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2018年12月 3日 (月)

信州の山で見つけた文学碑

  明治から昭和にかけて活躍した小説家幸田露伴、露伴の次女の幸田 文の
書いた随筆集「みそっかす」(岩波文庫)を今読んでいる。
私が探していた本は、同じ作者の「みそかっす」ではなく「崩れ」だったようだ。


幸田 文に興味をもったきっかけは・・・
新聞に幸田文が、向島でく暮らした少女時代を回想した随筆集「みそっかす」の
紹介が載った時、作者の「幸田 文」の名を、どこかで見聞きしたような気がした。
そこで、わが旅行記録を調べてみた。

あった! 2013年7月2日、「長野県小谷村の石坂越えコースを小谷村郷土館ま
で12km歩く、幸田文文学碑などを見る」との記録が見つかった。
この記録は、新潟県糸魚川市から長野県小谷村への「塩の道」を、2泊3日の行
程で歩いた3日目のもの。快晴で見通しの良い道路脇の広場にその碑があった。

幸田文文学碑ちかくには、確か「ここでは大きな山崩れあり犠牲者も出た。作家
の幸田文も訪れた」との主旨の説明板が立っていた記憶している。

ネットでもっと調べて見たら・・
1911年(明治44)8月8日に、この地の稗田山が崩壊を起こし、土石流が姫川の支
流を流れ下り、約6km先の姫川まで達し、姫川をせき止めて湖を作ったとある。
民家を押しつぶし犠牲者も20名以上出たそうだ。

文学碑からは、稗田山の全容は見えなかったと思うが、姫川は眼下に遙か遠くに
見下ろせたような気がする。そのスケールの大きさに驚愕するばかりだった。

稗田山崩れは日本3大山崩れの1つだそうだ。

私も信州生まれ信州育ちだが、この災害については知らなかった。
つい数年前にも小谷村で地震被害が出たが、このあたりは日本列島を南北に縦
断する中央構造線が走っている。こんなことも影響しているのかも・・。

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