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2019年6月17日 (月)

神仏相撲とったら神の勝ち

  頼んでおいた「神と仏に明治維新」(古川順弘著、洋泉社版)
が届いた。
副題に「その時、寺院、神社、霊場では何が起きた
のか?」とある。

われわれは、古刹と思われる寺や、煌びやかな神社などを訪ね
ると、何の疑いもなく、古くからの歴史遺構として受入れてし
まう傾向があるように思う。

本書は、明治初期の廃仏毀釈によって、日本の神社・仏閣が大
きく変貌してしまったことを説明している。われわれは、参詣
・参拝に、そんな歴史の転換点をまったく意識しない。果たし
て歴史を楽しむ者として、私はそれで良いか・・と、逡巡して
いる。

良い例が、神奈川県にある大山阿夫利神社だ。2回訪れている
ので例として挙げた。
古くから神仏習合進んでいた大山、山頂には大山阿夫利神社の
本社(上社)があり、維新前、東側中腹の現在の下社の場所に
は、壮大な伽藍を有する大山寺(おおやまでら)が建っていた。
中世には山岳霊場として栄えていたそうだ。

それが慶応4年(1868)、神仏混淆禁止令により、一山は大
山阿夫利神社になったという。仏像・仏具は売却された。
その跡地に建てられた拝殿が現在の下社だ。
女坂の途中に移された大山寺の本堂は、その後、取り壊されて
大山寺末寺の来迎院の建物が移されて本堂とし明王寺と称した
が、大正5年(1916)大山寺の号に復し再興されている。

そんな歴史も知らないで、ただボケッと下社にお詣りして、山
頂を極めただけで、大山を知った気でいた自分が恥ずかしい。

やがては、神道は国家神道になり、日本を破滅させる原動力に
なって行く。今も形を変えた動きが見えるようで一抹の不安を
感じる。歴史を繰り返してはいけない。



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