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2018年9月 2日 (日)

一ヶ月遅れてわが身顧みる

   敗戦(終戦9記念日の新聞で紹介されていた本、「あの戦争から遠く離れて 私に
つながる歴史を旅」(城戸久枝著、新潮文庫版)がやっと手元に届いた。
まだ、第四章 家族への道(父の時代)を読んだばかりだが、身につまされることが多
かった。

著者の父親は1941年(昭和16)11月、旧満州生まれ、私の1つ年下だ。
その父親(著者の父)は旧満州国軍の大佐だった。家族は1945年のソ連軍の侵攻で
離ればなれになり一家は離散、筆者の父は中国人の養母に育てられた。私の家族は、
この一家とは家族数こそ異なるが年齢構成は似通っている。

私の父は当時、国鉄運転部門の勤務だった。満州国の建国で、満鉄(南満州鉄道)へ
の転任を、大分上司に勧めれたらしい。結局、父の体が弱く満鉄への転任を断ったと、
父母が生前に話していたことを覚えている。

もし、父母が満州へ転任していたら、私ら兄弟も孤児になっていたかも知れない。
私の小学生の時、中国からの引揚者の同級生も多く、片親の同級生も多かった。
当時は他人事かと思っていたが、今、考えると私はタマタマ運が良かっただけかも知
れない。

さて、中国残留孤児になった著者の父は、自力で中国から日本赤十字社などへ調査の手紙を送り続けた結果、奇跡的に身元が判明し日本に帰国できた。28歳の時だった。

著者の父がどんな苦労をしたかは、本書を読んでいただきたい。

新聞の記者はこう結んでいる。
“生き別れにならざるを得なかった親の苦悩。敗戦濃厚になっても旧満州に開拓団を
送り続けた揚げ句に、彼らを見捨てた政府。そんな「棄民政策」に迫ることなく、その後、
日本語がままならず日本での苦しい生活を続ける孤児らの実情を私は知っていながら
フォローするlこともなかった。・・(略)・・、特に若い人たちに読んでもらいたい一冊だ”

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