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2016年1月23日 (土)

よう生きたあとは野となれ山となれ

  今、住んでいる県は東西に移動するには時間がかかる。
東京へ向かうように南北に交通が発達しているからだ。

県西に住む義兄(喪主)の連れ合いの四十九日法要に夫婦で出席。

直線距離ではわずかな距離を、私鉄、JR線、私鉄と3回乗換え、下車
駅から約30分(2Km弱)を歩いて目的のお寺に着いた。

今朝は散歩をしなかったので、寒いけど風もなく手頃な運動となった。

しめやかに法要、納骨と進み、最後は食事会となった。

出席した方々の中で、初めて義兄の娘婿の父親と言葉を交わした。
容貌から、私より年上だと勝手に解釈して尊敬する意味でお訊ねした。

「失礼だけどお幾つですか?」・・と。

そしたら、私と同年生まれでしかも私の方が数ヵ月生まれが早かった。

そうすると・・
仏様も、義兄は私より年下とわかっているから・・
更にこのお二人は長男、長女で、上には共に兄、姉はいないし両親も
1人を除いて既に他界している。白寿の義兄の母親は自力で動けない。

そうすると・・
今日の出席者は義兄とその兄弟姉妹と連れ合い、義兄の子ども夫婦、
孫、仏様の兄弟姉妹とその連れ合いたちだけになる。

出席者中、一番の年長者は私ということになる!

否応でも時の流れを感じざるを得なかったね。
そして今を生かされていることに感謝しなければ・・、と思った。

帰りも往路と同じ道を辿った。
妻と一緒に往復1時間歩き、乗換えの駅では長い階段を上り下り(EVは
なるべく使わないことにしている)できるのにも感謝しなければなるまい。

できるだけ体力を維持し、それなりの生活を送れれば後は天命に従うし
かないね。そんな気持ちをもった1日だった。



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