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2019年8月14日 (水)

雑草と廃屋覆うむかし道

 昨夜はグッスリ眠れた。
なによりも、クーラーが必要ない信州の夜が嬉しい。

朝5時、カミさんとウォーキングに出ることにした。
彼女は義弟宅の田んぼや旧宅跡を希望、私は旧道(旧中山道)を
歩きたいと言う。方向は東西で各々反対だ。それなら両方回って
しまえということになった。結論を言えば2時間10分ほど歩いた。

浅間山は雲に隠れて見えない。
西には朝日に輝く蓼科山(百名山の1座、2530m)が見える。
この山は2度、頂上を極めている思い出の山だ。

新幹線建設で変電所に変った義弟の旧宅、そして彼が一所懸命力
を入れている田んぼへ。見事な穂が出ている。苦労が実り初めて
いるんだ。台風などの被害がないように祈る。

次いで旧街道へ。
私は旧中山道の駒形坂や瓜生峠金山坂(いずれも長野県佐久市)
が好きだ。今朝は駒形神社(国の重要文化財)を参拝して駒形坂
を下る。旧道は駒形神社から20mで濁川沿いの2軒の民家に向っ
て今の県道から下りていた。今朝みたら2軒のうち1軒は廃屋だ
った。一帯は雑草が一面に生い茂り、廃屋は哀れさが漂うほど。
世の流れとは言え、かつての街道の栄華も住んでいた家族の歴史
も草に覆われてしまう。はかないものだ。

塩名田宿の枡形跡で引き返す。帰路は新幹線が高架で横切る整備
された県道を歩いた。コンビニ、しゃれたアパートなど市街化が
進んでいる。さて、この風景も100年後はどうなるのだろうか?
文久元年(1861)、和宮が通った道も廃屋と雑草が覆っている。
令和の150年後も同じではあり得ない。久しぶりに感慨に浸った
朝だった。機会を作ってくれた義弟に感謝だ。ありがとう。



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