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書籍・雑誌

2019年7月15日 (月)

息子たち母の魂受けて生き

 “母親の生と死は、息子にどれほど深甚な影響を与えるもので
  あるか。その「魂」の交響を、母親の死の
前後に視点をすえて、
    息子の立場から    書いた詩
とエ「ッセイ合せて42篇から、
    原著はなっている。その中から14篇のエッセイを選んだ”
    のが記の本だ。(「あとがき」より)

書名は『母の魂』(ジョン・アップダイク他、兼武 進 訳、飛鳥新
社版)

母親の死の前後における、母と息子の精神的な関わりだけの書籍は
珍しい。12篇の展開場面はすべて異なっている。恐らく42篇の原
書も同様だろう。

6篇目の「死ぬのは楽ではない」では、肝臓がんで弱っていく母親
と息子の精神的が関わりが書かれている。最後に息子は「私の母は
よき死を死んだ」と述べている。

翻って自分の場合はどうだったのだろうか? 改めて課題を突きつ
けられた思いだ。母は12年前に亡くなった。突然死だった。
母の死は、先の話だと思っていたのでショックだったが、親の死につ
いて生前に話し合った記憶がない。それでも自分の物語がかけるよう
な気がする。




2019年7月 8日 (月)

龍之介こんな多作で名を残す

   芥川龍之介の小説に「おぎん」「おしの」という作品があるらしい。
どちらも、セミナーの参考資料に入っていたので読んでみたかった。

公共図書館から借りた本、「ザ・龍之介 -芥川龍之介全一冊-」(第三
書館版 2000年7月)に上記2作は収められている。

本を開いて驚いたのは、龍之介の作品数の多さだ。全部で149話だ。
149作品がB5版376頁に小さな文字(恐らく8ポイントくらい)で、
ぎっしり詰まって収録されている。当然、裸眼では読めない。天眼鏡
で読むしかなさそうだ。

私が知っている芥川龍之介の作品名は、「羅生門」「トロッコ」「魔
術」「河童」「杜子春」「鼻」くらい。それも
内容を知らないんだ。
いい機会だから、冒頭の2
作品の他に、いくつかは読みたいね。
まず、題名が決まれば、その小説部分を拡大コピーをしなければ・・。
それと全文が旧かな使いだ。果たして読み通せるか自信がない。







2019年6月25日 (火)

戒めも我田引水選び分け

  今、午後の4時、気温28度で日射しは強いが湿度は
50%、
そんなに暑さは感じない。受ける風が心地良い。

机の上に何やらコピーされた1枚の紙がある。
表題に「老後の十戒」とある。
これはさっきまで読んでいた『何がめでたい!日本人の
老後ー医者には決して書けない「老後の十戒」日本人』
(山崎宏著)の見出しだ。

書かれている文は過激だが、内容は至極ごもっともな事
ばかり、ついこの手の本に手を出してしまうんだね。

  1. ボケない
  2. 死なない
  3. 医 者に行かない
  4. 家族に介護させない
  5. 施設に期待しない
  6  終活ブームに乗らない 
     ・・(中略)・・
10. 葬儀はしない

これらの十戒の中でも、注目を引いたのが6番だ。
良寛が言ったように「死ぬ時が来たら死ぬがよかろう」と、
覚悟を決めるのがBest Choiceだと思う。

 

 

 









 

 

 

2019年3月24日 (日)

オレの背も文字も縮める老齢化

 2つの大学のオープンユニバースティのカリキュラムが手元にある。
いずれも、この春に開講されるものだ。
その中の講座に、「名作を一緒に読む」という名の講座名を見つけた。
講師は、元大手出版社の編集長だったHさんだ。
この人とは、彼の別内容の講座を受講したことが縁で知り合いの仲だ。
今春は遠藤周作の名作5編を読むそうだ。
私は遠藤周作の本は1冊も読んでいないが・・。

受講は未定だが、参考に5編のうち1編だけでも読んでみょうと思い、
図書館から「おバカさん」を借り出した。今、読書中だ。

ところが、この角川文庫(平成3年58版)、文字が小さくて読み難い。
読むのはどうしても夜になり、勢い小さい文字が闇に隠れがちになる。
拡大鏡を持ち出しても、疲れが酷く長時間は使えない。
そんな状態で、ページが一向に進まないんだ。

内容よりも、読もうとする意欲が湧かない状態だね。
平成の初頭は、こんな文字でもスラスラ読めたんだね。
老齢化もそんなじゃなかったんだ。
逆に言えば、世の中は老齢化で縮んでしまったんだ。
ヤレヤレ!




2017年8月18日 (金)

絵と文でイエスの最後物語る

   私は、キリスト教の名前は知っていても、イエス・キリストの生涯についての知識
は断片的でしか持ち合わせがない。

今日読み終わった「名画と読むイエス・キリストの物語」(中野京子著、文春文庫版)
文春文庫版)は、キリストの生涯の概要を知るには持ってこいの本だった。
(「お気に入りの本」参照)

あとがきで著者が語っているが、本書は宗教の本ではなく、著者もクリスチャンでは
ない。あくまでも絵画鑑賞のための本だ。

キリストの生涯を物語で追いながら、本書に挿入されている中世に描かれた絵画を
鑑賞すれば、キリストの生涯は、なるほどこう言うことだったのかと知り、絵を見てそ
の情景に描かれた意味を理解することができた。

幾多の欧米の美術館を回ったが、特に宗教画のコーナーでは、何の感慨もなく通り
過ぎてしまった。前以て勉強しておけば良かったと、今更ながら後悔している。

物語では、キリストの12名の使徒についての記述は興味を引いた。キリストがユダ
の手引きで捕縛されて引き立てられる時は、使徒12名全員が逃げてしまったこと。

それに、ユダの自殺も衝撃的だった。 

2017年4月12日 (水)

反日の狭間で揺れてどこへ行く

 北朝鮮問題が緊迫している。

こんなおり、「韓国人による北韓論」(シンシアリー著、扶桑社版)を読んだ。

今の対韓国・北朝鮮関係では、本書の“第六章 韓国「安保」が未曾有の重大危機
局面に”に集約されている。

総括されば、韓国軍は米軍に頼らなければ何もできない・・ということだ。
韓国の保守陣営は、果たして米軍が韓国助けてくれるだろうか、と危惧している。
脅威が目の前に迫っているというのにだ!

この期に及んでも、鼻っ柱だけが強く、自衛さえままならない韓国の実情が見える。

本書から以下の文を引用させていただき、読書感としたい。
“すべてを日本のせいにする「素晴しい漢民族」という教育を施しても、すべて不完
全な美化だけ。その教育を受けて育った韓国の若い人を待っているのは、社会の
歪 みきった上下関係、勝ち組と負け組しか存在しない「二分された世界」。”

“「左派政権の再誕」はその「負け組」たちに、共産主義革命のような何か徹底的に
  既存の世界を破壊するものと見えているのでしょう。”

朝鮮半島の情勢から目が離せないね。
 
 

2017年1月29日 (日)

人生は登山ただ今下山中

  五木寛之著「嫌老社会を超えて」(中央公論新社版)を読んだ。

「老」がつく本はどれでもそうだが、確固たる老いへの精神的な対応策などどこに
も見当たらない。あるとすれば医学的な見地から書かれたノウハウ本くらいだろう。 

本書も、作家五木寛之の老いへの考え方であり、万人に当てはまるわけではない。

私自身は若い人たちの大部分が、老人に対して嫌老感を持っているとは思わない。
むしろ、どこへ行ってもシニアばかり、シニアがシニアを嘆いているのが実情だろう。

そんな読後感だったが、“第4章「下山」の楽しみを知る”が印象に残った。
いわゆる人生を登山に例えているわけだ。

登山は行きはヨイヨイ帰りは辛いというように、頂上を極めた後の下山は長く感じる。
そんな中でも、筆者は下山を楽しめと説く。行きと帰りとでは景色が違う。危険度は
下山の方が高い。

そういえば自分は、下山を楽しんだ覚えがないんだ。早く温泉に入りたい、ビールを
飲みたいという欲望ばかりが下山を急がせるんだ。

そうだ!今の人生は、裾野の広い山からの下山中だと思うことにしよう。
日々の生活の中から楽しみを見つけねばならない。

2015年12月13日 (日)

日本流会社を変える仕組みとは?

「経済学の宇宙」(岩井克己人著、日本経済新聞社版)を読み終わった。
                                     (「お気に入り本」参照)
著者は東京大大学名誉教授で「ポスト産業資本主義」の理論を打ち立てた経済
学者だ。

本書は500頁に及ぶ大書だが特に印象に残ったのは、「ポスト産業資本主義」に
日本の会社はどう変わっていかなければならいかを説いている部分だ。

既に経済先進国は「ポスト産業資本主義」の時代へ入っているという。

“日本型の会社システムは、特に「後期産業資本主義」に適合した会社システムだ。
戦後日本の人本主義的、労働者管理企業的、共同体的システムは、この後期産
業資本主義にあまりににも適合した会社システムを作り上げてしまった。
 (中略) そうはいっても後期産業資本主義に得たノウハウや熟練とポスト産業資
本主義を作りだしていく知識や能力とは必ずしも一致していない。”

ならば、どうするか?
“「会社は変わらなくてもよい」が「変わらなければならない」という、一見すると矛盾
するメッセージを送ることになる。”

“「会社は変わらなくてもよい」ーなぜなら、株式主権論から距離を置いて来たその歴
史は「ポスト産業資本主義」 という新たな時代と親和性を持っているからだ。”

“「変わらなければならない」ーなぜならば、もはや
ポスト産業資本主義における会社
の命運は機械制工場の脇役としての能力や知識の育成や発展ではない。会社の中
で、従業員や技術者や経営者自ら率先して 差異性を生み出し続けていくことができ
るような人的組織ーそういう組織をいかに育 成し発 展させるかにかかっている。”

どうやら社会は、誰も経験したことのない局面を日本も迎えているようだ。
作れば売れる、置けば売れた時代は完全にオサラバだ。


われら高度成長期派は完全に蚊帳の外だね。
「一億総活用時代」の枠内には入らないようだ。

現役世代、若い世代に期待しよう。 

2015年11月22日 (日)

神格が崩れてみれば殺人者

  「ワイルド・スワン 下」(ユン・チアン著、講談社文庫版)を読み終わった。
今日が図書館への最終返却日、返却期限ギリギリのゴールだった。

下巻は著者の1967年から始まり、留学のため英国へ出国する1978年で終わって
いる。本人、両親や家族の下放、父の死を乗り越え、毛沢東の死去で変化する中
国情勢を見て留学資格を得て出国することになる。文化大革命も終息する。

巻末に毛沢東とはどんな人物かを本書から挙げてみたい。

毛沢東は「思想家」と言われてが、その本質は何だったのか?・・と、著者は言う。

著者によれば・・
“彼の思想の本質は「果てしない闘争を必要とする論理だった。
  歴史を創造するには絶えず大量の「階級敵人」を製造し続けなければならない”

あるいは・・
“彼の思想は、あるいは人格の延長だったかもしれない。生来争いを好む性格だった”

もう1つの特徴は・・
“無知の礼賛だ。彼は中国社会の大勢を占める無学文盲の民にとって一握りの知識
  階級が恰好のえじきになることを、ちゃんと計算していた。・・(略)・・彼は醜いだけの
  中国を残していったのである”

その結果、7000万人と言われる人たちが死んでいったと言われている。
そんな歴史を誰も教えないから国民は知らない。本書は中国では発禁らしい。
世界で800万部も売れたベストセラー本だ。


2015年11月17日 (火)

迫害に遭うも「魂は売らない」(我不出霊魂)

 読んだのは前書に続き「ワイルド・スワン<中>」(ユン・チアン著、講談社文庫)
だった。文庫本だと侮ったら間違い、300頁に文字がビッシリで読み応えがあった。

1960年代の私はアルバイト、大学生、就職、結婚、家を購入など高度成長の波に
も乗って希望溢れる生活を送っていた。

その頃の中国は大躍進による大飢饉、次いで文化革命の大波に翻弄されていた
時期だった。

本書は、そんな時代に生きた著者の家族模様を時代背景を軸に書いたものだ。

“想像を絶する迫害の日々・・・ついに逮捕された父は精神に異常をきたす。  なん
  としても夫を救いたい! 母は周恩来首相に直訴すべく、北京行きの列車 に乗
  る(本書裏表紙より)”

この時、著者の母は35歳だった。この勇気!この行動力!

自分も若かりし頃、苦労したと思っていたが、そんなものは苦労ではなかった。
生まれたのが日本で良かった。中国で生まれていたら恐らく飢死していたと思う。
幸せでだったと今更思う。

それにしても、中国は無駄な年月を使ったものだ。
革命を成功させた毛沢東の功績は大としても、その後の国家建設には不要な男だ
った言えそうだ。経済建設が20年遅れた理由がここにある。

さてこの国はどこへ行こうとしているのだろうか?人権はどうなる?
今、ラジオでは「最近、習近平は人権者狩りをしている」と、報道している。

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