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読書

2017年12月 7日 (木)

死と税を避けて通れぬこの憂き世

  

 元参議院議員の野末陳平さんが書いた「老後ぐらい好きにさせてよ」
(青春出版社版)を読んだ。(「お気に入りの本」参照)

老後をどう生きるかというノウハウ本は数多いが、本書は文章が平易で
理解力の乏しい私でも、何とか読めて為になりそうに思えた。

「1.老後の居場所は退職前から、探しておく」から「17.老後はお金の欲を
封印せよ」まで、老後についての考えが述べられている。

できたら、60歳前半までに読んでおきたい本だ。
私のように70歳の半ばを過ぎた者には、できることは限られるから・・。
それでも「6.若い人たちとうまくつきあう方法」などは、役に立ちそうだ。

最終章の「老後はお金の欲を封印せよ」、このタイトルの下に書かれてい
る「老いのいましめ17」には“足るを知るものは富む”とある。

無いものをねだっても仕方ない。あるものを活用して生きるしかない。
物よりも健康で平穏無事な生活が続ければ良しとしよう。





2017年11月29日 (水)

図書館は裏を表で俺に貸す

 

   私は、村西とおるという男を初めて知った。

図書館から借りてきた「全裸監督  村西とおる伝」(本橋信宏著、太田出版)に
よってだ。ある新聞の書評欄にあったので講読を申し込んでおいた本だ。

図書館の窓口では、この本の表と裏を逆さにして私に貸し出した。
こんな対応は初めてだったので、不思議に思って本をひっくり返してみた。
オモテ表紙と背表紙には大きな字で「全裸監督」の文と、主人公の大きな写真
が躍っていた。(「お気に入りの本」参照)
窓口の女性は表紙の「全裸」の文字にビックリしたに違いない。
A5版700頁に及ぶ厚さだ。

さて、村西とおるとは何者か?
インターネットで調べたら、彼はAV監督とある。
1948(昭和43年)年生まれだから今年で69歳だ。団塊の世代だね。

本書を読むと、彼の経歴を通して世の流れとAVの歴史がよくわかる。
エロ本発行から初めて、過激な題名で数万本のフィルムとかビディオを作成した
わけだ。数億円を稼ぎ出し、最後は50億円の負債を負う身になってしまう。

AVを足場に、映画俳優になった女性も実名で登場する。
また、性に対する考え方、受け取り方も随分変わってきている。
本書は、こうした世相史を村西とおるという男を通じてあぶり出しているのではな
いかと思う。決して羞恥本ではない。だから公共図書館も本書を購入したと思う。

読んでも読んでも頁が進まない。やっと返却日前日に読み終わった次第だ。



2017年11月18日 (土)

複眼で眺める歴史明と暗

   明治維新史といえば、一方的に薩長側からみた史観が圧倒的だと思う。
歴史は常に勝者側に有利に作られるから、仕方ないと言えがそれまでだが。

上記の歴史観で育った私には、今、読み終わった本は強烈だった。

書名は・・
「ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書」(石光真人編著、中公新書)

「本書の由来」から柴五郎(1859~1945)の概略を紹介させていただく。

翁(柴五郎)は会津の出身、上級武士の五男として生まれた。(中略)
祖母、母、姉妹は会津戦争の際自刃、一族に多くの犠牲者を出している。
落城後、俘虜として江戸に収容、後に下北半島の火山灰地に異封、公表

をはばかるほどの悲惨な飢餓生活を続けた。薩長藩閥政府が華やかに維
新を飾り立てた歴史から、全く抹殺された暗黒の一節である。”

“脱走、下僕、流浪の生活を経て軍界に入り、藩閥の外にありながら、陸軍
大将、軍事参議官の栄誉を得た逸材であり、中国問題の権威として軍界に
重きをなした人である。


本書は2部構成で、1部が「柴五郎の遺書」、2部が「柴五郎翁とその時代」
となっている。

1部の翁の遺書は、壮烈な会津戦争とその犠牲となった人たち、その後の
悲惨な生活の状況が書かれている。薩長への恨み辛みも正直に表明して
いる。負けた側の歴史を克明にあぶり出しているのだ。

2部は、どうしてわが国が無責任の指導者の下で破滅に向かって行ったか
を編著者が解説的に述べている。
編著者の以下の一文を紹介して結びとしたい。

柴五郎翁の遺文に接して、国家民族の行末を末永く決定するような重大な
事実が、歴史の彼方に隠匿され、抹殺され、歪曲されて、国民の目を欺い
たばかりでなく、後続の政治家、軍人、行政官をも欺瞞したことが、いかに恐
ろしい結果を生んだかを、われわれは身近に見せつけられたのである。

2017年10月30日 (月)

その予想的中ないと思いたい

 『どアホノミクスとトラパンノミクス どっちも「アホ」たる30の理由』を読み
終わった。(「お気に入りの本」参照)

作者は浜矩子氏(同志社大学大学院教授)、発行は毎日新聞出版だ。

内向きのトランプ大統領、富国強兵を目指すは安倍総理だと浜氏はという。

安倍総理の言う「一億総活躍」「働き方改革」は・・
“目指すは「強い日本国つくり」の土台となる「強い経済基盤」”にあるそうだ。

彼のやり方には、それこそ国民それぞれの意見があるだろう。
ただ、浜氏の指摘する相当な部分が、的中しないように祈るばかりだ。
的中すれば、国民生活を塗炭の苦しみに落とし込むことになるから。

ただ、私には浜氏に同感したいことがある。
それは・・・
経済はなぜ成長しなけばならないのか?(同書169頁)ということ。
同書の「日本経済は十二分に大きくなった」に賛同したい。

これからは大きな成長は望めない。
成長力が鈍化しても、豊かな国は多いはずだ。
経済力の比較が、格差のない豊かで幸せなことの指標なのだろうか?
資本主義は、格差という面で壁に直面している。
分配論で、新しい経済システムを考える時に来ていると思うのだが・・。






2017年10月 2日 (月)

喜寿だけど何がめでたいこの身体

 「九十歳。 何がめでたい」(佐藤愛子著、小学館版)を読んだ。
愛子さんは1923年(大正12)生まれ、この秋で94歳になるそうだ。

最近は頻繁に、本書は新聞1面の広告欄に登場している。
仲間内でも、結構話題になっているので、図書館から借りてきた。
さすが、高齢者向けだ。文字が大きくて読みやすい。

さしずめ、私の場合ならタイトルのような感じかな?

本書には「最近はこうだが、昔はこんなだった」という既述が多い。
けれど、今更、若い者に昔話をしても始まらない。

そして、愛子さんは達観して書き残す・・
“ ああ、長生きするということは、全く面倒くさいことだ。耳だけじゃない。
眼も悪い。始終、涙が出て目尻目頭がジクジク止らない。膝からは時々
力が抜けてよろめく。脳ミソも減ってきた。そのうち歯も抜けるだろう。
なのに私はまだ生きている。   .・・(略)・・
    ついに観念する時が来たのか。かくなる上は、さからわず怒らず嘆か
ず、なりゆきに任せるしかないようで。” 

一般に男は、愛子さんの歳までは生きられまい。
わが身も、眼の先に,オサラバの時が迫っているようだ。
どうなるか、運命に任せるしかないようだね。


2017年9月27日 (水)

推理本途中止まらぬ面白さ

  昨日の歩行2万歩が効いたのか、昨夜はスッキリ眠れた。
運動後のこの爽快感は何事にも替えがたい。

さて・・
図書館は、お隣の市の図書館が近いので利用させてもらっている。

今、予約中の本が20冊余り、借りている本が4冊ある。
予約本の準備完了の連絡は、平均でなく、一度に数冊重なる方が多い。

ところで、借用中の4冊のうち、この1両日中に2冊が返却日を迎える。
借用期間を延長しても、この2冊は読み切れそうにないんだ。

2冊のうちの1冊は、仁木悦子著の推理小説でなかなか面白いんだね。
ただ、この本はA5版、1頁は上下2段打ち、370頁に及ぶ長編小説。
本文の前後関係など読み返しながらだと、さっぱり前へ進まない。
もう1冊はナナメ読みで済ました。

隣市の図書館システムに会員登録して数年経つが、1回も期限を破った
ことはない。他市の住民が掟破りをしては申し訳ないから・・。

そんな状態で・・
今日は暇があれば、この推理小説本を読みふけった。
それでどうにか、あと100頁ほどのところまで迫った。
何とか午前零時を越えても、読破するつもりだ。

2017年9月15日 (金)

挫折した時に勇気をくれる本

「ニッタ、ニッタ」(乃南アサ著、講談社版)を読み終わった。
                              (「お気に入りの本」参照)

A5版で500頁を越す大著で、一生懸命読んだつもりだが、読み終わるまで
1週間もかかってしまった。

著者は96年に「凍える牙」で直木賞を受賞している。

「凍える牙」を読ませていただいたが、この「ニッタ、ニッタ」の方が,遙かに
文学的価値が高い気がする。もっとも受賞作品から13年後に刊行された
「ニッタ、ニッタ」だから、この間に作者は新たなジャンルを切り開いたかも
知れない。こっちの方の分析は私にはわからない。

故郷を捨て、東京へ出た若者が、様々な挫折を経て再び故郷に落ち着くま
での物語だ。沖縄出身の混血の少女を挟んで人種差別も語られる。

夏川リミの「花になる」も登場する。

最近の世情を映す心暖まる小説だった。

2017年9月 6日 (水)

いつの間に若手作家に見放され

   話題の若手作家、朝井リョウの本を読んでみた。
書名は「スペードの3」(2014年3月 講談社版)だ。  

彼は、1989年生まれだから今年で28歳になったか、なるはずだ。
テレビ番組「桐島、部活やめるってよ」の原作者と知っていたが、実際の
小説を読んだのは初めて、
作者24歳頃の作品だね。

本の内容は、舞台俳優を目指した女性の幼年期から30歳半ばにフリー
になるまでの過程を描いたものだね。

私には門外漢の舞台設定だから、芸能界の一端はこんなものだと思う。

私が言いたいのは、作風が今風でシックリと自分に馴染まなかったこと。
文節は短く読みやすいが、それぞれの文章とそれぞれの情景がつなが
らないんだ。まあ、全体的な命脈が分断されている感じを受けた。

こっちが今風の作風についていけないんだね。
作者との年齢差、半世紀は大きい・・と思う。

もっとも、作者は高齢者層なんか、元々相手にしていないかも知れない。

2017年8月30日 (水)

藤村の本で差別のもと探る

   島崎藤村の小説「破戒」の紹介記事が、昨日のM新聞夕刊に載っていた。
筆者は劇作家・演出家の平田オリザさんだ。

曰く “「差別」の原点、痛感させる一冊”とある。

「破戒」を読んで以来、単に被差別部落出身の懊悩を描いた作品だと思って
いたが、白人至上主義に対するトランプ大統領の発言や、ヘイトスピーチにも
通じる差別意識の原点を意識させる本だという。

ならば、再再度の読み返しをせねばならいかも・・。
今に残る差別の原点を、私なりに探ってみたいから・・。

私は、この小説には特別な思い入れがある。

「破戒」の舞台となった北信濃の町で、私が小学校、中学校時代を過ごした。
主人公の瀬川丑松が下宿していた蓮華寺(実名は真宗寺)は、当時のわが
家からは、徒歩で数分の距離で、鬱蒼とした大木に囲まれた古刹だった。

残念ながら、この寺は1952年の大火で消失してしまった。
100軒以上(わが家も全焼)燃えた火事で、この寺は一昼夜燃え続けていた
のを覚えている。
街も寺も、丑松が下宿した当時の面影は全くなくなってしまった。

「破戒」の内容は、多分、小学校時代に両親か教師から聞いたと思う。
中学校時代と、社会に出てから本書を読んだ記憶がある。

結局、丑松は出目を明かし、職を辞してアメリカに渡ると言うところで小説は
終わるのだが、当時のアメリカでは人種差別がひどく、決して天国ではなか
ったはず。その地で藤村はどんな姿を丑松に重ねたいたのだろうか?

2017年8月24日 (木)

今はざら団塊世代古希の波

   曽野綾子著「善人はなぜまわりの人を不幸にするのか」(祥伝社版)を読んだ。
著書が10年以上前に書いたモノだ。副題に「救心録」とある。

善意は何をもたらすか、「知らない」ことの不幸、・・などなど8項目、この著者らし
い人生への処し方が書かれている。読み終わって、大方は覚えていないが、1つ
だけ記憶に残った部分を紹介したい。(「お気に入りの本」参照)

 “今日は私の古希の誕生日
 「古来稀なり」だから古希と言ったのだが、「今やざらなり」になった、と誰かかが
言っていたのを聞いたことがある。しかし現実を見ると、七十歳という区切りは越
えるになかなか恐ろしい厳しさを持っている。
「たくさん七十歳で死んじゃうんだぞ」と朱門は言う。
 
だから毎日「今日までありがとうございます」と神様にいうことにしている。 
明日のことはわからない、と自分に言い聞かせ、毎日今日で死ぬことにして、心
の決算をつけている。”

七十半ばの当方が、勝手に言わせていただければ・・
「七十歳で死云々」は「七十歳台」が、今では正しい、もしかして「八十歳台」かも。
今年は、団塊の世代が古希を迎え始める年だ。その後は押せ押せで古希越えが
増えてくる。彼ら、彼女等は逞しいから簡単には死にはしない。

まあ、そんなに深刻に考えずに生きていきたいね。
でも、明日のことはわからない。わからないことをいろいろ悩んでも仕方ない。

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