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2016年5月22日 (日)

景勝と幸村話す場所はここ

  朝7時34分、高田駅近くのバス停から春日山に向かった。
乗客は私1人、運転手さんに教えてもらった中屋敷バス停で下車。歩きが始まる。

埋蔵文化センターを経て大手道へ左折、舗装道路が途切れ復元された古道が続く。
往時はこの大手道が城の正面だというが、今は深山幽谷の雰囲気が似合いそうだ。
               
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    写真:埋蔵文化センターの謙信像と春日山(中央奥)

       
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写真:春日山駅左の道、2本目左折が大手道、左の尾根を上り、右側を下りた。
頂上から中腹にかけて移動し史跡を訪ねた。林泉寺は下右端(鋭角の道の先)

少し息が弾んだと思う頃、南三の丸に着いた。
ここから柿崎和泉守の屋敷跡までの一帯は屋敷跡と地図にあるが一面の森林だ。

すぐに上杉景勝屋敷跡、上杉の人質になった真田信繁(幸村)もここで景勝に会った
のだろうか? 勝手に屋敷を想像し二人の出会いを頭で復元してみた。
二人の顔はNHK「真田丸」の俳優の顔になったのはご愛敬だね。
             
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      写真:上杉景勝屋敷跡 右方向に広がっている

ここから続々と史跡が続く。
400年経った今でも満々と水を蓄える大井戸から本丸跡、天守台、護摩堂跡、毘沙門
堂、お花畑、直江屋敷跡などを歩き、本丸下に戻って米蔵跡、三の丸(上杉景虎屋敷
跡)から二の丸へ出た。そして再び毘沙門堂へ上り、千貫門を経て春日山神社へ下っ
た。おみくじを引いたら「旅は良し」と」出たから、まあこの山城巡りは成功だったかも。

本丸や天守台から見た景色は素晴らしい!
眼下に上越市内、遠くには日本海、米山、妙高山、火打山、煙を出す焼山も青空にク
ッキリと顔をだしていた。信玄がここに本拠地を置いた気持ちがわかる気がした。
             
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             写真:春日山城本丸

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       写真:春日山城本丸から見た上越市内

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写真:春日山城天守台から山々(左から妙高山、火打山、焼山)

さて、謙信銅像から立派な舗装道路を下り、出発時に左折した大手道に戻った。
ここから林泉寺を目指したが、どうも遠回りをしたようだ。
春日山神社の鳥居前の階段を下りれば良かったのに・・、でも今更遅すぎる。

謙信公が眠る林泉寺で宝物館を見学、謙信公のお墓を見て寺を出る。

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写真:林泉寺惣門(謙信公が春日山城から移築したと伝えられている)

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            写真:上杉謙信の墓

ここで春日山の城巡りは終了、4時間に及ぶ山城巡りだった。

戦国の世はともかく、平時はとてもこんな城では生活はできまいと思ったね。
往時、麓から見た春日山はまるで蜂の巣のように見えたのではないか?

時間があったので高田駅まで歩くことにした。
林泉寺~春日山駅前~加賀道を歩き北国道分岐へ、本町通りから高田駅着。
この区間2時間5分かかった。
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     写真:上越市高田市内の旧道(雁木の通りが続く)

こうして、歩行時間6時間、歩数は31000歩の旅は終わった。
山を上ったり下りたりで疲れた。早くシャワーを浴びてビールを飲みたい。

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