くの駅から電車に乗るという。
婿さんも出張中で予定が延びたそうだ。業務多用中なんだね。

祖父母として孫を預かることについて特に異論はない。
困った時の助け合いは当然だから・・

問題は、女性の活用とか、1億総活躍とかカッコいい言葉を並べても、現実
と政治家の言葉とは遠くかけ離れている感じがすることだ。

娘夫婦(共に正社員)が勤める会社は2つとも日本では大企業だ。

この会社は決して子育て支援で手を抜いているわけではない。
それなりの仕組みは出来ている。

・・にもかかわらず連日の残業や出張だ。
2人目がほしいと言っていたが、実現はまったくの砂上の楼閣だったという。


企業の職務上の急な状況変更にはまったく対応できていない。
ましてや占める中小企業においては殆ど整備が遅れていると思う。

幸いわが家は老親が元気で90分の範囲に住んでいるからサポートできる
が、そんな環境ばかりの人ばかりではないだろう。

今のままでは出産率が大幅に向上するとは思えない。
「一億総活躍相」なんて何をやるんだろう。
こんなな名前に酔ってはいけない。

2015年11月11日 (水)

イクジイの子育て支援疲れます

  昨夜来た娘と孫娘のH(5歳)、Hに深夜まで付き合わされて今朝は朝寝坊、
あおりで早朝の散歩は中止、自室から階下へ下りたらもうHは食卓に座って
いた。

昼はカミさん,Hと3人に食事、Hの目にモノモライができているので眼科へ。

夕方はカミさんの外出で、またまた1人でHの子守りとなった。

さてこの子守時間、Hと話していたら、彼女は数字を覚えたと言う。
それなら数字を書いてみろ・・と私が言って、Hが書いたのが下の写真だ。

書かれたもは、何とか数字に見える。ただし6だけがミスしているだけど。
5歳児ならこの程度でいいのかな、それとも遅れているのかな・・と、思ったが
どっちみち知的進度をチェックするのは親の責任だから余計な考えは止めた。

とりあえず褒めておいたのでHはやる気になって20まで書いた。
ジジイの出番はこの程度でよかろう。やはり16はミスしていたけど。

「1億総活躍」からといって、古希を過ぎた者を枠内に取り込まないでほしいね。
それとも子育て支援を活躍に含めるのかな? それも疲れるね。

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2015年11月10日 (火)

修繕をなぜしないのか孫が聞く

 都下に住む孫娘(5歳)を明日預かることになった。
カミさんの明日は所用で日中が留守、お子守役がこのジィに回ってきた。

明日の娘一家の予定は娘がわが家の近くへ、婿さんは遠くへ出張と、いずれも
帰宅が遅くなって、朝夕の保育園への送迎がでなくなったという。

それで今晩、母子でわが家に来て泊り、明日は孫を預けて母親は仕事、夜に母
子でわが家から帰宅することになった。

数時間後に元気な孫がやって来る。

前回、わが家に来た孫娘に指摘されたことがある。
居間のメイン照明の一部がランプ切れで、点けると少しうす暗くなってしまう。
いつもならサブ証明で充分間に合うし、事実メイン照明はめったに使わない。

「どうして蛍光灯が切れているのに直さないの?」・・と孫に聞かれた。
続いて「私、明るいところが好きなのに!」と、言った。

こんなことを思い出して、今日の午後は照明器具の取り換えと掃除を行った。
ホームセンターへ蛍光管などを買い出しに出かけ、脚立を室内に持ち込んで
無事工事完了、重い照明カバーを夫婦2人で取り付けるのには苦労した。

もう文句など言わせないからネ。
まあ、こんな時でしかメンテナンスをしないから、いい機会だったかも・・。

さあ、明日が本番だ。




2015年11月 9日 (月)

わからぬかゴールポストはまた動く

  ネットにこんな見出しが載っていた。

『3億円の“示談金”で慰安婦問題解決か 韓国側に苦しい事情』
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/postseven-20151109-362715/1.htm

現在、韓国の対日カードは慰安婦カードしかない。
虎の子の慰安婦カードを切って、完全に幕を下ろすとは思えない。
第一に、虎の子を握っている団体がこんなカネづるを易々と手放すだろうか?
それこそ政権が変われば、別な切り口でカネをせびってくることは歴史が示している。

私は謝罪も償いもお見舞いも一切不要だと思っている。
本を読んだり過去の日本の対応を見る限り、ここはいくら些少でも支払うのは相手の
ためにならないと思う。

韓国側の苦しい事情は、自ら招いた外交の結果だ。
いくらかのカネで済むなら「反日教育」を止めてもらうことを条件にしよう。
教育の成果が出るまで数十年、おねだりは続くと覚悟すべきだ。

近くて遠い国で結構だと思うがいかがだろうか?


2015年11月 8日 (日)

食い物をみんな持たせる母心

 一昨日の夜、次女が家族で来宅した。

この家族、子供はいないが小型犬3匹がいる。家中飛び回ってその賑やかこと!

昨夜遅く、カミさんが買っておいたに日用品、ペットの餌、人間の食料品などゴッ
ソリ車に詰め込んで帰って行った。

次女も働いているのでプライベートな時間は少ない。
そんな事情も汲んだ母親の思いやりだろうね。

母親と娘の関係、男親にはわからないことが多い。独特だね。
息子はいないから何とも言えないけど・・。

母子の会話には割り込めず、会話のスピードにはついていけなかった。
まあ、せいぜい仲良くして下さい。
家族間も平和が一番です。


2015年11月 7日 (土)

もうちょっと工夫がほしい学び事

    浦和の県立文書館で行われた歴史講座に参加した。

テーマは「近代K市の鉄道と交通」で全3回の1回目、2回目以降は地元の
k市で開かれる。

主催主体は私の居住地自治体の郷土資料館と文書館との共催だ。
K市郷土資料館の学芸員さんも見えていたから、きっと話を持ち込んだのは
K市の学芸員だろう。

文書館の館内見学もコースに入っていたから、文書館のPRも兼ねていたか
も知れない。(私は前にも文書館を利用したことがある)

聴講参加者は全員中高年者だった。募集パンフレットには若い人、それも
高校生などの歴史好きを集めたかったと感じていたが、見事にあてが外れ
た。残念だね。なんせヒマを持て余しているのは高齢者なんだから・・。

第1回は、県内における鉄道開通前の明治初期における交通事情だった。
乗り合い馬車、人力車、荷物を運ぶ大八車、自転車、舟運など実情を県令
(知事)の布告文書から分析した講義内容だった。

講義は、明治初期の公式文書から抜き出した、史料を順に説明するだけ。
時代背景も3回の通史上の解説もなく、いきなり文書解説から入った。

それに公文書などを整理・研究したきた文書館職員の講師、たんたんと文書上
をメリハリもなく概ね読み上げるだけ、眠くて仕方なかった。

もっとビジュアルに説明できぬものか、パワーポイントなどのITを駆使した見た
目に聴講者に訴える方策が考えれないか・・など聴講しながら考えていた。

それでも、不満はありながら得るモノも大きかったと思う。
東京からK市まで馬車で5時間かかったそうだ。今では30分足らずだ。
150年弱で移動時間が1/10に縮まった。便利になったね。

2015年11月 6日 (金)

徒競走本気を出せば行き倒れ

 今日は M川柳会11月句会の日。

お題は「本気」、私の句を今日のブログのタイトルとした。

講師の評価には「行き倒れ?」とある。聞けば「行き倒れ」は最近使わない
言葉だという。

添削例として 「本気出すと息が続かぬ徒競走」を示してくれた。

自分としては、実際に走った実感として「息が切れる」以上だったのだが、ご
理解いただけなかったようだ。息が切れより先に足が動かないのだ。

まあ、「納得はせぬが貴方に一理ある」といったところかな。
    「それもありみんな認めて争わず」

ちなみに今日の天の句(秀作)は・・
    「ドジキャラの私いつでもマジモード」
評価欄に「ドジ」「マジ」対応の妙とある。なるほど!勉強になった。

2015年11月 5日 (木)

自分史を五・七・五で詠んでみる

  最近、自分史を残す人が多いらしい。

自分はまったくその気なし。
文才はもちろんないが、仮に文才があって書いたとしても誰も読みはしない。
出版にはもちろんカネもかかるしネ。やるだけムダだ。

それなら、川柳で自分史を作ってみたらと常々考えていた。
もちろん自己満足のためだ。
1年1句として70数句を詠めばよい。それならA4紙1~2枚で済む。
子供に残しても、捨てられても何ら後悔しない程度のモノだ。

そんなことを考えていたら・・・
今日の毎日新聞朝刊に『「人生24句」が大きな反響』という記事が載っていた。

新聞社が「ご自分の人生を24の川柳にまとめて送ってください」と、呼びかけ
たものだ。3人の応募作が紹介されている。

横浜市の吉岡さん(女性、74歳)の句例では・・
16、17句目に、ご主人が逝き、2年後に長女を肺がんで亡くしたと詠んでいる。
  ⑯ 「夫逝きて二年後に長女逝く」
  ⑰ 「肺癌のステージ4と笑った娘」

18句目から24句目までは、これからどう生きるかの気持ちを詠んでいる。

そうか!自分の人生上で起こった大きな出来事から、メリハリの効いた句を作
ればいいんだ。作句くらいはできるだろう。

ただし、できた句がメリハリが効いたモノになるかどうかはわからない。
挑戦してみようと思う。

2015年11月 4日 (水)

まだ疼く百名山の夢の跡

 昨夜のNHK-BS103(19.30~21.00)「にっぽん百名山SP 深田久弥が愛した
名峰」は良かった。

放映された4座のうち、かつて安達太良山と雨飾山に登ったことあるからだ。

安達太良山には2004年4月18日に4人で登った。
前夜は麓の温泉ホテルに泊まったが、風雨が荒れて翌日は中止かと心配したが、
それが嘘のように翌日は晴れ渡った。

まだ残雪があり、締まった雪の上をアイゼンをつけて真っ直ぐ頂上を目指した。
こんなに楽な登山は初めてだった。(下山は溶けだした雪で苦労した)
昨夜のテレビと同じに頂上からの眺めは素晴らしかった。
                              (写真上:頂上から磐梯山を望む)
下山は深田久弥の上りに使った勢至平、くろがね小屋経由のコースを使った。
残雪ではグループが春スキーを楽しんでいた。
 

雨飾山には同じ2004年10月16日に弟と挑戦した。
前泊は信州の実家、早朝に実家を車で出て6時には麓の雨飾荘前を出発できた。

この時の紅葉は生涯忘れるほどの見事なものだった。
コースは深田久弥の同じだったようだ。ただし深田は写真に見える沢を直攀したら
しい。(未だ登山道がなかったから)
                   (写真下:荒菅沢過ぎの地点から、頂上は見えない)
頂上直下の急坂は凍結していて怖かった。
それにおばちゃんたちの団体登山が多く、下山は道の譲り合いで時間がかかった。
「上り優先よ」と」言って下りる時間をくれないんだ。女性パワーは凄かった。

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2015年11月 3日 (火)

食べ頃と見えるが鳥も寄りつかず

  寝坊して今朝の目覚めは6時半だった。いつもは4時半起きなのだが・・。
昨夜は深夜に2時間ほど本を読んだせいらしい。
今月は、まず2日間で1冊読んだことになる。読書は順調だ。

今日は早くから昨日の冷たい雨と寒さとは真逆の晴天が広がった。
本は後回しでも歩くべきだった・・と思う。残念だ。

わが家の裏に柿の木がある。
何年か前に近くの農家が畑に植えたものだ。
当時はず~と向こうまで見渡せたものだが、今は大きく成長した木々が視界
を遮って視界が狭くなってしまった。

今の季節、いやでも私の部屋から満艦飾の柿の実が迫る。
ところがこの柿、渋柿で鳥でさえ寄り付かない。農家も放りっぱなしだ。

とりわけ青空に柿の実が映えるこの頃、観賞するだけのシロモノとは残念!


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2015年11月 2日 (月)

喪中とギフカタログで月が明け

  寒い!今、17時、室内で15度しかない。
先ほどまで降っていた冷たい雨も上がったようだ。

郵便受を覗いたら・・
喪中ハガキと、恒例の部厚いギフトカタログが入っていた。
いや応もなく季節の移り変わりを感じざるを得ない。

喪中ハガキ1号は、地域サークルで一緒だったKさんの奥様からだった。
Kさんは9月に85歳で永眠したとある。また1人先輩が逝った。

東京・神田生まれのチャキチャキの江戸っ子、江戸っ子の歯切れのよい
言葉を聞くとなぜか気持ちが良かった。
先の大戦時は旧制の中学生で、勤労動員に駆りだされたという。

祭りが好きで、いつも日本中の祭り行脚をしていた。
それにカラオケが好きで、いつも大きな声で歌っていたのを思い出す。


きっと今頃、あの世で祭りを楽しんでいるか、歌を楽しんでいると思う。 
 <
合掌>


先輩がほぼいなくなり同輩がボツボツ欠けて行くと、いやでも交際範囲が
狭くなる。それでも盆暮れのギフトは欠かせない。数は少なくなったけど・。

いつものギフトカタログは便利だ。
カタログを見て贈り先の望む物をネットで頼めばいいんだ。
便利な世の中になったね。



2015年11月 1日 (日)

断捨離に思い起こさす亡きペット

  わが家のペット事情は、今はゼロだが最盛期には大型犬2匹と猫1匹がいた。
彼女たち(飼い易いとかですべてメスだった)用の品物が大部分残っている。

今日は猫タワー(高さ2mの猫が寝たり遊べるようになっているツリー状の遊具)
の解体をした。場所は3階の物置に使っている部屋。

解体をしながら往時に何代かの猫が遊んでいたことが目に浮かんで来た。

一番高い場所でこちらを見下ろしていた子、用で3階への階段を上がると一緒に
駆け上がった子、いたずらで叱られて逃げ込んだ子・・などなど。

ペットロス症候群には無縁な自分だと思っているが、間違いなく彼女らはわが家
の癒しだったことを認めざるを得ない。

・・と、いろいろ思い出しながら作業をしていたら、作業具で左手の小指を挟んで
しまった。飛んだ鮮血はペットたちへの思慕だろうか?


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