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2019年7月 3日 (水)

江戸・明治あいだに深い溝がある

   一般の日本人にとって、神社・仏閣と聞けば、そこそこの
歴史や謂われがあると思うのが普通だろう。

ところが、こと神社に関しては明治維新で大きな変貌をした
ようだ。
「神社に秘められた日本史」(洋泉社版、新谷尚紀著)を読
むと、その変貌を実態がよくわかる。

変貌の原因は明治の「神仏分離」にありそうだ。
 “明治新政府が、神武天皇時代の祭政一致めざした”
からだそうだ。
 “神道を、仏教の影響を受ける前の本来の姿に戻す
    ことが必要だと新政府の幹部たちは考えた”という。
そして、ここから「廃仏毀釈」運動を引き起こし、廃仏毀釈
の嵐が全国に吹き荒れた。

祇園社は八坂神社、石清水八幡宮は男山神社、愛宕山大権現
は愛宕神社と改称させられ、比叡山の日吉神社のご神体を変
えさせられた。などなど・・。

また、信仰対象が有人神へと変換させられたりした。こうし
て、全国の全ての神社が国家管理下に置かれた。
宮中三殿の皇霊は江戸期までは仏式で供養されていたという。

こうした歴史を考えると、江戸期までと、それ以降とは世界
が全く異なると言えそうだ。何も宗教だけでなく、その他の
民俗的な風習も、ご御維新で大幅に変わってしまったんだね。

近世、近代史はこの点を考慮しなければならないと思う。

 

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