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2017年8月24日 (木)

今はざら団塊世代古希の波

   曽野綾子著「善人はなぜまわりの人を不幸にするのか」(祥伝社版)を読んだ。
著書が10年以上前に書いたモノだ。副題に「救心録」とある。

善意は何をもたらすか、「知らない」ことの不幸、・・などなど8項目、この著者らし
い人生への処し方が書かれている。読み終わって、大方は覚えていないが、1つ
だけ記憶に残った部分を紹介したい。(「お気に入りの本」参照)

 “今日は私の古希の誕生日
 「古来稀なり」だから古希と言ったのだが、「今やざらなり」になった、と誰かかが
言っていたのを聞いたことがある。しかし現実を見ると、七十歳という区切りは越
えるになかなか恐ろしい厳しさを持っている。
「たくさん七十歳で死んじゃうんだぞ」と朱門は言う。
 
だから毎日「今日までありがとうございます」と神様にいうことにしている。 
明日のことはわからない、と自分に言い聞かせ、毎日今日で死ぬことにして、心
の決算をつけている。”

七十半ばの当方が、勝手に言わせていただければ・・
「七十歳で死云々」は「七十歳台」が、今では正しい、もしかして「八十歳台」かも。
今年は、団塊の世代が古希を迎え始める年だ。その後は押せ押せで古希越えが
増えてくる。彼ら、彼女等は逞しいから簡単には死にはしない。

まあ、そんなに深刻に考えずに生きていきたいね。
でも、明日のことはわからない。わからないことをいろいろ悩んでも仕方ない。

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