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2018年8月12日 (日)

もしかして僕だったかも知れぬ孤児

  今晩9時からNHK総合テレビ「NHKスペシャル 戦争孤児の闘い」を観やた。
戦後73年経つが、先の大戦を「戦争孤児」の側面から捉えた番組はそう多く
なかったのではないか・・と思う。

私は、JR上野駅の駅舎やホール、東京メトロ銀座線への地下道などを見る
度に、いつも私の脳裏に浮かんでくる光景がある。
確か昭和21年(1946)か22年頃だった。 小学校入学直前か1年生だった。
母親と2人で、東京・大森へ食料品(米か?)を運んだ覚えがある。
当時の国鉄で信州を早朝に出て、当日の上野発の夜行列車で帰郷した。
父親が国鉄職員だったから、当時は交通費はかからなかった。

初めて見る東京は一面の焼け野原だった。
田舎で見た戦争は、戦後に低空で飛んでいたB29一機だけだから・・。

幼かった目には強烈な印象だった。
帰路は、信越線の直江津行きの列車に乗るため、上野駅ホールの長い行
列に並んだ。
そこで見た姿は、駅構内や地下道のアチコチに屯する戦災孤児の姿だった。
今晩のテレビを観ていると、往時の上野駅での姿を思い出す。
テレビが報道したように、誰も孤児達の方を見向きもしなかった。

テレビで過酷な人生を生き抜いた方々を見ると、自分は幸せだったと思う。

当時、幼いながらも、もっと憐憫の情をかけるべきだったかも知れない。
軍人恩給は出たが、戦災孤児や空襲被害者などの民間被害者へは一銭の
補償もされていない。それにこの大戦を引き起こした国の責任者の総括も
されていない。

テレビも、どうしてこんな無謀な戦争を引き起こしたのかの報道はしない。
被害は結果だ。原因を追及して改めて不戦の誓いをすべきなのに、今の政
治状況は昭和15年頃の姿に似ているという意見もある。

こうした歴史を次世代にどう伝えていくかが問われている。

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