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2018年11月28日 (水)

活かされて明治の基が村にあり

 

 「近世百姓の底力 村からみた江戸時代」(渡辺尚志著、敬文社版)によると
江戸時代の身分別人口構成は、元和8年(1622)の小倉藩で百姓は87.3%だ

った。(武士は5.3%、町人2.7%)だった。数ではダントツで百姓が多かった。
そういえば、百姓からみた歴史書は案外少ないようだ。
本書は、近世(江戸時代)の村の有様を講義形式で書かれていて読み易い。
(「お気に入りの本」参照)

・江戸時代の村の運営は、基本的には村人の自治に任せられていた。
 (惣百姓が自主的に村を支えていた)
・村人が耕す農地は、村人の所有でもあるが村のモノでもあった。

こうした社会背景での村の変遷を、17世紀、18世紀から19世紀にかけて分析
している。どう村の状態が変わっていったかを、房総の特定の村や家の例で
具体的に説明されている。

訴訟例では、山を巡る争い関わる訴訟例から百姓と武士の関わり方が書かれ
ている。武士と百武士の立場が鮮明にあぶり出されている。

本書には書かれていないが、同時代の朝鮮半島(李朝)と江戸時代と比較する
と、明らかに明治以降の日本の発展は江戸期にその基礎があったと思う。

江戸の後期ともなると、貨幣経済の一層の浸透、豊かさの蓄積、お互いに支え
合うシステムななど、新時代に向けた力が村にも蓄えられていたのだ。

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